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アニメじゃないッ、アニメじゃないッ、ホントのこ……とでもないよう

シスター「神よ、世界はいつ終焉を迎えるのですか?」

   神「2、3時間後」


 その電話はド深夜にかかってきた。ネットサーフィンにも疲れて、弥富は寝る準備を始めていた。そんな時だ。正座して麦茶を飲んでいた津軽さんのケータイが鳴った。

「はい……はッ!? 襲撃されたッ!? いえ、こちらは今のところ何も……はい……何故ですの? ……ええ、御任せをッ」

 ピッ――

(何事?)

 ケータイを切った津軽の様子を見る限り、尋常で無い事態が発生したのは明らかだった。

「実動課の検査棟が奇襲を受け、多数の死傷者が出たようですわ」

「奇襲ッ!? もしかして、オリジナルがッ!?」

 弥富の眠気が吹き飛ぶ。

「いえ、それが……奪取されたのは禁魚が一匹のみ」

「は?」

「浜松が誘拐されたとのことですわ」

「…………?」

 腑に落ちない表情で弥富はインカムを装着。困った時はアイツを呼ぼう。

「おい、起きろや。役立たず」

 ゲシッ

 ベッドでヨダレ垂らしながら、気持ち良さそうに寝てたポチ。その幸せそうな顔面を、蒸れた足で踏みつける。

「ふぎゅッ!? こ、この臭気はッ……ついに世界が終りを迎えるぞ~~!」

 ポチが跳び起きる。足の臭いで滅びる世界ってナニ?

「浜松のバカが誘拐された。何か思いつく理由があれば即答宜しく」

「A・夢オチ B・人災 C・ヤ○オクで高く売るため。さあ、どれでも好きな理由をこじつけるがいいぞ」

「D・震えて眠れ。さあ、どうだあ? 何か思いつくかあ?」

 グリグリグリ……

 ポチの顔面を容赦なく攻め立てる足裏。そこには〝御褒美〟の三文字が。

「襲撃者は実動課が禁魚を接収した事を知っていた上、危険を冒してまで強奪しました。つまり、浜松……いいえ、深見素赤と重要な接点を持っています。そして、深見素赤とオリジナルの関係性を考慮した先には――」

 津軽の脳裏に『Mr.キャリコ』の名が浮かび上がる。状況はマズイ方向へ流れていた。一国の情報機関を非常事態に陥らせる程に。彼女はデスクトップで管理局のデータベースにアクセスし、局が抱えている案件の進捗状況に目を通す。

「何か新しい情報が?」

「この国のインフラを攻撃するという、サイバーテロを予告する情報が、ネット上に出回り始めました。おそらく、何だかの要求を叩きつける前に、力を誇示する腹積りなのでしょう」

「おお~~、ついに見えない敵が本気を出したぞ。現代社会に垂れ流されてるニート共よ、見習ってすぐに本気を出すべきだぞ」

 ポチはベッドの上で、既に白旗を振って無条件降伏中。

「それって、Mr.キャリコってヤツと関係があるんですか?」

「分かりません。今のところ、Mr.キャリコとの繋がりを明確にする情報はありません。が、実動課への襲撃タイミングを考えると、無視できる状況ではなくってよ」

 これは現実(リアル)であると痛感せずにはいられない。しかし、俺はこの安穏とした部屋から出たくない。雲の上で起きている、次元違いの喧騒に巻き込まれたくはない。俺に出来る事はやはり無い。そう思いたい。



「マジっスかあああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

 搬送される水槽の中で、浜松が力一杯の叫び声を上げる。

「うるせぇなあ……マジなんだよ。もう遊びじゃ済まねえんだよ」

 水槽にはインカム・αが装着され、βを付けたメガネのオヤジが、顎髭を弄りながら呟く。

(あたしがアバター化している……偽P・D・Sか?)

