羞恥心をポイッした瞬間、人類は進化するよう
シスター「神よ、聖堂の修繕費がどうしても足りません」
神「ブルセラ行け」
「ダメだ……くそッ」
デスクトップはパスワードが設定されていて、メールは使えない。部屋に固定電話は無く、格子を破壊できそうな道具も無い。ドアは木製だが非常にブ厚く、何度体当たりしようとも不毛に終わりそうだ。つまり、進退きわまった。
ガチャ──
解錠される音がしてドアが開く。
(──ッ!)
思わず弥富は身構えた。
「あ……入ってもいいですか?」
ドアを半開きにしてヒョコッと顔を出したのは、さっきの少年。やはり目は見えていないようで、顔を上下左右に動かしながら、こちらの様子をうかがっている。
(よし、これぞ千載一遇のチャンスッ!)
この少年、ヤンデレコメットを〝オ姉チャン〟と呼んでいた。おそらく弟だろう。そして、どんな症状かは知らないが、目が見えていない。強行突破するなら今をおいて他にはない。
(身体障害者を押しのけるのは気が引けるが……致し方なしッ!)
意を決してドアに手をかけようとした。が──
「ラジオ……直せますか? また音が悪くなっちゃって」
おずおずと差し出される携帯型ラジオ。カナリ使いこまれていて、いたる所に細かい傷が入っている。
「あ、いや……お父さんかお母さんに直してもらった方がいいよ」
ドアノブに触れた手がピタリと止まる。
「ご、ゴメンナサイ。パパもママもいなくて、だから、その……」
完全に腰がひけている。
(まいったな、こりゃ)
この家には自分とこの少年しかいないようだ。まさに脱出の好機なんだが、こうも怯えながら頼まれては、良心の呵責ってヤツに耐えられない。
「ええっと、パパとママは御仕事かな?」
「ううん……違うんだ。どっかに行っちゃったんだ」
「どっかに行った?」
「<子供を残して蒸発する親の事なんか、早く忘れなさい>……ってオ姉チャンは言うんだ」
(蒸発?)
耳に入れてほしくなかった情報に苛まれ、ドアノブに触れていた手を仕方なく離した。
実動課・検査棟──昼前。
現場検証が続く中、宇野課長にとっては更なるストレスの原因が来訪した。
「これはこれは……『江戸川室長』」
彼はなんとか愛想笑いを浮かべ、その男性を出迎えた。
「これはまた酷い有り様ですね。海外のダウンタウンならともかく、この国の……しかも、政府の直轄機関がこうもあっさり突貫されるとは」
『江戸川室長』と呼ばれた30代後半くらいのスーツの男は、慇懃無礼な態度で少し苦笑いを浮かべて言う。
「面目次第もありません。敵はこちらの通信手段を全て無力化し、手早く警備を沈黙させ、対物ライフルで隔壁を突破してきました。相手はカナリの訓練を積んだプロ。しかも、ここの構造を把握していたものと思われます」
「つまり、外部からハッキングをされていた。あるいは、内部からリークした者がいる。そうなりますな」
「それについては調査中ですが、敵の正体はおそらく……」
課長が手近にあった端末を操作する。
「国家調査室よりいただいた不審人物五名の映像記録……プロフィールに目を通したところ、義手と義足を付けている者が一人。私が現場で対峙した五名の中に、明らかに通常動作がぎこちない者がいました。そして、覆面からわずかにブロンドの髪がはみ出していました。映像記録にある一人と確信します」
「なるほど。我々の情報共有が役立ったというワケですな」
江戸川室長が皮肉のこもった声で呟く。
「こちらでも警戒はしておりました。しかし、こうも迅速に事に移るとは思いませんでしたので」
課長の胃袋がキリキリと痛む。
「ところで……〝彼女〟は先程から一体何を?」
室長がフロアの隅っこの方を指差して問う。
「……(汗)」
課長は完全に返答に困っている。室長が指差した先では、強化水槽をバックに一人の女性が踊っているから。とってもカラフルでフリルな衣装を身に纏い、クリスマス商戦で処分品になりそうな、オモチャのバトンを手にしてる。ラジカセから流れるファンタジィなアニソンにのって、エキサイティング。彼女の名は津軽六鱗・26歳。悩ましげな腰つき&パンチラで、周囲からの視線が集まって仕方がない今日この頃。
「彼女は実動課のエージェントでして。現在、任務の真っ最中でありまして」
「は?」
室長が目を細めて訝る。そりゃそうだ。仮にも政府の役人が多く出入りする情報機関で、コスプレして愉快に踊るという行為が、何の任務につながるというのか。それでは皆様聴いていただきましょう。禁魚&糸ミミズ&津軽による『ギルティ5』の主題歌──
【失笑 GO GO!】
作詞・回収屋
作曲・ポチ
<わん、つー、すりー、ふぉー、ギルティィィィィふぁいぶ!>
(中略)
<大きくなったけど 何にもなれなぁ~~い♪(職安 オッサン いっぱい)>
<両手に履歴書 内定もらえなぁ~~い♪(氷河期 これが 現実ぅ)>
<社会から おっこちたナミダは ニートの 発生前兆だよ♪>
