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デートとかいう都市伝説を体験するよう

地震速報の途中ですが、緊急アニメです(テレ東)

 カァカァ、カァカァ

 カラスが鳴いている。新しい朝がやってきたワケだ。これが都会の世知辛い朝。ニワトリもスズメもいない。彼等によって生ゴミが荒らされる瞬間から、俺の住むアパートでの朝は始まる。

(……ん?)

 デスクの椅子に腰かけた人物が一人。そうだ、〝彼女〟が居たんだった。昨晩から俺の身に降りかかった、罰ゲームの一種だ。<綺麗なオ姉サンと一晩過ごした>――そう言えば、世の童貞共はあらん限りの妄想をフル活用するだろうが、決してハートがときめく事はない。俺はしばらく寝付けず、床でキチンと正座して監視(?)する津軽さんは、まるでオブジェみたいに微動だにせず佇んでいた。本当に怖かった。眠気に誘われて目を閉じたが最後、永眠させられるんじゃないかと錯覚するぐらいだった。

「あ……オハヨウごさいます」

 弥富が弱々しい声で挨拶する。

 ガタッ!

(えッ――!?)

 津軽はビクッと全身を小さく震わせ、デスクトップの主電源を素早く押し、強制終了した。

「はい、おはようございます(汗)」

 微妙に引きつった笑顔で御挨拶。彼女にとって何か不都合な事が起きたみたいだ。

「あの~~、何をされてたんですか?」

「先程のは実動課への定期報告ですわ。何も問題はありませんことよ」

 いや、見るからに挙動不審ですよ。けど、深く追究して余計な火の粉はイヤなんで、頭の中のメルヘンボックスにでも片付けておこう。

「ずっと起きてたんですか?」

 もっともな疑問だった。監視役は彼女一人だけ。24時間体制なのだから、睡眠中の弥富を護衛するのも彼女一人なワケで。

「ええ、わたくし睡眠はとりませんの」

「は?」

 妙な事を言い出した。

「脳髄が先天性の奇病を患っておりまして、ほとんど睡眠をとる必要がないのです」

「えッ、体は大丈夫なんですか?」

「中枢神経の遺伝子異常を手術と薬物療法で抑制し、なんとか延命しておりますが、医者からは30歳まで生きられるかどうか分からない……と、言われましたわ」

「え、そんな……」

 朝一番でものすごく重い話を聞いちまった。本人は軽く苦笑いしたりしているが、俺なんかが気軽に干渉したりできる人生ではない。本日はあまりイイ一日にはなりそうにないな。

「では、弥富殿。今日はドコかへ外出される予定などはありまして?」

 一人暮らしのニート野郎に、一日のスケジュールなどあるハズもない。

「まずは何か食べたいです」

「分かりましたわ。では、支度が出来次第、アパートの前までおこしくださいな」

 弥富は簡単に外出の準備を済ませ、アパート前にある月極め駐車場まで行ってみた。

(マジっスか……?)

 一台の四輪駆動車(ジープ)の前に津軽が立っていた。まさかの送迎車だ。

「わたくしが運転致しますので、目的地をおっしゃってください」

 一気に生活水準がレベルアップした。

(ふ~~む、目的地か)

 残念な事に、弥富の社会的なキャパは貧困そのもの。

「アキバの街まで御願いします」

 彼はバカの一つ覚えの如く答え、車に乗り込んだ。


「気のせいでしょうか、男性の通行者ばかりですわね」

「いや、気のせいじゃないです。リアルです」

 弥富が申し訳なさそうな声を漏らす。彼等はアキバ駅前のコインパーキングに車を停め、周囲をキョロキョロしていた。

「とにかく行きましょう。ここって駐車料金カナリ高いですし」

「心配ありませんわ。実動課より特別予算が組まれておりますので、金銭的には余裕がありましてよ」

「えッ、そうなんですか?」

 いまいち事件に巻き込まれた感が薄弱だったが、自分みたいな社会の底辺一人に、情報機関が予算を捻出してくれたなんて……いや、別の言い方をすれば、今回の事件の重要性や危険性が高い事を意味している。

 二人が大通りを歩き出す。この街ではカップルの楽しそうな往来は御法度。これ、暗黙の了解。なのに、こんなカップルはいかかでしょう。

 男性=使い古された半袖Tシャツ・ヨレヨレの短パン・いつ洗ったか覚えてないスニーカー・戦利品収納用リュック。

 女性=シワ一つ無いブランドスーツ・ピッカピカのピンヒール・瀟洒なクラッチバッグ。

 事情を知らない連中が見れば、キャッチセールスに捕まったバカ一名連行中。そんな風にしか見えない。

「あ、津軽さん。ここに入ります」

「ここは何の御店ですの?」

 彼女には周囲の光景やら空気全てが初体験で、メイクの濃い瞳がやたらと動いている。

「ファミレスです」

 弥富は独りでも平気でファミレスに入る。カップルや子連れの家族達(ファミリー)が笑顔で食事を楽しむ中、ドリンクバーだけで数時間過ごせられる。そんな常連である彼を長年見てきたウエイトレスは言う。<アノお客さん、去年のクリスマスから年末年始にかけて、ほぼ毎日独りで来店されてました。正直、涙で会計伝票が見えなかった日もありました>……と。

