ラスボスより強いザコがいるのが、RPGの定石だよう
シスター「神よ、震災国へ援助金を送りたいのですが、寄付金が全く足りません」
神「地球のみんなッ、オラに現金を分けてくれッ!」
「急にどうしたんだね? 素直に肉体を引き渡してくれるのはいいが、一体どういう心境の変化だい?」
実動課への宣戦布告を済ませたMr.キャリコが、訝りながら問う。
「このオッサンに何かあったら、肉体もタダじゃ済まないってコト」
浜松が局長のハゲ散らかった頭を指差している。
「んんんッ────! んんッ、ん──ッ、ん────ッ!」
顔面を脂汗でテカテカにさせ、猿轡を噛まされたまま何かを訴えかけている。
「はいはい、今外してあげますよ。あまり興奮し過ぎると、醜い顔が台無しだ」
苦笑するMr.キャリコが猿轡を外し、代わりにインカムを装着してやった。
「深見ッ! 貴様ァ……よくも裏切ってくれたなッ!」
開口一番で浜松にかみついてきた。
「裏切るぅ? あたしは単に〝実地訓練〟をしてるだけ。契約は守るっての」
「黙れッ! 勝手に禁魚の中に逃げ込みおって……享輪コーポレーションから突然姿を消したと聞かされ、私はストレスで憤死寸前だッ!」
「へえへえ、そうですかい」
浜松はまともに耳を貸そうとはしない。
「ちょっと待ってくれ。『契約』とは何の事だい?」
Mr.キャリコが会話に割って入る。
「局長、しゃべっちゃってもイイよね?」
「フザけるなッ! 契約内容を忘れたのかッ!?」
<うるさい高齢者だクマ。拙者も浜松の話に興味津津だから、再度口を塞いでもらうんだベア>
プー左衛門が、<ヤっちまいなッ!>って書かれたプラカードを掲げる。
「仕方ありませんね。では、もうしばらく御静かに」
そう言って、Mr.キャリコが猿轡を手にして歩み寄る。
「待てッ……よし、分かった。どうせこの裏切り者が話してしまうのなら、私から話そう。あること無いこと誇張されてはたまらんからな」
「さすがは全ハッカーの宿敵。潔し」
局長は観念した様子で軽く溜息をつき、話し始める。
「数年前、管理局は動物の脳髄を使った、有機コンピューターの開発に着手していた。世界規模で発生するサイバーテロや、有象無象のハッカー共によるハッキングへの、完璧な対抗手段としてだ。ソフトメーカーや警察機関が、新しい防衛システムを開発すれば、ハッカーは、それを突破するウイルスやスパイウェアをすぐに造り出す。システムの強化と更新はハッカー共を刺激し、すぐに新しい突破手段が開発される。まさに堂々巡り……次世代のシステムが必要だった。レジストリを決して解析されず、不正な侵入を感知すれば、相手のネット環境を著しく破壊できるシステムがな」
「いくつかのウワサは耳にしてましたが、局長御自身から聞かされると重みが違いますね。それにしても、どうして動物の脳髄を?」
「もちろん、人間の脳髄を使用する案が先に挙げられた。だが、シミュレーションの結果、システムの中枢を担う役目には適さないと判断された。人類の脳は複雑に進化し過ぎたせいで、多様な感情がどうしても制御しきれず、エラーの発生が止まらなかった」
「〝シミュレーション〟? 局長、もしかして……ムフフフッ」
Mr.キャリコが嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、そうだ。ネット住人が大好きな都市伝説。<電薬管理局は人体実験を経て、特殊なスパコンを設計・開発している>……大衆の妄想がネットに氾濫した時、私はゾッとした」
<ニート万歳ィ、ヒッキー万歳ィ、妄想の力が、情報機関に目潰しをくれてやったクマッ!>
プー左衛門がクルクル回りながら喜んでる。
「話の流れは大体把握できましたよ。確か、禁魚とP・D・Sをネット上でリンクさせた際、禁魚は『生きた防火壁』になる。つまり、次世代の有機コンピューターという、攻撃手段を開発した結果、それに適応できる防衛機能も必要となった。攻撃と防御――その二つがそろって、はじめて大局を制御できる存在となる」
「そうだ。そして、防御を受け持つのが深見の役目だった。オリジナルP・D・Sを共同開発した過程で、我々は生命のデジタル化も実現にこぎつけた。これにより、不動の正義をネット世界に固定できるハズだった。海賊ソフトの摘発、マルウェアの排除、敵性情報の追尾……全てが思うがままになるハズだった。だが、この女は姿を消した。自分の身体を管理局に保存させたままなッ!」
腸が煮え繰り返るような表情で、浜松を睥睨する。
(やれやれ、まるで親子ゲンカだね)
呆れた感じで軽く溜息をつき、Mr.キャリコが水槽に近づこうとしたその時──
──────────────────────────────────キンッ!
