戦隊と変態は紙一重だよう
シスター「大変です、サタンが攻めて来ました」
神「セコム呼べ」
「ただいま戻りましてよ、課長」
現場検証でごったがえす検査棟に、津軽が帰還。水が入ったビニール袋を携えて。
「とんだ不始末だな……津軽」
半日ですっかり痩せ衰えてしまった宇野課長が、彼女を出迎える。
「この失態はMr.キャリコを捕縛して挽回してみせますわ」
「そうか。オマエもヤツが関わっていると思うか」
課長が深く溜息をついた。
「ところで、禁魚達の要望通り〝コレ〟を持って来ましたが、何を?」
水が満たされたビニール袋を凝視する。
「理由は聞いていない。とにかく、水槽に入れてやってくれ」
三匹の禁魚が遊泳している水槽へと、袋の中身を流しこむ。そして、弥富のアパートから持ってきたインカムを装着した。
「おおォ、よくぞ生きていたな。このロクデナシ共めェ~~」
いきなり現れた、ワンピースに麦わら帽子姿の幼児──ポチ。禁魚三匹に向かって駆け寄っていく。
「ほんなら早速」
「いただきます、ですね」
「ふむ、食おうかのう」
モシャモシャ、ガツガツ、ジュルジュル~~
「いいぞォ、どんどん食うがいいぞォ。生まれてきた事自体が黒歴史なポチの肉体を摂取し、オマエ達の臓腑も真っ黒になってしまえ~~」
辞世の句で呪いをかけながら食われるポチ。
「……で、この面子で何がしたいんだ?」
課長が水槽の前にパイプ椅子を持ってきて腰かけた。
「めたもるふぉーぜぇぇぇぇぇッ!」
急に水槽とその周辺が暗くなり、妙なテンションの声がした。
「おい」
悪い予感がする。これから先は、圧倒的な時間の無駄が懸念されると。
パッ──
照明の無い箇所からいきなりのライトアップ。
「うちはギルティ・バイオレットッ! 荒んだ現代人のハートを癒すチームの救護役やッ!」
出雲、サイズが合わないワンピース衣装で登場。
「ボクはギルティ・チェリーッ! その筋のオ姉サン達から好評なチームの交渉役ですッ! ……すっごく恥ずかしいですッ!」
郡山、前回の弥富の忠告通りに、しっかりスネ毛の処理を終えている。
「儂はギルティ・アイリスッ! え~~、その、アレじゃ。チームのマスコットじゃよッ! 見るなッ、儂を見んでくれッ!」
土佐、目出し帽を被っただけ。世間一般で言うところの不審者。
「ポチはギルティ・ブロッサムッ! 労働意欲の無い若者を、無差別にジェノサイドしちゃうチームのリーサルウエポンだぞッ! せぇ~~のッ──」
<ワン・ツー・スリー・フォー・ギルティ5ッ!!>
ブシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
どこからともなくレインボーな煙が吹き出して、禁魚三匹と糸ミミズが、珍妙なステッキを手にポーズをきめた。当然、拍手は無い。
「……で?」
津軽が全く関心が無い様子で聞く。
「ネットの海を漂う怪しい情報をピックアップし、電子指紋から、目標の人物の居場所を突き止めるンや」
「そしてぇ、完膚なきまでに駆逐してくれるんだぞ」
要するに、遊び半分で拉致事件の真相を暴いてやる……そんな心構えだ。
「『Mr.キャリコの拘束』、『浜松と弥富更紗の捜索』、及び『大規模なサイバーテロの予防対策』……この三つが急務だ。いいな?」
「任せときッ!」
出雲がウインクして斜め45度のポーズ。
「課長、わたくしは道路交通システムにアクセスし、弥富殿の捜索を──」
と、踵を返そうとした津軽の肩に、ポンッと出雲の手が乗せられる。
「ちょいちょい、独断専行はアカンで、ギルティ・ローズ★」
満面の笑顔という凶器でもって行われた、勧誘。出雲の片手には衣装一式が。
「……課長、助けてくださいまし(汗)」
引きつった顔で上司に救いを求める。
「スマン、非常時だ。逝ってくれ」
上司、視線を合わせられず、あさっての方向を向きながらポツリと呟いた。
「どうするよ?」
弥富が部屋の中でポツリと呟いた。蒸発に気づいた津軽さんが実動課に連絡し、大捜索が始まっているハズ……そう思いたい。目撃者の証言とか監視カメラの映像とかから、この場所を瞬く間に割り出し、どっかのバーローみたいに、カッコ良く救ってくれるハズ。そう思わせてよッ、ねえ、幸運の女神ッ!
女神A「真実はいつも一つッ! ……もしくは二つぐらいッ!」
(ダメだ……不安で押し潰されそうだ)
部屋のドアは、外と内側のどちらからでも鍵をかけられるよう、改造されている。現在は外から鍵がかけられ、窓はあるが金属製の格子がはめこまれていて、脱出は不可能。しかも、ここは二階。格子が無かったとしても、弥富の更年期障害な足腰では、着地と同時に何かがポキッといく。そう、ポキッと。
「よし、こうなれば」
窓を全開して大きく息を吸い込んだ。そう、大声で叫んで周囲の民家に助けを求めるのである。
「ダレか──」
ガチャ……
(や、ヤベッ!)
