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歴史はド深夜の寝室でつくられるよう

シスター「ずっと思っていたのですが……神よ、アナタは品格が下劣です」

   神「そうですぅ、わたしがぁ変な神様ですぅ!」


「おいおい、どうしたんだよ?」

 長洲しるく宅。弥富のアパートへ糸ミミズを取りに行った長洲だが、手にはコンビニの弁当と惣菜を詰め込んだ袋を持ち、注文しておいたのはドコに? それに、何かに追われていたみたいに落ち着きが無い面持ちだ。

「ふぅ~~、マジでヤバかった。一体何事よ……」

 彼女は玄関の壁にもたれかかり、呼吸を整えている。

「で、何があったんだ?」

「アンタのアパート近くの交差点で、派手な衝突事故が起きたの。危うく巻き込まれそうになったわよ。しかも、アパートの方を見たら、大勢の軍人が中から駆け出してくるし。あれってアンタの部屋の隣だったよ」

「軍人? それって……俺が拉致されたのと関係があるのか?」

「かもね。軍人に混じって例のオバサンもいたし」

「津軽さんがッ!?」

「一応見捨てられてはいなかったみたいね」

 そう言って弥富に見えないように苦笑し、キッチンのテーブルに荷物を置いた。

「コイツは何だ?」

「何って夕飯よ」

 さも当たり前のように言う。豚カツ弁当、上海焼きソバ、エビのグラタン、酢豚、筑前煮、コーンサラダ、ビーフカレー……まさにザ・コンビニメニューだ。

「ベタな食生活だな」

「外食依存症のニートに言われたくないわね」

「確かにな。じゃ、明日の朝は俺が簡単な朝食を用意してやるよ」

「えッ、できるのッ!?」

「失敬な顔しやがんなあ。外食に頼る前は、しっかり自炊してたの。節約のためにな」

「ふぅ~~ん。ま、期待はしないけどヨロシク。でも、炊飯器とかって使い方分かる?」

 しるくが真面目な顔して聞いてくる。

「……おい。まさか、米の炊き方からして知らないってレベルか?」

「うん、知らな~~い」

 あさっての方向にめがけて笑顔。いいか、よく聞け女子高生。料理が一通りこなせるってアピールは、男に媚びるためではなく、生活力を磨くために必要なのだよ。

 ──ってなワケで、二階から朱文を呼んで三人で夕食。

「いただきま~~ッす!」

 嬉しそうに手を合わせるしるく。彼女の前に並んだ食事の量は、一般の年頃女子高生が摂取する量を、遥かに超越していた。

 ピッ──

 弥富が何気なくテレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。


<速報です。昨今、社会現象にまで発展していた、偽P・D・Sの問題ですが、つい先程、電薬管理局の記者クラブから発表があり、偽P・D・Sの生みの親と目される容疑者が、逮捕されたとの事です>


 ──────ッ!?


 忙しく箸を動かしていたしるくの手が止まり、弥富も思わずテレビのモニターを直視した。


<現場の映像は未だに入ってきてはおりません。未確認ではありますが、国家調査室と電薬管理局の実動課が、合同で実施した作戦であるとの情報もあり、今後、ネット上におけるハッカーや、サイバーテロリスト達の動向が警戒されます。繰り返します。本日──>


 ――ブゥゥゥゥゥン、――ブゥゥゥゥゥン

 テーブルに置いてあるしるくのケータイが振動する。

「…………」

 しるくはすぐにケータイへ手を伸ばしたが、一瞬、弥富の方に目をやって、何かをうかがうように沈黙している。

「出ろよ」

 彼は何か察した感じで促した。

「う、うん……ちょっと失礼」

 弱々しい声で呟き、ケータイを握りしめてリビングの隅っこに歩いて行った。

「あ、あの、ボク……」

 ニュースから流れた偽P・D・Sという単語に、敏感に反応する朱文。無理もない。自分の目が見えなくなった原因は、本人もよく知っているのだから。

「もしもし、何よ? 夕飯時に」

<テレビを見ろッ! 緊急事態だッ!>

 相手はMr.アルビノ。予感した通りの相手からだ。

「はいはい、ついさっき見たっての。で、本当なワケ?」

<安全な回線を使って接触を試みたが、ヤツと連絡がとれん。まさに驚天動地だ>

「まさか、そっちも済し崩しに捕まっちゃうとかじゃないでしょうね?」

 しるくの声がわずかに震える。

<分からん。アノ男が予想以上の腰ぬけで、余計な情報をリークしてしまう可能性はある。これから私はMrs.タンチョウと連絡をとり、今後の身の振り方を算段せねばならん>