「……ん?」
金属同士が高速でぶつかったような、乾いた音がした。玄関の方からだ。Mr.キャリコと局長が同時に玄関戸に視線を向ける。小さな玄関戸がゆっくりと……非常にゆっくりと内側へ開いていく。真夏の西日が、薄暗い部屋の中にユラリと差し込む。
(鍵が……斬られたッ!?)
Mr.キャリコが息を呑んだその直後──
ボコオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ──────────ッッッ!!
「──────ッ!?」
車の衝突事故みたいな轟音とともに、部屋の壁の一部が派手に爆裂し、吹き飛ぶ。そして、ポッカリと開いてしまった壁の大穴から、数人の武装隊員が突入してきた。
「端末から離れろッ! 国家調査室長の指示により、オマエを拘束するッ!」
隊員の一人がアサルトライフルの銃口を向け、警告する。
「えッ、あぁ……そ、そんな…………どうして?」
Mr.キャリコは魂をブチ抜かれたみたいに茫然自失。ゆっくりと床の上に両膝をつき、目の前の光景を凝視する。
「とうとうこの瞬間を迎えましたわ。裁きの時ですわよ」
カッカッカッ──
ヒールの足音。全開した玄関戸のすぐ側に、フォーマルスーツを纏った女が、毅然として立っていた。その手には手斧が握られ、ギラギラと西日を反射させていた。
「おおッ! 君は確か、実動課の……」
ずっと床に座らされていた局長が、安堵の表情で立ち上がる。
「御待たせ致しました、局長。もう安心ですわ」
エージェント・津軽六鱗がその勇姿を現し、ついに事件の発端となった張本人を逮捕。あらゆるネット犯罪の発信源となった部屋が、制圧された。
「それにしても……まさか、弥富殿の部屋のすぐ隣に潜んでいたとは。灯台下暗しとはまさにこのコトですわね」
玄関の土間で背中に夕日を浴びながら、津軽が腕組みして呟いた。
「……えぇぇぇ? は、あ…………あれぇぇぇ……?」
一人暮らし専用の狭いアパートの一室では、現在、数人の武装隊員と、実動課から派遣された分析官が現場を調査中。大穴を開けた際の瓦礫を無造作に踏みしめながら、皆が忙しそうに歩き回っている。そんな中で床の上にヘタリこみ、何を見ていればいいのか分からないような目をした男が一人。その手には既に手錠がかけられ、武装隊員が側に立って見張っている。
(不様なモノですわ。天才と狂人は紙一重と申しますが、どちらも意外と脆い)
津軽が冷たい眼差しでMr.キャリコを見つめる。外見はドコにでもいそうな男性だ。大事を成し遂げようとしている人間には見えない。管理局はこんな男一人に今まで煩わされていたのか?
津軽は提げていたビニールの袋にインカムを取り付け、自分にもインカムを装着。
「ダイナミック逮捕に成功したぞッ! 本日の一連の流れはまさに手にアレ握る――じゃなくて、手に汗握る展開だったぞッ!」
大興奮してるポチが出現したんだが、何故か車イスに座っている。
「おおッ、我が友にして主食ッ! よくぞここまでぇぇぇぇぇッ!」
歓迎ムードな笑顔の浜松が出現したんだが、何故か名作アニメで見かけそうな粗末な服装。そして、始まる。
「ポチぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」
「浜松ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」
──────── ポチが立った ポチが立った ────────
↓
────── ポチが歩いた ポチが歩いた ──────
↓
── ポチが走ったッ!? ポチが走ったッ!? ──
↓
クロスカウンターッ!
ズドオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッッン!
