平常心を強く持てよう
性欲に負けたのではない。理性に勝ったのだッ!
(どうすればいい、俺ッ!?)
軽く現実逃避している場合ではない。この状況を打破するには、禁魚達とのコンタクトを続けるしかない。
「よし、次は――」
二度あることは三度ある。そんな言葉が頭をよぎるが、彼はらんちゅうの水槽にインカム・αを取り付け、インカム・βを自分にパイルダー・オン。
「きゃああああああああああああああああああああああああッッッ!」
弥富の悲鳴。
バタバタバタッ!
彼は大慌てで玄関からI・can・fly。あまりのショッキング映像が彼の前に現れたから。
「……ふぅ」
彼はアパートの外で呼吸を整え、自宅なのにコソコソしながら中へ戻る。待ち受けていたのは、テーブルの上に腰かけて、団扇でパタパタ扇いでる少女が一人。問題はその格好だ。
「何故に下着?」
ブラとショーツでこんにちは。
「暑いンやもん。もうちょい高性能のエアレーション使ってや」
開口一番に文句言われた。
「なんつーか、その……らんちゅうの体型がよく反映されてるな」
少女の全身から汗がダ~ラダラ。ウエストの余分なお肉がプ~ルプル。
「それはデブやって言いたいンかッ!? うちはあくまでエエ感じのポッチャリやッ!」
外見的には高校生くらいだろうか。赤髪のツインテールとムッチリボディがやたらと目につく。
「アンタがさっちんやな。うちは『出雲』っていいます。よろしゅう」
(……さっちん?)
えらくフレンドリーだ。
「もうなんか聞くのも面倒なんだが、どうしてそんな格好してるワケ?」
「だって、見られるとメチャ楽しいンやもん♪」
オマワリさん、助けてください。俺の部屋に変態がいます。
「ああ、そう。こっちは微妙に不愉快だけどね」
「何でやッ!? まだ若いのにドキドキを失ったらアカンでッ!」
出雲が意味不明なウインクをしてくる。M字開脚でパカパカしだす。
「うるさいよ。オマエこそ常識を失うなよ」
「で、うちに何の用や?」
あ、そうだった。危うく当初の目的を忘れるところだった。本来なら、浜松や郡山から始めるべき事だったんだが、あの二人では徒労に終わりそうなんで。
「オマエ達『禁魚』の生態について、知っている事を全て話してくれ」
「いやや、面倒臭い」
オマエもかよ。
「つまらんなァ~~。このシチュエーションなら、もっと聞くべきコトがあるやろ。エッチな質問してドキドキさせるとか」
「…………」
弥富の視線が冷たい。
「まあ、ええわ。せやなァ、うち等は金魚を人為的に変異させて造られた〝希少種〟や。本来は記憶障害や鬱病患者に使用する、ドラッグとして開発されたらしいンやけどな。魚類にはあり得ない知能の高さが判明して、P・D・Sの飛躍的なアップグレードにつながったらしいで」
(ドラッグ?)
初耳だった。が、P・D・Sは愛玩動物に癒されるコトを前提としたシステム。あり得なくはない。
「他には……う~~ん、うちより他の連中に聞いた方がエエと思うけどなあ」
「浜松と郡山のコトなら却下だ。ヤツ等は選りすぐりのバカだった」
やさぐれ気味に断言する。
「ほんなら、『土佐』のジイさんに聞いたらええンちゃうかな?」
ついに最後の禁魚とコンタクトをとる時がきた。
「今度こそまともな話が聞けるんだろうな?」
禁魚に対する弥富の信頼度は絶賛下降中。
「なんせ15年も生きとる長老やから、色々知ってるやろ」
出雲はそう言ってテーブルから下り、窓を全開にしてこちらに背を向け、仁王立ちになってる。Tバックを穿くにはギリギリでアウトなヒップをプルプルさせて。
「……何してんの?」
「写メ待ちや」
弥富、インカムを外す。瞬時にして公然わいせつ者の姿が消える。
「不毛だな」
これ以上の精神的ストレスには耐えられそうにない。
(仕方がない……やるか)
一際ガタイの大きい琉金の泳ぐ水槽にインカムを取り付け、今度こそという期待をこめて自分にもインカムを装着。
「きゃああああああああああああああああああああああああッッッ!」
またしても木霊する悲鳴。玄関から本日二度目のI・can・fly。
(もうヤダ……!)
