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パンチラは事故ではない。文化だよう

シスター「神よ、本日は体調が優れないので、御休みさせていただきます」

   神「アノ日? ねえ、アノ日?」

 


「たっだいまあッ! 朱文、ラジオの調子はど……おおッ!?」

 部屋のドアが開く。開けた本人は、中の様子を目の当たりにして口を半開きにし、少々引きつった感じで硬直している。

「あ……(汗)」

 マヌケな声をもらす弥富と、固まったヤンデレコメットの視線が絡む。

「うりゃあああああああああああああああああッッッ!」

 ゴッ──!

「ぶべらッ!?」

 咄嗟に放たれた蹴りが、床に座っていた弥富の顔面にヒット。

「オ、オ姉チャンッ!?」

 すぐ傍で同じく座っていた少年が、いきなりのアクションに驚いて立ち上がる。

「ちょ~~っとこっち来てちょうだいね、オ 兄 チャ ン★」

 ドス黒い笑顔を浮かべ、ダメージでクラクラしている弥富の襟首をつかみ、自室まで引きずっていく。

 ポイッ……

 無造作に監禁部屋へと戻された。

「10秒以内にアタシを納得させられる理由を述べよ。い~ち、にぃ~、さ~ん──」

「弟さん、失明してんのか?」

「だから何? 人並みに同情したいワケ?」

 彼女の口調から抑揚が消える。

「ラジオがまた調子悪くなったって、俺のところに来たから。でも、御両親はいないって言うし……まあ」

「目の見えない可哀想な少年をいたわって、荒んだ姉の心をサクッと救ったつもりィ? バーカ、バーカ、ぶわァァァァァかッ! リアルはそんなに単純じゃないってのッ!」

 そう毒づきながら、着ていた学校の制服を荒っぽく脱ぎ始めた。

「あのなぁ、オマエの弟が外から鍵を開けた時点で、俺は外へ逃げられたんだ。せっかくのチャンスを無視して、恩を売る意味なんか無いだろが」

「じゃあ何? 何か別の目的があって逃げなかったって?」

「一つ聞いておきたいコトがある。どうして警察に捜索願いを出さないんだ?」

「……ふぅ。朱文めッ、余計なコトを」

「御両親が蒸発して1ヶ月も経つそうだな。家族が消息不明になったら普通は──」

「黙ってッ! よその家族はよその家族。アンタとは関係ない」

 バッ……

 そう言って上着を脱ぐ。少々汗で蒸れた若々しい体臭が、弥富の鼻腔をくすぐった。

「それに、アタシにはMr.アルビノがついてる。おかげで暮らしに不自由は無いし、学校生活も問題無く満喫できてる」

 普通の女子高生なら決して関わることのない、社会の水面下で蠢く力。それが彼女の本来あるべき正常な精神状態を壊していた。

「やっぱそのMr.アルビノってヤツ、カナリ怪しいって。何かしら職に就いてる人間が、1ヶ月もの間音沙汰無しなら、こっちから通報しなくても警察が動くハズだろ? ってコトはだな、そいつが情報を操作して──」

「うるさァァァァァァァァァァァァァいッ!」

 バサッ!

 激昂した彼女が、脱いだ上着を弥富めがけて叩きつけた。

「アタシも朱文もちゃんと生きてるッ! 学校は楽しいし、アタシが裏仕事をこなせば、大金が振り込まれるッ! 親が消えたからって何よ……気味の悪い心配なんかしないでよねッ!」

「じゃあ、弟さんの失明もアルビノってヤツが治してくれるのか?」

「ええ、そうよ。その予定」

 彼女は語気を静めスカートを外す。

「おッ……と、と、と」

 唐突に真っ白なショーツが視界に入ったもんで、免疫ゼロな弥富は不格好に顔をそむけた。

「朱文はカナリ特殊な緑内障を患ってるの。普通は加齢や眼圧や遺伝が原因になるらしいんだけど、弟の場合は偽P・D・Sが原因」

(な、何ッ!?)

 イヤな汗が弥富の背中を伝う。

「生まれつき症状があったワケじゃない。つい最近まで普通に目は見えてた。けど、アイツ……アタシに内緒で偽P・D・Sをインストールして、飼ってる猫といつも会話してたの。中毒には個人差があるし、滅多なことじゃ脳に障害は起きないって聞いてたけど」

 声が弱々しくなっていく。下着姿になった彼女はヘアゴムで髪を束ね、クローゼットの中からメイド服を取り出した。

「Mr.アルビノが言うには、遺伝子レベルの問題らしいのよね。失明状態を回復させるには……ええっと、何とか細胞っていうのを使った手術が必要で、まだ実験段階の方法らしくてさ。けど――」