「アタシの方はどうすればいい?」

<今後の展開次第では、人質の存在が最も重要になってくる。絶対に監視を怠るな>

「ちょ、そんなヤバイ状況でアタシが預かってていいの? 別の人に代わってもらった方がよくない?」

<いいや、こんな状況だからこそオマエが一番の適任だ>

「何でよ?」

<オマエはMr.キャリコとは一切面識が無い上に、接触した物理的な記録も無い。ヤツが拷問まがいの尋問を受けたところで、オマエに関する情報は流れない>

「あ……そっか」

<唯一の懸念材料は、実動課のエージェントがオマエの顔を知っていることだ。だが、当局もダレが拉致したのか目途が立たなければ、捜索に時間がかかるハズだ>

「あッ……え~~と(汗)」

<おい、まさかッ!?>

「ゴメン。アタシが拉致ったコトがモロバレな書置きしちゃった……テヘペロ☆」

<このマヌケがああああああああああッ!>

 Mr.アルビノの怒号が飛ぶ。

「ダイジョ~~ブ、心配無いって。交通局のカメラがカバーしてない道を選んだし」

<本当か? これ以上の抜かりは無いと断言できるのか?>

「コスプレの神に誓って」

 えらくコアな神だな。

<……いいだろう。とにかく、弥富更紗をしっかり見張れッ!>

 プツッ──

 押しつけるみたいに言い放って通話を切った。

(まいったなァ……ちょっぴり緊張してきた)

 まさかの事態だ。偽P・D・Sの元締めが捕まったということは、『子』や『孫』の一斉検挙もありうる。そうなれば、過去に偽P・D・Sを使用した個人までも、調査対象にされかねない。つまり、朱文にも火の粉が降りかかる恐れがある。

「何の電話だった?」

「ふぎゃあああああああああああああァァァァァァァァァァッッッ!?」

 急に背後から弥富が声をかけてきて、しるくがバンザイみたいなポーズでビックリ。ケータイが宙を舞う。

「驚き過ぎだ。まずは落ち着いて──」

「ええ、落ち着くわよ(怒)。こうやって脈拍を正常に戻すわよ(怒)」

 グイグイッ、グイグイッ……

 両手で絞め上げられる弥富の首根っこ。

「ちょッ、やめて。マジでキマってるから……き、気が遠くなって……見たこと無い天使が降臨してるから……」


天使A「おいおい、殺害現場に降りちゃったよ」

天使B「いいのか? まだ神様から魂の回収許可は得てねえぞ」

天使C「いいんじゃないっスか。ちょっとしたフライングっスよ」

天使B「いやマズイって。少年と大型犬みたいに、綺麗にキッチリ死んでからが鉄則。この状況での俺達は、ただの不法侵入者だから」

天使A「別にいいんじゃねえの。この世界ってさ、勝手に人の家に上がり込むヤツ多いらしいし。泥棒とかヨネスケとか」

天使B「そんなのを天使と同列にすんなよ。とにかく撤収するぞ」

天使C「うぃ~~っス。先輩、今回って時間外手当てつくんスかねえ?」

天使A「そんなのは人事部の連中に聞けよ」


 天使共、天へと帰還。

(お、おい……助けてくんないのね…………ガクッ)

 弥富、天井に手を伸ばしながらおちた。


「まだ食うのかよ」

 食事が終わり、弥富としるくはしるくの自室(監禁部屋)へ。朱文は風呂に入っている。しるくは椅子に座り、背もたれにゆったりとその身を預け、生クリームがタップリのプリンを食している最中。