御近所の方々が様子を見に来そうなくらいの慌てっぷり。部屋に戻りたくない。だが、このまま裸足でアパートの外をウロついてたら、ドコかの母親が子供に「見ちゃいけませんッ!」とか言いそうなんで、心臓をバクつかせながら、そぉ~~っと部屋の中をのぞく。
――居た。大量に吐血した老人が床の上に倒れている。
「助けて船越さぁぁぁぁぁぁぁんッ!」
弥富、泣く。自分の部屋で知らないジジイが死んでるんだもん。
(さ、さて……どうしたものか)
おそらくは出雲の言っていた琉金だろうが、何故だか死にかけ(?)ている。
「よ、よ~~し……」
弥富は棚のDVDケースを一つ手に取り、投げる。
――ゴッ
命中。しかも、角の部分が頭部に。
「げふッ!」
更なる吐血。
「いかあああああああああああッッッん!」
余計なダメージを与えてしまった。
(コレってどうなってんだよ?)
寿命? 病気? 悪フザケ? いずれにせよ、この状態では話をするどころではない。彼は琉金の水槽に黒出目金をすくって入れる。
「うおッ、血ィ吐いて倒れてるしッ!」
浜松、登場と同時にリアクション。
「いや、そういうの俺が十分やったから」
弥富が冷静にツッコむ。
「ちッ」
「舌打ちッ!?」
「で、何事? あたし、結構忙しいんだけど」
「いや、オマエ魚類じゃん。泳いで呼吸して、エサ食ってフン出すだけじゃん」
「バカ者め、この姿を見よッ! 白衣の天使として忙殺される毎日なのだァ~~」
今度はナースだ。イメクラのデリバリーに電話した覚えはない。
「はいはいはい。そして、はい」
弥富の視線はもう蔑みに近い。
「くッ……信じられないのなら、あたしの最先端医療で、患者を昇天させてあげるわッ!」
「逝かせてどうする」
で、取り出したのは一本のメス。すかさず執刀。
ザクッザクッ、ザクッザクッ――――ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~……
「うわぁ~~い、赤い噴水だぁ~~」
弥富の瞳が白昼夢を見ている。
「オペ完了ッ!」
わずか5秒。
「ど、どうなったんだ?」
「……てへッ、死んじゃった♪」
親指を立てるな。ペロッて舌を出すな。
「おい、どうすんだよ……完全に人災じゃねえか」
ズ~リ、ズリ……ズ~リ、ズリ……
白目むいたジジイを浜松が玄関まで引きずり、ゴミ袋を頭からかぶせ、ガムテでグルグル巻きにする。
「よし」
「よし、じゃねえ。真剣な面で無かったコトにすんな」
「心配しないで。ちゃんと可燃ゴミの日に出すから」
「そこじゃねえよ」
ガサガサッ、ガサガサッ
ゴミ袋が動き出す。
「何すんじゃいいいいいいッ!」
ゴミ袋を豪快に突き破り、ジジイが復活。二人はとりあえず拍手。延命オメデトウ。
「おのれ、浜松ッ! 高齢者を大切にせんヤツは、ダイレクトに地獄へ落ちるがいいッ!」
「ヤだよ。そっちが先に逝けよ」
――ブスッ
メス、再執刀。ジジイの脳天から赤い噴水第二射。
「おい……俺の部屋をバイオレンスに模様替えするんじゃねえよ」
「おおッ、お主が儂等の御主人じゃな。宜しく頼むぞ」
握手を求められた。顔面血まみれのジジイに。
「外見の先入観から人を判断したくないが、アンタ……ホームレス?」
禁魚・『土佐』の外見――ハゲ・ヒゲもじゃ・ボロボロの作務衣。そして、雨に濡れた後の犬みたいな臭い。
「無礼なッ! 儂は禁魚の長老と称えられし猛者ぞッ! 見た目で人間性や社会的立場を判断するようでは、まだまだ人間が青いわッ!」
一喝された。
「そ~~れ、拾ってこ~~い」
浜松がポチをポ~~ンと投げる。
「うっひょおおおおおお――――ッ☆」
ジジイ、大喜びでポチに食いつく。
「おい、尊厳って言葉知ってるか?」
弥富は人を哀れむ心を覚えました。
「で、更紗。土佐に何か用?」
「例によって質問があったから、インカムを着けたんだがな。これまた例によって悪フザケに迎撃された」
「確かにジジイは博識だけど、多少ボケてるから期待しちゃダメよダメよ、ダメちゃんよ」
「何だよ、やっぱ役立たずかよ」
「黙らっしゃいッ! 儂の脳には、ネットの海で得た森羅万象の情報がつまっとるッ!」
食べカスを飛ばしながら威張るな。
「オマエ達の生態について全て教えてくれ」
「え~~、面倒じゃのう。儂、知らねぇしぃ~~」
やっぱりだよ。そして、ガッカリだよ。
今日も無駄な時間が過ぎていった。