銃刀法違反者に守られよう
神に話しかけるのは、祈り。神に話かけられたら、病気
「弥富殿、入りましょう」
「えッ、あ……はい?」
彼女は弥富の腕を引っ張って、雑居ビルの中へ。その直後、どこからともなく業者の制服を身に付けた男達が現れ、ビルの正面出入り口と裏口に通行止めの看板を設置し、門番みたいに両脇に立った。無表情で一言も発することなく、静かにソレは行われた。その光景がいつも通りであるかのように。
「ちょ、どうかしたんですか?」
「追われています。ビルの中で撒きますわよ」
追われているッ!?
津軽に腕をグイグイ引かれながら、湿度と野郎率が極めて高い屋内を駆け抜けていく。ヤバイ。正体不明のオッサンに襲撃された記憶が、彼の脳裏でハッキリと甦る。
タンタンタンタンッ!
狭く汚い非常階段を1階から駆け昇り、3階のフィギュアコーナーを疾走する。突然の出来事に、常連客達が皆ビックリして振り向く。
「ドコまで?」
「では、ここに入っていてくださいまし」
5階の男性用トイレのドアが開けられ、弥富が荒々しく放り込まれる。
「あ、あの~~……御客様、どうかされましたか?」
突然の喧騒に驚いた店の男性店員が、怪訝な顔をして津軽に声をかけてきた。
「いいえ、どうという事ではありませんわ」
「左様ですか」
店員がニッコリと微笑んだ。そして、何故か……
ガラガラガラッ――――ガシャンッ!
フロアと階段をつなぐ通路のシャッターを閉めた。もちろん、まだ閉店時間じゃないし中には数人の客が居る。
(……おや、懐かしい臭いが漂ってきましたわね)
津軽が何か特別な〝領域〟を感じ取った。一般社会ではまずあり得ない気配と、あってはいけない剣呑な空気だ。
<皆様ぁ、大変長らくお待たせ致しましたッ! 本日のメインイベント開始でございますッ! どうか最後までごゆっくり御覧下さい~~ッ!>
天井のスピーカーから流れてくる放送。新作コスプレを見ていた連中が、何事かと周囲をキョロキョロする。
「下衆な演出ですわね」
小さく毒づき、マネキンの前を通り過ぎようとした津軽に――
「キャハハハハハハハハハハハハハハッッッ!」
マネキンが盛大に笑ったッ!?
(ちッ……!)
虚をつかれた津軽が口元を歪め、素早く後退する。
にゅ……
ミニスカタイプのメイド服を着たマネキンが、その脚を伸ばしてゆっくりと一歩前に出た。
「どもども~~、はっじめましてぇ~~☆」
えらく軽いノリの女が現れた。
「どちら様でしょう?」
津軽が目を細める。派手な格好してやたらと瞳をパチクリさせ、全くもって無駄なポーズをとるもんだから、彼女としては対応に困る。
「アンタが津軽っていうSPさん?」
「……ええ」
個人情報が漏れている。明らかに相手は一般人ではない。毒々しいまでに染めた蒼いショートボブに、形容し難い色をしたルージュ。ディテールにこだわったメイド服はミニスカ仕様のため、先程からムッチリな太ももが、一般の野郎共の視線を独占中。
「時間無いからぁ、簡単に〝よーきゅー〟を伝えちゃうねぇ♪ 要するにぃ、さっきアンタがトイレに放り込んだヤツを、アタシに譲ってほしいワケぇ。分かるぅ?」
「ええ、構いませんわ。どうぞ、御自由に」
津軽は特に動揺することもなく、不審人物の要求にすんなりと応えた。
「さすがプロ。ハナシが早くて助かるぅ~~☆」
そう言ってメイドコスプレの女は、スキップしながら男性用トイレのドアに向かう。スカートが妖しい揚力でヒラヒラしてて、これまた一般客の薄汚ねえ視線を浴びまくり。
カチャ
無情にも扉は開けられてしまい、オロオロする弥富のヘタレな画が公然とさらされる。
「えッ……は?」
彼としては首を小さく傾げるしかない。メイドコスプレした17、8歳くらいの女の子が、満面の笑顔で立ってるもんだから。
「ターゲットはっけ~~ん★」
「へ?」
コレが追っ手? 後ろの方でアキバな男共が、ローアングルで写メ撮っていますが。
「デートに付き合ってね、オ兄チャ~~ン♪」
本人はポーズを極めてドヤ顔なんだけど、全くもって萌えは感じません。直感で申し訳ないんだけど、アンタ……DQNに分類されると思うよ。
ヒュッ――
弥富の視界を縦に何かが走った。偽メイドの背後で大きく空気がうねり、次の瞬間――
――――ドッ!