ついさっきまで抱き合うような雰囲気だったのに、出会いがしらに強烈なパンチ。お互いの頬に拳がメリ込んで、ものすごく険しい表情で立ち尽くしてる。
「や、やるじゃない。いつの間にこれほどまで腕を上げ……けふッ!」
「そ、それはこっちのセリフだぞ。さすがは汚れたヒロイン……がはッ!」
浜松とポチがわざとらしく吐血。この勝負、引き分け。
「では、深見素赤。この場で簡単な事情聴取をさせていただきますわよ」
津軽、二匹のショートコントをものすごい勢いで無視。
「うっわぁぁぁ、空気読めよッ! のっかってこいよッ!」
「さあ、羞恥心をサクッとかなぐり捨てるんだぞッ! レッツ・黒歴史の序曲ッ!」
二匹がそろってオモシロ顔で誘ってくるが、津軽は一般人がドン引きするくらいの無視っぷり。
「どうしてなのさッ!? いくら禁魚でも、あの攻性フィルターを突破できるワケが……ねえ、プー左衛門……答えてよッ! ねえッ!」
自分の置かれている状況が、未だにハッキリと把握できないのか。Mr.キャリコは床に尻もちをついたまま、声を荒げている。
「御静かに。アナタの聴取は実動課へ連行した後、ゆっくりとさせていただきます。壁の修理費用と床のクリーニング代は、アナタの口座を凍結した上で引き落とさせてもらいますので、あしからず」
津軽の攻撃的な目が敗残者を見据える。
「ハナシが違うじゃないか……君はいつだって完璧に、そう、いつだって上手くやってくれてたのに……どうしてッ!? 私の言葉が聞こえないのかいッ!?」
彼はノートPCに向かって、ひたすら呼びかけている。だが、モニターに映る可愛いクマのヌイグルミは、ピクリとも動かず一言も喋らず、ただのヌイグルミとして佇んでいるだけ。
「フザけるのはやめてくださいまし。心神喪失を演じて裁判に備えているおつもり?」
実動課が得てきた情報は、Mr.キャリコに関するモノのみ。彼にどんな人脈があり、何者かと共謀していたかどうかは分かっていない。現状の彼等に裏のスポンサー達の情報は無い。Mr.キャリコが見えない何かに話しかけている――そんな痛々しい光景にしか見えないのだ。
「エージェント・津軽、私は今からデスクトップのHDを検査棟に持ち帰り、調査に入りますが、一緒に戻りますか?」
「いいえ。わたくしはもうしばらく、現場検証を行いますわ。弥富殿の救出に役立つ手掛かりがあるかもしれませんし」
分析官に促されたが、弥富の拉致を許してしまった責任は健在する。一連の事件の司令塔が指示を出していた場所だ。必ず有力な手掛かりが落ちているハズ。そう考えた彼女が最初に視界にとらえたのは、『ノートPC』。特に変わった周辺機器は付いていない。ウェブカメラと専用のスピーカーが取り付けられているだけだ。モニターには、デッキチェアに座ったクマのヌイグルミが一つ。Mr.キャリコは必死になって話しかけていたが、当然、こんなモノが──
<くぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~マッマッマッマッマッマッマッマッマッマッマッ!!>
「────ッ、何ですのッ!?」
ノートのキーボードに手を伸ばそうとした津軽が、ビクリと身体をうねらせて硬直する。急に大音量でクマのヌイグルミが笑い出したものだから、周りで作業をしている連中も何事かと振り向く。
<はじめまして、公僕の皆さん。拙者の名前はプー左衛門。一応言っておくけど、世界的に有名な、下半身丸出しのクマの方じゃなくて、無職の方のプーだからそこんとこヨロシクマ☆>
軽快なBGMがスピーカーから流れ出し、先程まで微動だにしなかったヌイグルミが、自己紹介しはじめた。
「……はい?」
津軽はどう対応すればいいのか分からず、目が点だ。
「プー左衛門ッ! 一体どうしたっていうんだよッ!? 私はこんな形で終わるワケには──」
<じゃかあしいッ! ヘタレの引きこもりは黙ってるんだクマッ!>
「なッ、プー左衛門……?」
仲間だったハズのMr.キャリコを切り捨てた。
「何者ですの?」
モニターの不審なヌイグルミを睨みつける。
<御覧の通り、愛嬌タップリなクマさんだベア。若い女の子からは、〝プーちゃん〟って呼んでもらえると嬉しいクマ♪>
「わたくし、電薬管理局実動課のエージェント・津軽と申しますわ。趣味はアナタ方のような小悪党を捕らえ、完膚なきまでにその腐った性根を滅却する事」
彼女の毅然とした視線が相手を射抜く。
「プー左衛門、私を裏切ったのかい? そんな事はないよね? 今まで一緒に協力して目的をはたして──」
<協力ぅ? くぅ~~マッマッマッwww。一介のスクリプトキディに過ぎなかったオマエが、偽P・D・Sで荒稼ぎできたのはダレのおかげクマ? 調子にのって『生命のデジタル化』に手を出そうなんて、寝言は職安行ってから言うんだベア>
「そ、そんな……!」
悪党共の仲間割れは実に醜いが、利用されてトカゲの尻尾にされた者の姿は、見るに堪えない不様なモノだった。
「ところでさぁ、アンタは何がしたいワケ?」
浜松がゆっくりと近づいてきて、プー左衛門に問いかける。
<ん~~、〝何がしたい〟というより、〝何ができる〟のかを教えてやった方が、分かりやすいクマね>
「どういう意味ですの?」
と、津軽が目を細めた瞬間──
ドオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ────────────ッッッン!!
「────ッ、何事ッ!?」
アパートの外から大きな衝突音が聞こえてきて、津軽と武装隊員達が一斉に部屋の外へ走り出す。
(これは……!?)
アパートのすぐ近くの十字交差点で、普通乗用車とトラックが衝突事故を起こし、大破している。そして、津軽だけが即座に気づいた。交差点の信号機が全て青になっている状況に。
<くぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~マッマッマッマッマッマッマッマッマッマッマッ!!>
訪れる夕闇の帳に、プー左衛門の笑い声が木霊した。