「ちょっと激しく体動かすから、糖分をしっかり摂取しとくの」

「え……?」

「うっわァ~~、反応がキモッ。飢えた野郎の頭ン中って、思考が単純過ぎッ」

 微妙に頬を薄赤くする弥富に、〝死ねよゴミ虫〟みたいな面で返す。

「ヤンデレコメットの名前で、動画投稿サイトに投稿してんの。アニソン歌ったり曲に合わせて踊ったりするんだけど、サイトじゃ結構な有名人」

 どや顔したしるくが、空になったプリンの容器をゴミ箱へポイッ。

「それで撮影機材が辺りに転がってるワケか」

「さあ、括目しなさいッ!」

 そう言ってクローゼットを全開。中にはメイド服にミニスカチャイナ、婦警に魔女っ娘、浴衣に水着……男共の淀んだ需要に対する供給源がそこにあり。

「けしからんッ、ああ~~けしからんよッ! 基本的に若い男ってのはな、エッチな物を投げつけられると、爆発するんだよ。主に股間がッ!」

 口うるさい父親みたいな態度だが、言ってる内容は欲求不満でゴメンナサイだ。

「はいはい、そんなコトは知ってますっての」

 ミニスカメイドに着替えながら、高揚感でテンションが上昇中だ。

「あのさァ、俺の事キモイって言うんなら、どうして目の前で着替えんの?」

「勝手に〝見られる〟のとアタシが〝見せてやる〟のとでは、エロの質が違うのよッ!」

「要するに、オマエはバカな男共(弥富を含む)にエサを与えて楽しむ、陰湿なドSか」

「こっちは機材に経費かかってんのに、視聴者にタダでアタシの艶姿を見せてやってんの。こっちの性癖を満たしたって、バチは当たんない。コスプレの神様がそう言ってる」

 何でも神様につなげるんじゃねえよ。いちいち神様出てきたら、トイレの女神様と花子さんが、殴り合いのケンカ始めちゃうよ……って、じゃあさあ、男達は女神様の前でいっつも泌尿器を露出してたワケ?

 ――ファサッ☆

 着替え終わったしるくがミニスカを翻し、あさっての方向に営業スマイル。PCと撮影用機材を機動。スピーカーから流れてくる、とってもアップテンポなBGM。部屋の空気が別次元とつながったようなテンションに変わり、彼女の表情に一気にパワーがみなぎった。

(うっわあァァァ……)

 オマエ、病んでるよ。カメラに向かって、夜中に一人で腰振ったりターンしたりする様は、シラフな精神状態では直視できねえよ。

「なッ、何よその人を心底から哀れむような目はッ!? 変じゃないからねッ、アタシはとっても正常な女子高生なんだからねッ!」

 少し息を荒くしながら声を上げる。

「いいか、よく聞け。<そうです、私が変なオジサンです>って言うのと、<そうです、私が正常なオジサンです>って言うのとではどっちがより変だ?」

「────ッ、何て事なのッ! 後者の方がより変に感じるッ!」

「その通りだ。それこそが真実だ」

 明らかにオカシイ諭し方だが、彼女は驚愕の面持ちで納得しちゃった。

「それはそうと……ちょっと頼みがあるんだけど」

 急にしおらしい声になって、手を後ろで組みながらモジモジしだす。さっきまでとの落差が大き過ぎて、気持ち悪い。

「糸ミミズの回収も無理となると、俺は何もしてやれんぞ」

「ううん、そっちの件じゃなくてさ」

 彼女はデスクの引き出しから一冊の本を取り出す。

「じゃ~~ん♪ 綺麗に撮れてるでしょ?」

「…………」

 目を細めて沈黙。手にしているのは、本人のいわゆる『コスプレ写真集』。弥富は恐る恐るソレを手に取り、中身をペラペラっとめくって見てみる。ほとんどがアニメ・ゲーム系のキャラコス。

「オマエ……コレ売ってんの?」

「ネット通販のみだけど、結構評判良いんだよ。でさ、こういう写真集には、もっと〝エロス〟が必要だと思うのよ。買うのって野郎ばっかだし」

「待て待て待てッ、オマエの想定する〝エロス〟がどういうモノかは知らんが、もっと沢山売るため肌をさらすってのは……イカンッ! お父さんは許しませんよッ!」

「R指定されないギリギリの構成だから、問題ないの。でね、次の新作の構想は固まってるんだけどさ、それには男性の協力が必要なワケ」

 しるくが不吉な笑みをこぼす。

「やめてくれ。俺は一切関わりたくない」

「ねえ、〝一宿一飯の礼〟って知ってる?」

「……おふッ」

 弥富の中で大切な何かが失われようとしていた。またしても。



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