肉体の一部同士がぶつかり合う音。片膝をつき、頭の上でクロスさせた両手首で踵落としを防御する偽メイドと、強烈な攻撃意志をむき出しにした津軽。
「ヤだなぁ~~、ウザいオバサンってッ!」
「こちらのセリフですわ、小娘ッ」
とってもよろしくないフラグが立っちゃった。
<果たして勝つのはSP津軽かッ!? それとも謎の特A級メイドかッ!? 盛り上がって参りましたあッ!>
煽る店内放送。ゴングは鳴っちゃいないが、戦いは起きるべくして起きた。
「こんな可愛い女の子に後ろから襲いかかるなんてぇ、ちょっとイカレてんじゃなぁい?」
「残念ながら特に可愛くはありませんし、わたくしは至って正常でしてよ」
二人は仁王立ちして対峙する。殺陣の雰囲気が漂いはじめ、彼女達を囲むようにしてギャラリー共が色めき立つ。
「仕方ないなぁ~~、優しく排除してあ げ る ねッ☆」
「実に不愉快です。折檻が必要ですわね」
お互いの目が合った瞬間――
スパアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ――――――ッッッン!!
二人とも激烈なビンタ。しかも、相討ち。それぞれの左頬に赤黒い手形を作って、同時に不敵に笑ってみせた。
「ふ~~ん、なかなかヤルじゃん」
「そちらこそ、良い身のこなしですわね」
オオオオオオオオォォォォォ~~~~!
ギャラリーがどよめく。
(あのさあ……もっと建設的な解決法はないのか?)
トイレの扉の陰から、ビクビクしながら様子をうかがう弥富。お互いの顔面をブッ叩いてケンカ始めたけど、そんな対応でいいのだろうか。イイ大人として。
「じゃあ、ちょっぴり〝ビックリ〟させてあげようかなぁ」
偽メイドは自分の真横に立つマネキンから衣装を剥ぎ取り、その足首をおもむろに掴む。
――――ブゥオンッ!
「くッ!」
マネキンの頭部が津軽の鼻先をかすめ、彼女は思わず息を呑んだ。
「どお? ビックリしちゃったかなぁ~~(笑)」
偽メイドがわざとらしく微笑む。
(す、すげぇッ!)
弥富がポカンと口を半開き。マネキンを片手で掴み、団扇でも扇ぐみたいに振り回した。
<おおっと、謎のメイドが凶器攻撃だあッ! 高さ175センチ、重量20㎏のマネキンを片手で軽々と扱う彼女ッ、とても女性の腕力とは思えなあああ~~いッ!>
店員の解説にも熱がこもる。
「なるほど。少々鬱陶しい武器ですわね」
マネキンの硬さと重さ、スピードからくる攻撃力とリーチ。素手のまま間合いに入るのは難しい。その上、津軽は銃器の類いは携帯していないって言ってたし。
「そんじゃ、一気に片付けちゃうよぉぉぉぉぉッ!」
タンッ――
軽い足取りで床を蹴って跳び上がった偽メイド。
一歩後退しつつ、床に置いてあった自分のクラッチバッグを、器用に蹴り上げる津軽。
これでもかッ、というくらい大きくマネキンを振りかぶった偽メイド。
蹴り上げられたバッグが開き、そこから飛び出してきた二本の――
――――ギンッ!
「おッ……斧ぉぉぉぉぉッ!?」
片手で扱える小型の手斧を両手に握り、津軽がマネキンの軌道をずらした。
「いかがかしら? ビックリなさって?」
彼女はバカにするみたいに鼻で笑った。
「へぇ……色気のないモン隠し持ってるじゃん」
偽メイドの目の色が変わった。お互いが充分な殺意を全身に纏いはじめる。
<なんとォ、対するSPは二本の物騒な刃物で迎撃だッ! こいつは目が離せないぞッ!>
ギャラリー達はケータイで動画撮影まではじめちゃう。
(リーチはこっちが断然に有利……いくら刃物でも、間合いにさえ入られなければ問題ないもんねぇ)
グッ……
マネキンの足首を掴む手に一層の力がこもる。大振りさえしなければ恐れる事はない。
――ボッ!