 浜松はすぐに落ち着きを取り戻し、冷静にこの展開を把握しようと思量する。自分は拉致られた。襲撃部隊は五人。連中は対物ライフルで検査室の隔壁を突破し、オリジナルP・D・Sには目もくれず、あたしを水槽から掴み出した。で、運送業者に偽装したトラックで運ばれてるワケだ。

「心配しなさんな。殺すつもりなら、突入した時点で水槽を叩き割ってるよ。オレ達はオマエを安全に目的地まで運び、報酬をもらって消えるからさ」

 金髪の男が北叟笑みながら言う。義足をカタカタいわせ、義手には対物ライフルが握られたままだ。

「そろそろ首都高に入る。エモノは片付けとけ」

「へいへい、分かったよ」

 メガネのオヤジに言われ、金髪がライフルを分解し始める。

「意外とセキュリティーは薄かったな」

「ま、平和しか知らねえ緩んだ国だしなあ。これで5千万はホントにボロいぜ」

 すっかり仕事終わりの雰囲気が漂っていた。

(コイツ等、正規の軍人じゃない……傭兵? 外国の情報機関?)

 尋ねたところで答えてはくれないだろう。今、心配すべきは今後の身の振り方だ。

「で、アンタ達の依頼人(クライアント)はあたしに何をさせたいのかな?」

「さあな。自分等はオーダー以外の事象には一切触れない、聞かない、口出さない。それを信条に仕事をこなす。依頼人(クライアント)がオマエさんをこの後どう扱おうが興味は無い」

 オヤジは少々眠たそうに小声で返答する。

「平気っスか? 金を受け取った後の予定を忘れんでくださいよ」

 一際体のデカイ男が心配そうに声をかける。全身を防弾処理の施されたアーマーでガッチリと固め、ヘルメットにガスマスクを装着した装甲歩兵だ。

「問題無い」

 オヤジは軽く鼻で笑うと、そのまま横になって寝息をたて始めた。

「やれやれ。体にムチ打つ商売やってると、歳を食うのが恐くなるな」

 装甲歩兵の隣に座る小柄な中年男性がぼやく。人が良さそうな面で手榴弾の一種を片付けながら、苦笑いを浮かべた。

(こりゃホントにマズイかも……)