「言う通りに裏仕事をこなせば、手術が受けられるよう取り計らう……どこぞで必ず耳にする小悪党の常套文句だな」

 弥富が冷たく言い放った。

「否定はしない。けど、目の見えない息子を置き去りにして蒸発する親より、アタシはよっぽど親切にしてくれてると思う。だから、彼が言う通りアンタを引き渡しの時まで監禁する」

 ミニスカメイド服が彼女の肉体を包み、柔軟剤のイイ香りを部屋の中に漂わせた。

「ところでさぁ、オマエの名前って『長洲(ながす)しるく』っていうの?」

「うん、そう──って、何で知ってッ!?」

 弥富の手には、学校カバンからはみ出ていたノートが一冊。名前の記入欄に太い丸文字で書かれた本名。

「せくしゃるはらすめんとォォォォォッ!」

 ゴッ……

 跳び膝蹴りが弥富のアゴに命中。女子高生の私物を汚い手で触るニートに、物理的な天罰が下りました。

「おうぅ~~(泣)」

 痛みに悶える男・25歳。ヒットする瞬間、パンチラが拝めたのが唯一の救い。

「オ、オ姉チャン……居る?」

 部屋のドアが半開きになり、朱文がオドオドした様子で声をかけてきた。

「どうしたの? まだラジオの調子が悪い?」

「ううん、ラジオはちゃんと直ったよ。だから、弥富さんに、その……お母さんが人に親切にしてもらったら、必ずお礼しなさいって言ってたから。ありがとうって」

 彼は気恥かしそうにそう言った。初めて会った相手への、精一杯のコミュニケーション。

「お礼はオ姉チャンから言っといてあげる。お弁当買ってきてあるから食べといで」

「うん、そうする。ありがとう」

 朱文は手すりにしがみつくようにして、ゆっくりと階段を下りて行った。

「……だそうよ」

 ヤンデレコメット――いや、長洲しるくが、仰向きにブッ倒れてる弥富に言う。

「人から感謝されるのって、ものすごく久し振りな気がする。やっぱ、悪い気はしないよな」

 彼は天井を何気なく見つめながら、独り言のように呟いた。

 ブゥゥゥゥゥン、ブゥゥゥゥゥン──

 学校カバンの中から、ケータイのバイブ音が聞こえてきた。

「はいは~~い、もしも~~し」

 長洲はヒラリとミニスカをひるがえし、カバンからケータイを取り出す。

<私だ。弥富更紗の様子はどうだ?>

「なぁによ、Mr.の方から電話してくるなんて珍しいじゃん」

<オマエは攻めには長けているが、繊細で忍耐を必要とする仕事には向いていないからな>

「心配ないって。この家からは一歩も出さない。外部に連絡されないよう手はうってあるし」

<いいだろう。報酬は明日までに振り込んでやる>

「ところでさぁ、うちの弟の目の件なんだけど……」

 彼女は弥富の方に一瞥をくれてから、部屋を出てドアを閉めた。

<それは前にも言ったハズだ。ES細胞を使った再生医療は、まだ実験段階。臨床試験が行えるようになるには、多額の資金が必要となる>

「なら、ヤバイ仕事は全部アタシにまわしてよ。稼ぎたいの」

 長洲の声から真剣さが伝わってくる。

<弟を労わる殊勝な心がけはよしとするが、あまり自分の膂力を過信しない方がいいぞ>

「悪党が人並みに説教するワケ? バカみたい」

<バカで結構。現代社会では、まともな頭の持ち主ではこなせぬ仕事が多いからな>

「ところでさぁ……」

<何だ?>

「ん~~……ううん、いいや。やっぱ何でもない」

<蒸発した両親の件なら、まだ新しい情報は入っていない>

 Mr.アルビノは突き放すように答えた。

「あ……そ、そう。うん、分かった……弟に伝えとく」

 長洲がケータイを切った。その顔にはあからさまに影が差していた。


(もしかしてさあ……大きい方もコレでしろってか? いや待てッ、肝心の紙が無いし)

 トイレ用として渡されていたバケツを見つめ、弥富はどうでもいい葛藤の真っ最中だった。

 バタンッ!

 長洲が部屋に戻ってきて、バケツと見つめ合ってる弥富を見下ろす。

「条件があるわッ!」

「は?」

「器の大きいアタシからのサービス★ 今後、Mr.アルビノが身柄を引き取りに来るまでの間、特別に家の中全ての移動と使用を許可したげる」

「いいのか?」

 バケツにまたがるという奇行は回避できたようだ。

「ただし、アンタの禁魚をちょうだいッ!」

「――は?」

 弥富の口が腹話術の人形みたいにパカッと開いた。そう、パカッと。


 

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