巨大な弾丸が突っ込んでくるような突き。直撃すれば胸骨が砕け、内臓に致命傷を負わせかねない……が。
――斬ッ!
光刃、一閃。上半身を巧みにひねって紙一重で回避しつつ、右斜め下から手斧で斬り上げ、マネキンの首を切断する。
(げげッ!?)
大型の武器を使った突きを繰り出した後は、どうしても体勢を整えるのにスキができる。津軽はそのままの勢いで軽やかにステップを踏み、もう一本の手斧を、裏拳を叩きこむみたいに偽メイドの側頭部へ――
ピタッ……
寸止め。ヒットしていれば、眼球がバイオレンスに飛び出していただろう。
「さて、アナタには尋問すべき事項が沢山ありましてよ。これから実動課に連行させていただきますわ」
<きまったァァァァァッ! SP津軽の勝利だァァァァァッ!>
オオオオオオオオオオォォォォォォォ――――ッッッ!
狭いフロアに声援が喧しく響き渡る。
「ちッ……なにさ、こんなに強いなんて聞いてないよ」
「答えなさい。雇い主はダレですの?」
<おおっと~~、残念ながらそこから先はオ フ レ コ だ>
フッ――
「うおッ……ちょ、な、何にも見えないしッ!」
唐突に全ての照明が落ち、窓一つないフロアは真っ暗になり、弥富が情けない声を上げてヘタレこむ。
「弥富殿ッ!」
津軽が彼を呼ぶ声と、バタバタと逃げ惑う幾人かの足音が聞こえる。
パッ――
数秒後、照明が元に戻る。が、そこに偽メイドと男性店員の姿は無く、ギャラリーの一般客等が床に転がってるだけ。
(迂闊でしたわ。この対応の早さ……相手は『個人』ではありませんわね)
悔しそうな面持ちで手斧をバッグに仕舞い、弥富の方に向き直る。
「さあ、行きましょう」
何事も無かったかのようにスッと手を差し伸べる。
「あ、は……はい」
この人……よく分らんが、スゴイ。
<首尾は?>
「ごっめ~~ん、しくじっちゃった~~(汗)」
<失敗した? 何があった?>
「だってさ、アイツってば、危なっかしい武器隠し持ってたしさ。妙に運動神経も良いしぃ」
偽メイドは街の片隅の公園に居た。無邪気にはしゃぐ子供達に混じり、ブランコに腰掛けてケータイで通話している。
<SPのプロフィールは昨日の内に送信したハズだが>
「えっと~~……見てない」
<貴様ッ、それでもプロかッ!>
通話相手の男が激昂している。
「だってぇ、細かい文字とか数字で一杯だったんだも~~ん」
<いいか、良く聞け。普通に奇襲をしかけてどうにかできる相手ではない。特別な訓練を受けたプロだ。もっとよく考えて行動しろ>
「はいはい、りょ~~かい。期限までには弥富更紗の身柄を確保するって。そっちこそ、報酬の件忘れないでよねッ」
<問題ない>
「あはッ、楽しみィ~~。じゃあねえ、『Mr.アルビノ』☆」
そう言って笑顔でケータイを切る。
バタバタバタッ――
すぐ側を鬼ごっこしている子供達が走り去っていく。アキバの街はとりあえず平和だ。
(とはいえ、コイツはちょっぴり困ったなぁ。24時間体制でターゲットに付きっきりってコトは……奇襲できるタイミングも限られちゃうしなぁ)
彼女は自分の顎先を人差し指でトントンと叩き、あまり利口そうにない頭をフル回転させて考える。
ポク、ポク、ポク、ポク、ポク……チ~~ン♪
「バカの考え休むに似たりッ! さあッ、頑張って行くぞォォォォォッ!」
勢い良く立ち上がり、太陽に向かってガッツポーズ。
「わあ~~ッ、バカだあッ! バカがいるッ!」
遠くの方から子供達に野次られた。ついでに空き缶投げつけられた。
「こンのクソガキがああああッ! 児ポ法に引っかかるようなコトしてやるゥゥゥッ!」
偽メイド、子供達を追いかけて公園から消えて行った。