JKリフレは紳士の社交場だよう
シスター「大変です、孤児院の子達がダレも帰ってきません」
神「この前みんなで遊んでたよ。五反田近辺で」
(マジかよ……俺、人生初の貞操の危機にさらされてないか?)
弥富が引きつった表情で固まっている。夕暮れ時――真夏の太陽はまだ元気なため、外は充分明るい。近所からは、プールや海から帰ってきた子供達の喧騒が聞こえ、出迎える両親等の朗らかな声も。で、彼は──
カポ~~~~ン♪
湯船に浸かっていた。そう、ここは風呂場である。入浴中なのである。この家の現家主である長洲しるくの命令。<うわッ、汗臭ッ! 風呂入りなさいよ、風呂ッ!>……いや、部屋のエアコンが壊れてたのは俺のせいじゃねえし。人並みの自由を与えてくれたコトには感謝しているが、差し迫った問題がある。
「あのさあ……どういうつもりかな?」
両脚を折り曲げて湯船に浸かり、横目でその相手に問いかける。
「どうもこうも〝監視〟よ。忘れたの? アンタは大事な捕虜。ここは外から鍵がかけられないから、こうやって直に見張ってるワケ」
洗い場に立って事も無しげに言う長洲。しかも、学校指定の紺色のスク水を着用。事情を知らない人から見れば、完全にイメクラの営業時間中だ。
「さ、左様で……」
言い返せない。文句はよそう。そして、なるべく彼女を視界に入れないようにしよう。JKのリアルなスク水姿は、壊滅的パワーを持つ。ヘタをすれば、下半身が制御不能になりかねない。 鎮まれッ、俺の海綿体ッ!
「湯船から出て頭を洗いたいんだが」
「ええ、いいわよ」
そう言って、シャワーチェアーを差し出してきた。
「い、いや……そうじゃなくて、湯船から出たいから出て行って欲しいんだが」
「何でよ?」
「……おい」
「はいはい、タオル使えばいいでしょうが」
そう言われて手渡される白いタオル。
(実家の父と母よ……俺、金も度胸も無いから風俗は行ったことないけど、本日、ヤバイ病気をもらっちゃいそうです)
「ケンコウホケンカニュウシトケヨ、ドウテイヤロウ」
耳元で実家のオウムが囁いてくる。弥富は湯船の中でタオルをしっかりと装備し、なるべく長洲の方に前面を向けないようにして、立ち上がる。
「あのさあ、せめて後ろを向いておくっていう心配りは無いの?」
「うん、無いの★」
ちょっぴり楽しそうに返答されちゃった。
シャアアアアアァァァァァァァ────
シャワーから噴き出すお湯が弥富の頭を濡らす。
「ところで、さっきの話なんだけどさ」
「話?」
背後から長洲が神妙な口調で呼びかけてきた。
「禁魚の件」
「却下だ」
即答。斬り捨て御免。
「ちょ、ちょっとッ! 少しは聞いてくれてもいいじゃんッ!」
「あのなあ、アイツ等は電薬管理局の連中に没収されたし、浜松なんか、得体の知れない外人に拉致されたんだぞ」
「じゃあさ、新しい禁魚を手配してよ。どっかの裏サイトから購入できるんでしょ?」
「無理だな。俺がアイツ等を手に入れられたのは、事前に浜松……いや、深見がポータブルHDに細工してたからだ」
「なら、津軽っていう例のオバサンに頼んで、一匹くらい返してもらう……とか」
頼み方に必死さを感じるのだが、気のせいか?
「だいたい、禁魚なんかどうするんだよ? ヘタに連中と関わってもロクな事はないぞ。俺が言うから間違いない。ハイリスク・ノーリターンだ」
弥富の脳内で、ここ数日の精神的被害がフラッシュバックされる。
「朱文の目を治してあげたいの」
「……正気か?」
シャンプーで頭を洗う手が止まる。目の前の鏡に見える長洲の表情は、戸惑いと直情が葛藤していた。
「アタシにはもう弟しか家族はいない。だから、せめてアノ子に不自由をさせたくないの」
弥富に人の言葉の真偽を精査する才能など無い。だが、今の彼女が口にする言葉に嘘は無い……そう思いたい。
(しかし、失明した目を治すなんて可能か?)