<めたもるふぉ~~ZE~~!(オワタ!)>
<他力本願 無収入ぅ~~♪(朝から晩までネット漬け) 潜むよ がんばる自宅警備員~~♪(両親今日も泣いている)>
<年金もらえない未来へ あすも ひきこもる~~♪>
<ピンチから(オワタ) 底辺へ(マジオワタ) 惰性で変身♪(あるある、ねーよッ!)>
<ギルティ ギッ ギッ ギッ ギュワ(\(^o^)/) 毎日 イエス、廃人!(\(^o^)/)>
<エロゲで ニヤッと笑って 失笑GO GO!>
<わん、つー、すりー、ふぉー、ギルティィィィィふぁいぶ!>
「……宇野課長」
「申し訳ありません。これも一応任務の一環でして」
理不尽な思いで一杯なまま謝るしかなかった。津軽が独りで腰振ったり、腕をブン回したりしてる……悪フザケに一生懸命な光景しか、室長達の目には映ってない。
「バッチリきまったでえッ!」
片目を閉じて前かがみになり、胸元を強調したポーズのバイオレット。
「ボク……色んなモノを失いそうで怖いです」
「儂もじゃ」
このノリについてこれないチェリーとアイリス。
「おお~~、初めてにしてはサマになっているぞ。オマエには天性の素質が備わっているとみた」
「わ、わたくし、このような辱めを受けては、もう……(涙)」
仁王立ちで指差してくるブロッサムと、顔から火が出かねないくらい恥ずかしがってる、新ローズ。彼等はネットの大海原へ泳ぎ出しているのであり、歌とダンスがどう関係しているのかは不明。とっても洗練されたムダな余興である可能性が、9割5分だ。
「何か目新しい情報は拾えたか?」
課長が急かすように聞いてくる。
「何者かが、大掛かりなサイバーテロを仕掛けようとしているようじゃ」
土佐が真剣な声で呟く。
「Mr.キャリコがもう動いたのかッ!?」
「仕掛けている張本人にはたどれませんでしたが、浜松さんを奪取したタイミングから察するに……おそらく」
郡山が凜とした表情で言った。
「具体的にはどのようなテロかね?」
インカムを装着した江戸川室長が、仮想空間に割って入る。
「むむッ、部外者の立ち聞きは禁止だぞ。仲間に入りたければ、人生における黒歴史エピソードを公開するべしぃ~~」
ポチ、絡む。
「大したハッカーやで。自分で組み上げた箱庭をいじるみたいに、セキュリティホールを巧みに突いて、ハッキングしとる。そこいらのスクリプトキディとは次元が違うわ」
出雲がムダに戦慄を催させる。
「ターゲットは何だ? 国のインフラを支える機関を攻撃するという情報が、ネットで氾濫しはじめている。そうなれば、事は電薬管理局だけでは済まなくなる」
課長の声が震える。
「ターゲットは『享輪コーポレーション』。ルーターに偽のNATテーブルが設定され、コードが書き換えられています」
郡山が事実を伝えた。
「くッ……インフラへの攻撃予告は陽動だったか」
課長は早速ケータイで管理局に電話する。
「しかし、どうして享輪コーポレーションが? 君達に心当たりはあるかね?」
室長が冷静な声で推測を促してくる。
「最終目的までは分からん。じゃが、これで浜松が拉致された理由が判明したわい」
「浜松? ああ、ここから強奪されたという禁魚か。だが、禁魚一匹とどう関係するんだね?」
「浜やんが言っとったンや。自分は深見素赤っていう人間で、享輪コーポレーションに勤務しとったって。しかも、オリジナルP・D・Sを開発した張本人やって」
「んんッ? いや、ちょっと待ってくれ……オリジナルが享輪コーポレーションで開発された事は、私も知っている。しかし、今の言い方だと、開発者本人が禁魚になったみたいに聞こえるんだが」
「ええ、そういう事になります。いわゆる『生命のデジタル化』というヤツです」
郡山の視線が鋭い。
「はははッ、生命のデジタル化ときたか。確かに理論は私も聞いた事がある。近い将来に実現可能らしいが、公式にも非公式にも前例は無いよ。国家調査室の責任者である私が言うのだから、間違いは無い」
彼は苦笑いを浮かべながら一蹴した。
「オリジナルP・D・Sには、〝他の使い道〟があるンやて」
「ほう。では、人間の意識が魚類の脳内に入力された……そういうワケだ。なら、魚になってしまう前の体──深見素赤の肉体があるハズ。だが、どこの警察機関や情報機関からも、そんな名前の変死体の話は聞いていない」
「室長。残念ながら、コイツ等の与太話が現実味を帯び始めたようでして」
ケータイで管理局と話を終えた課長が、横から割って入る。
「……と、言うと?」
「つい先程、Mr.キャリコを名乗る男から電話があり、要求を突き付けてきたそうです。<深見素赤の肉体の移譲が速やかに行われなければ、無差別なサイバー攻撃に出る>──と」
「逆探知はッ!?」
「スクランブルのかかった電話からで、発信元は特定できなかったそうです」
「何をしでかそうというんだ……!?」
ついに国が一つ震撼しはじめた。