 軍事には素人な浜松にも、連中の練度の高さが空気から感じられる。

 キッ――

 トラックが停止する。出発してから小一時間程経っただろうか。

「さて、荷物を降ろすぞ」

 短い仮眠を終えて、ヒゲのオヤジがゆっくりと立ち上がる。

「ふぅ……ドキドキっスよ。検問に引っかかったら完全にアウトですから」

 運転席から降りてきた一番若そうなメンバーが、他の四人と目を合わせた。

「何か傍受したか?」

 義足を軋ませながら金髪が問う。

「いえ、特には。警察機関に連絡しちゃうと、管理局の不始末がバレちゃいますから。実動課の責任者が手を回したんだと思うっス」

「よし、出発だ」

 既に丑三つ時。近くの国道を走る車はわずか。歩道を行く通行人の姿は全く見えない。彼等は浜松を小型のプラスチックケースに移し、歩いて数分の場所に到着した。

「モノは予定通り持参した。どうすればいい?」

 ヒゲのオヤジが、スクランブルのかかったケータイで通話する。

<結構。私は大事を他人に頼むのは好かんのだがね。高給を取るだけあって良い首尾だ>

 男の楽しそうな声が返ってくる。

「我々は個人的な予定が詰まっていてね。早めに仕事を完了させたいのだが」

「よろしい。では、目の前の建物に入ってくれ。番号はMrsタンチョウから聞いてるハズだ」

「ここ……か?」

 彼等はその建物の前に立ち、少し不思議そうな顔をして仰ぎ見た。

 カチャ――

 装甲歩兵の大きな手が扉を開く。中は殆ど照明が無く、窓から差し込むわずかな街の明かりが、部屋の輪郭を浮き上がらせた。

「やあ、御苦労さん。手前にあるトレーにケースをのせてくれ」

 鈍重とした闇の中から男の声がした。

「…………」

 装甲歩兵は充分に辺りを警戒しつつ、ケースを置いた。

「そうピリピリしなさんな。私はただのひ弱なハッカーだよ」

 男は愉快そうにそう言った。

「仕事は完了した。送金を頼む」

 装甲歩兵を盾にして、その後ろからヒゲのオヤジが男に声をかける。

「いいだろう」

 カタカタカタッ

 PCのキーボードを叩く音。運転手の青年が持っていたラップトップを開く。

「……はい、送金を確認したっス。五人分の2億5千万キッチリです」

「必要経費とロッカーの使用料を天引きすると言われたが」

「そっちは私の方からMrsに払っておいた」

「なるほど。で、次は何をさせたいんだ?」

「はははッ、さすがは老獪なる兵。話が早くて助かるよ」

 男は楽しそうに笑いながら、デスクチェアでクルリと回った。

「我々はこの国に1週間程滞在する予定だ。連絡ならメールを寄こしてくれ」

 バタンッ――

 そう言い残して扉は閉められた。

「ああ、そうするよ」

 男は小さな声で呟き、浜松の入ったケースを手に取った。そして、インカムを装着する。

「やあ、はじめまして」

 部屋の隅で壁を背にし、腕組みしながら立つ彼女と目を合わせ、男はニヤッと微笑んだ。

「夜中に乙女を拉致っといて、真っ暗な中独りでシコシコと……なんかもうキモ過ぎ」

 浜松が蔑むような目つきで睨む。

「はははッ、口が悪いなあ」

 男はデスクチェアに座り直し、浜松の姿を凝視する。モニターから発する淡い照明が、闇の中で男の顔を不気味に照らし出している。

「拉致なんて強硬手段をとった事は謝ろう。ハッカーの端くれとして、電薬管理局にはできるだけストレスを与えたかった」

 男は分かりやすく悦に浸っていた。

「安全な場所から他人に指示と金を出し、世の中をどうにかする気? くだらないね。引きこもりのハッカーが独りで何か成し遂げられる程、社会は甘くないよ」

「知ってるさ。ああ、知ってるとも。現実(リアル)の社会は甘く無い。けど、私は決して〝独り〟じゃない」

 男はそう言って、ノートPCのモニターを浜松に向けた。

<はじめましてぇ。拙者の名は『プー左衛門』。御覧の通りのキュートなクマさんだクマ☆>

「……はぁ?」

 浜松がとてつもなく不愉快な面で首を傾げた。オモチャ屋で女の子が抱き締めてそうな、クマのヌイグルミ。それがちょこんとロッキングチェアに座っている。どういう仕組かは分からないが、手振り身振りで自己紹介した。

「こうして偽P・D・Sを使って君と話しているけど、彼が安全なネット環境を確保してくれてるおかげで、管理局や国家調査室に追尾されずにすんでいるんだよ」

<どう? スゴイでしょ? ご褒美頂戴クマ~~☆>

「……ふぅ」

 この部屋に流れる空気で完全に萎えたのか、浜松はあさっての方向に視線を向け、溜息をついた。

「さて、前置きはここまで。本題に入ろうか……『深見素赤』」

(――――ッ!?)

 浜松がハッとして顔色を一変させる。

「君が肉体(バックアップ)をドコかに保管した事は知っている。だが、正確な場所が分からない。一応尋ねておくけど――」

「喋るワケないでしょ」

「だろうね。なら、仕方無し。当初の予定通り行動するまで。今までの人生28年全てがリハーサル。ここから……この日からが本番だ」

<やるクマッ! リアル社会を闊歩する有象無象を、SA★TU★GA★Iするクマよッ!>

「うっさいよ、中二病の急患共」

 浜松は毒づきながら、ふと部屋の窓から外の夜景を目にした。

(ん? 何、この妙な感覚。既視感(デジャヴ)? いや、これは……)

 彼女の脳内で、つい最近までの情報が撹拌される。この夜景は――

「しまったッ……!」

 浜松が何かとんでもないコトに気付き、男の不気味に微笑む顔を睨みつけた。

「おっと、申し訳ない。一方的に無駄話をしてしまったかな?」

 浜松の心の機微を読み取ったかのように、男は口元を歪める。

「改めて自己紹介だ。私のことは『Mr.キャリコ』と呼んでくれ」

 そう言ってPCを閉じた。

 

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