連中は水槽で泳ぐ魚類でありながら、深見の父を名乗る男を殺害した。肉体や脳に何かしら重大な影響を与えるという意味では、もしかすると……。
「なら、こうしよう。禁魚は諦めろ。その代わり、同様の働きが期待できる糸ミミズを紹介してやる。アパートの水槽にまだ居るハズだ」
年上らしい頼れる事を初めて言った。
「ん……ありがと、ね」
長洲は急にしおらしくなり、弥富の背中に頬をあてて静かに呟いた。
むにッ★
(おふッ!?)
不意に押しあてられた二つの膨らみ。人生初の感触。こりゃあイカンッ! 実にけしからんよッ! 実に……じ……脳内が瞬時にしてホワイト・アウトする。
「ねえ、どうかした?」
「フヒヒwww――じゃなくて、いや、何でもない」
危うかった。何か得体の知れないトコに引きずり込まれる寸前だった。やはり、JKの攻撃力恐るべしッ! 甘えた声で肉体を武器にしてくるこのパワーは、巨神兵にも匹敵する。
女神A「弥富、腐ってやがる。早すぎたんだ」
案の定、いつもの幻聴がしているし。
「じゃあ、後でアタシがアパートに取りに行く。その間、朱文と遊んであげてて」
「ああ、引き受けたよ。ここ数日で他人の面倒見るのに慣れたしな」
空気が変わった。
<よ~~く考えて選んだモノなら、たとえ予定外の結末に至ったとしても、悔いは無いと思いますぅ>
弥富の脳裏に、アンジェリーナから言われた言葉が浮かび上がってきた。
(そうだよな。俺は善い事をしている……間違ってないよな)
自分から望んだ現状ではなかったが、結果として、人とのコミュニケーションってヤツに触れられた。イイ歳したバカな大人が、少し成長したような感じがした。
「発信元を特定ッ! IPアドレスを検索中ッ!」
作戦開始から5分。検査棟の分析官が、端末を操作しながら声を上げた。
「…………何?」
宇野課長の口からマヌケで拍子抜けな声が漏れる。最悪のパターンとして、実動課のメインサーバーがダウンし、世界中からのハッキングを防衛している防火壁が、無効になるのを恐れていたのだが、突破した? こうも容易く?
「こちらのシステムに何か異常は生じているか?」
「いえ、正常です。全ての機能、オールグリーンです」
「妙ですわね……」
端末のモニターをのぞきながら津軽が訝る。彼女は水槽の方に一瞥をくれるが、禁魚や糸ミミズにも変異は見られない。優雅に泳いでいるだけだ。
「IPアドレス判明ッ、住所は……ッ!?」
「どうした?」
不動産リストとの照合を終え、分析官の手がピタリと止まる。一瞬、息を呑んだ。
「この住所は……バカなッ、弥富更紗のアパートですッ!」
「──――なッ!?」
フロアに緊張がはしる。課長が江戸川室長と目を合わせた。
「こちら国家調査室長・江戸川。緊急出動を要請。屋内制圧部隊一個小隊を編成した後、これから送信する情報を元に、作戦を開始せよッ! これは訓練ではないッ、繰り返す……これは訓練ではないッ!」
ケータイで軍部に連絡しながら端末を操作する。ついに始まった。
「課長、わたくし──」
「みなまで言うな。行ってこい」
「承知ッ!」
津軽は水槽から糸ミミズをすくい出し、ビニールの袋に入れる。そして、クラッチバッグをつかみ取り、ポニーテールの黒髪を翻して走り抜けていった。