解錠される音がして、大口を開いたまま硬直する。ドアノブが回りドアが開いた。
「オ姉チャン、居る?」
「……え?」
一人の少年が立っていた。12、3才くらいのちょっぴり痩せ気味な少年だ。
「あれッ……居ないの?」
「あ、俺は、その~~」
予想外の来訪者で対応に困っている。
「えッ、ダレ? お客さん?」
少年の声がわずかにうわずっている。何かから逃げるようにドアを半分だけ閉め、隙間から顔を出した。
(――ん?)
弥富が妙な違和感を感じた。少年は両目のまぶたを閉じたまま、こちらの様子をうかがっているのだ。
「あの~~……オ姉チャン、部屋に居ますか?」
オドオドした態度で聞いてくる。やはりそうだ。この少年、目が見えていない。
「こらッ、朱文ッ!」
少年の背後から声がして、彼はビクッと体を震わせ振り向いた。
「ダメでしょ、勝手に鍵を開けたら」
「ご、ゴメンナサイ……ラジオの調子が悪くなっちゃって、直してもらおうと思って」
「分かったわ。ラジオは後で修理しといてあげるから、自分の部屋に戻ってなさい。いい?」
彼女──ヤンデレコメットは、少年から携帯式のラジオを受け取った。
バタンッ!
ドアが強めに閉められる。
「見ちゃった?」
「うん、見ちゃった」
明らかにテンションがダウンしている彼女。
「あァァァ~~、もォォォ~~ッ! いきなりプライヴェート目撃されちゃったじゃんッ!」
何故だか頭を抱えて悔しがってる。先程までは例のミニスカメイド服だったが、今は紺のブレザーにネクタイをしめ、膝まで隠れるスカート。頭髪も黒に染め直してある。
「またコスプレかよ」
弥富は床の上にキチンと正座しながら、面倒臭そうに呟く。
「違うわよ。言ったでしょ? アタシは現役の女子高生なの。今は夏休みに入ってるけど部活があるワケ」
「なるほど……」
毎日が日曜日な弥富にとって、『学校』や『学生』という単語は実に恐れ多く、芳しい。しかも、目の前には朝一番の生搾りなJKが一人。〝青春ってナニ? それって食えるの?〟……みたいな学生時代を過ごした日々。そんな彼に、神様がささやかな御褒美を与えてくださったのか? 脳内の造りは痛々しいが、よく見りゃ可愛いし。
「うわッ、キモッ! ほっぺた赤くして物欲しそうな目で見ないでよッ!」
ヤンデレコメットが思わず怯む。弥富の面は、TVに映ったらアウトなレベルにまで変形してた。
「あ、あのさぁ……」
「何よ?」
急に弥富の顔色が悪くなり、モジモジし始める。
「トイレ行きたい」
「はい、コレ使ってね」
彼の生理現象を予測していたかのように、ズイッとバケツを一つ差し出した。
「……マジですか?」
「イエス・なんちゃらクリニック★」
ペロッと舌を出してスカートをヒラリ。
「トイレ済ましたらコレで手を拭いて。で、喉が乾いたらコレ飲んで。昼過ぎには帰ってくるから」
床に並べられるウエットティッシュと、天然水のペットボトル。
「はあ……どうも御親切に」
拉致された身なので、全く感謝する気にはなれないが。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合う二人。
「あの……早速このバケツを使いたいんだけど」
「いいわよ。どうぞ」
大変申し訳なさそうに言う弥富に対し、彼女は全くの平常心。
「いや、どうぞじゃなくて。目の前に居られたら困るワケだが。画的にも法的にも」
「いいじゃん、しちゃいなよ」
ああ、神様。今こそ御救いください。ちょっぴり可愛いと思いかけてる女子高生の前で、排尿行為を強制させられようとしています。しかも、彼女はちょっぴり微笑んでいて、ナニか期待しているような口振りなんです。こんな時、迷える二十代はどうすればッ!?
神様A「気をつけて、児ポ法が見ているよ」
本日も荒んだ心は絶好調に電波を拾ってる。
「まずは出て行ってくれ。ハナシはそれからだ」
尿意が危険値にまで達しているのか、さすがの弥富も真剣な眼差し。
「ちょこっとだけ。ちょこっとだけでいいから。してるトコ見 せ て」
………コイツ、とんでもないポテンシャルを秘めてやがった。コレは単なるイヤがらせか? それとも病的な性癖なのか? いずれにせよ、この状況下で泌尿器を露出させるワケにはいかない。
「お願いです。とっとと出て行ってください」
その場にビシッと土下座する。男・25歳、排尿するため女子高生に頭を下げる。人生何が起きるか分からんね。
「もう、分かったわよ。じゃ、大人しくしててちょうだいね」
彼女は欲求不満気味に出て行った。
(津軽さん、なるべく早く助けてください。どうしようもなく危険を感じてます)
残された弥富は周囲を観察し始めた。彼女の言う通りなら5、6時間は帰ってこないハズ。今のうちに外と通信するか、物理的に脱出を試みるしかない。Mr.アルビノなどという不審人物に贈答される前に。