薄暗い部屋に長時間居ると、人は中二病を発症するよう
シスター「神よ、柏木志保と中村イネがそろって懺悔に来ているのですが……」
神「追い返せ。マジで」
<クマぁ~~、どうやら、何者かが作戦内容に気づいたようだベア>
薄暗い部屋の中で、一台のノートPCから声がする。モニターにはチョーカー付きのクマのヌイグルミが映っていて、デッキチェアにちょこんと座っている。
「と言うと?」
そのモニターを見つめる男が一人。左手に皿を持ち、右手には一本のフォークが。皿の上には、焼きたてのホットケーキが熱を発している。
<享輪コーポレーションに施した下準備が、ダレかに覗き見された形跡があるんだクマ>
ヌイグルミが両手をブンブン振り上げながら答える。
「電薬管理局かい? それとも国家調査室かな?」
<おそらくはどちらでもないクマよ。仕掛けてあった攻性ワームを、ギリギリのタイミングで回避している。これは浜松の御仲間の仕業と推測するベア>
「実動課の連中、禁魚と協定でも結んだかな? ムフフフ★」
男は愉快そうにホットケーキをフォークで刻み、口に運ぶ。
「ムダよ。軽く脅迫したくらいじゃ、あたしの肉体は手に入んないからね」
部屋の隅にセーラー服姿の少女が一人立っている。その目は不愉快さに満ちており、決して男と視線を合わせようとはしない。
「その言い方だと、君の肉体は電薬管理局に保管されている……そう推測できるよね?」
「うッ……!」
イヤらしく口元を歪める男に対し、セーラー服少女──浜松は分かりやすく動揺した。
「ある程度の確信はあったのさ。この国で身元不明の遺体、もしくは脳死状態にある肉体の隠蔽が可能な機関となれば、数は限られる。そして、君は電薬管理局と契約し、業務を請け負っていた享輪コーポレーションの元社員。何かしらのコネクションが生じたと考えるのが自然」
<さっすがはMr.キャリコ。自宅警備員のムダに洗練された頭脳が冴えわたるゥ♪>
ヌイグルミがバカにするみたいに拍手してる。
「情報機関ってヤツは、他人の情報はなにがなんでも手に入れようとするが、自分達の情報は絶対に公開しようとしない。相手が一国の大臣であろうと、頭のイカレたテロリストであろうと、答えは変わらない。<存じ上げません>……だ」
彼は一瞬だけ憂鬱な表情を見せた。そして、衛星電話を手に取りコールする。
<何だ?>
相手はすぐに出た。この声は例の傭兵チームのヒゲオヤジだ。
「新しい仕事を頼みたいんだが、手透きだったかな?」
<今は忙しい。仲間と観光中だ>
「観光? カブキ町で散財するには、まだ時間が早いでしょうに」
<そんな如何わしい歓楽街で遊ぶ趣味は無い。我々はアキバの街で癒されているところだ>
「これはこれは、また意外な」
<噂には聞いていたが、コレが本場のメイド喫茶というヤツか。実に素晴らしい。従業員の女の子達はまだまだ若いのに、立派なプロ意識を感じる>
「ま、アナタ方がその街にいらっしゃるというのは、好都合。人間を一人拉致していただきたい」
<魚を一匹強奪しろと依頼された時は耳を疑ったが、次はどんな裏事情があるのかな?>
「その街の一角に、享輪コーポレーションというソフトメーカーがあります。本日、とある人物が特別来賓として訪れる予定です。今からおよそ1時間後に」
<えらく急だな。準備不足なミッションはロクな結果を生まないぞ>
「その分報酬は上乗せしますよ。御土産にメイド喫茶が一軒買えるくらい」
<いいだろう。で、ターゲットは?>
「そちらの端末に、人物の行動予定表と顔写真を送信します。拉致完了後は、前回と同様の手順でこちらへ送り届けてもらいたい」
<了解した>
彼は通信を終え、満足そうな微笑みを浮かべて、衛星電話をテーブルに置く。
「まるで出前だね。自分は家から一歩も出ず、ひたすら他力本願。まさにニートの最悪形態」
憐みに近い目つきで睨んでくる浜松。
「ネットの海へ〝身投げ〟した君に言われたくはないな」
「アンタ……どこまであたしの事を知ってるワケ?」
浜松が感じる底の無い不安。この男の膂力は得体が知れない。
「深見素赤・25歳。享輪コーポレーションの元特A級プログラマー。電薬管理局からソフト開発を請け負い、オリジナルP・D・Sを開発。ちなみに、ド近眼と貧乳にコンプレックスを抱いている」
「おーけー、おーけー。プロのストーカー乙ってカンジだね。じゃ、ついでにアンタの方も自己紹介しちゃってよ」
「さっき言った通り、『情報機関』は決して自分達の情報は与えない」
「あァ~~ん?」
浜松が眉間にシワを寄せる。
「私が住むこの部屋が次世代の情報機関さ。これからは端末を持つ者全てが、情報機関者になる時代。一国の直轄機関だけが、極秘情報を隠匿する時代は終了。偽P・D・Sの開発を皮切りに、情報格差をなくしてあげるんだよ。ダレもが正しい情報を得られ、政府の嘘や妄言に騙されない日常を形成してやるのさ」
彼はとても愉快そうに答える。
<プ~~ッ、プップップップッ。いつもながら中二臭が絶えないクマぁ。それでこそ未来を築くに値する狂人だベア>
褒めてるのかバカにしてるのか、プー左衛門は口元を手で押さえて爆笑だ。
「ちょっと尋ねたいんだが、どうして君は弥富更紗にポータブルHDを託したんだい?」
Mr.キャリコはテーブルに両肘をつき、両手を組んで神妙な口調で問う。
「だって、大切な友達だったから(ポッ☆)」
「……(黙)」
<……(黙)>
頬に両手をあてて顔を薄らと赤くする浜松に対し、傍観者二名は沈黙でバッサリ。
「ちッ……」
スベった浜松が、場末のチンピラみたいに舌打ちしやがった。
「一人暮らしで友達いなさそうで、コミュニケーション能力が乏しい。しかも、他人の言葉を鵜呑みにして疑わず、大して考えもせず、周囲の空気と状況が生み出す惰性で生きている……まずはそんなバカを選定する必要があった。何人かの候補とチャットした結果、最適なバカが弥富更紗だった。だから、あたしは裏サイトで禁魚を購入するよう仕組み、人間の女性としてではなく、魚類としてアイツと直接接触することにしたワケ」
そう言い放った浜松の顔には、一片の躊躇も陰りも無く、本心をブチまけたことにより、心なしかスッキリとしていた。
「これはこれは、ヒドイ女だよ」
<このビッチめ、人間のクズめ。オマエなんかエロゲの取説以下だクマッ!>
当然の野次だ。
「世界のドコかでダレかが一人幸せになるには、ダレかが一人不幸にならなきゃいけない。そんなリアルの世界で不条理に泣かされるくらいなら、ネットの海で永久に泳いでいたい。そう思ったワケよ。で、ネットの海へ仕掛けた網に更紗が引っ掛かった。それだけね」
彼女の口から吐き出される無情。その呟きを聞いたMr.キャリコは、素直に納得したような面持ちだった。
「『生命のデジタル化』──ネットの社会構造を知りつくしたハッカーなら、ダレもが夢見る未来。ケガや病気や老いに苦しむ生身の肉体を破棄し、デジタル化された不滅の肉体を得て、永遠に生きようとする超理論。浜松、君はまさにその一号となる一歩手前まで来ている」
「ええ、そうよ。でも、残念ながら一号から先はいらないの」
「……いらない?」
彼の顔が曇る。
「ネットの海で生き続けるのは、あたし一人で充分。仲間は必要無いってコト」
「何故だい?」
「あのねぇ……世界中の引きこもりやニートをネットの海へ放流したら、クソ溜めみたいなリアルの世界が、もう一つ出来ちゃうじゃない。仕事でヘマして落ち込んだからネットの海へ。彼女と別れてブルーだからネットの海へ。消費税の引き上げで生活苦しいからネットの海へ。最後には地球上から人間が消えるでしょうよ」
いくらなんでも極論だが、可能性としては決してゼロではない。人は新しいシステムを手に入れると、どうしても試さずにはいられない。己の生活水準の向上につながるとなれば、尚更だ。隣の人が最新のゲーム機で遊んでいたから、自分も同じのを買った。見知らぬラーメン屋に行列ができていたので、自分も並んだ。中東の小国で反政府デモが起きたから、自分の国でもデモを起こした――要するに、人間は〝群集心理〟の中で常に生きているのだ。ダレか一人がネットの海で、快適な生活を永久に送れると呟けば、情報の精査が緩い者から順に身投げしていく。
<プ~~ッ、プップップップッ。とっても残念クマ。せっかく捕まえた浜松は、正反対の考えみたいだベア>
プー左衛門が全自動洗濯機の中で洗われ → すすがれ → 脱水されて。小さなドライヤーで全身を乾燥中。柔軟剤のイイ香りをさせて。
「私はこう思っている。<人間みんな、ネットの海へと消えちゃえ>……って」
彼はホットケーキの最後の一切れを口に放り込み、持ってたフォークを浜松めがけて投げつけた。
「あっそ」
浜松は吐き捨てるように呟いた。額からダラダラと血を流しながら。