「さぁ~~て」

 自分の縄張りに腰を据え、弥富は安心感で顔がほころぶ。まずはやっぱりドリンクバー。

「…………」

 メニューに目を通す津軽が何か困惑している。

「弥富殿……ここは本当に食事のできる御店なのでしょうか?」

「はい。ファミレスなんで」

 当然のように答えるが、彼女の方はメニューを睨みつけて首を傾げたり。

「ファミレス、初めてですか?」

「ええ。わたくし、外食は緊急時以外しませんので。しかも、これほど多人数が同じ空間で食事をとる場所など、任務の際ですら入った事がありませんの」

 本当にいるんだ、こんな人って。やはり、食事一つとっても一般人とは違う。

「じゃあ、俺が適当に津軽さんの分も注文しちゃいますね」

「ええ、御願いしますわ」

 顔見知りのウエイトレスに一通りの注文を済ませ、席を立つ。全く勝手の分からない津軽に代わって、ドリンクバーの飲み物を取りに行く。

(やっぱ、完璧な人間なんていないよな)

 軽い安心感みたいなモノを感じて微笑んだ。最初は自分との社会的立場の違いに萎縮した。さほど無い余命を告知されながらも、懸命に任務に準じる彼女の姿勢には、畏怖の念すら覚えた。が、人は決して万能には出来ていない。どれほど些細な欠点であっても、その存在こそが人間らしさを定義する。

「おッ……」

 席に戻ろうとした際、目にした光景――向かい側の席で食事を楽しむ家族と、その様子を何か気持ちの良さそうな笑顔で見つめる津軽。ドコにでもいそうな夫婦と、小学生くらいの可愛らしい男の子が談笑している……実に他愛無い光景。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 彼女の前にコップを差し出す。少しハッとしながらコップを手に取り、中身をしばらく見つめたりする。父よ母よ、俺、もしかしたら初の女友達が出来そうです。

「チョウシニノルナ。クソガ」

 オウムの幻聴はやっぱ聞こえちゃうんだけどね。


 ファミレスで朝食兼昼食を済ませ、日用雑貨の買い出しを始める。弥富の傍らには津軽が毅然として立っている。

「今のところ、物理的な脅威は発見されていませんわ。ただ、あまりに人間の密集度が高いため、カナリの集中力を要しますわね」

(津軽さん……キョロキョロし過ぎです)

 上京したての田舎者が、明らかに勘違いをした服装で観光に臨んだ。そしたらこうなった的な……外野からはそう見てとれる。しかも、眉目秀麗とまでは言わないにしろ、この界隈ではまずあり得ないメイクと空気を醸し出してるもんで、傍らを通り過ぎていく男共が、これまた振り向くワケだ。尽く。

「あ、ここです。津軽……さん?」

 大型量販店に入ろうとした弥富が目にしたのは、DVD専門店舗のCM用モニターに釘づけになっている津軽の姿。口を半開きにし、ポカ~~ンとしている。

(何だ?)

 カルチャーショック的な事があったのだろう。この街全体が、一般人にとっては異文化交流発信地みたいなもんだし。

「どうかしました?」

「え、あ……いえ、なんでもありませんわ」

 とっても愛くるしい柴犬の子供と、じゃれ合っている少年・少女達の映像。もうすぐ発売する邦画DVDの予告だった。

(へえ、犬好きなんだ)

 弥富は思わず頬が緩んでしまった。一つ世間話のネタができてなんだかホッとした。

「では、迅速に買い物を終わらせましょう」

 日用雑貨や消耗品が一通り揃っていて、野郎の一人暮らしに必要な物は、大抵がまとめ買いできる便利な店。

(箱ティッシュにトイレットペーパー、洗濯洗剤に……おッ!)

 物色する弥富の手が止まる。家電製品のコーナーの片隅、彼の視界に映ったのは『インカムα・βセット』。P・D・Sの使用が違法とされ、刑罰が適用される現在、売っても仕方のない物だ。が、インカム単体なら購入も所持も違法に当たらないため、在庫処分に困った業者が、量販店にタダ同然の値で卸すケースは珍しくない。

(……よし、買ってしまえッ)

 チラッと津軽の方を盗み見て、持っていた箱ティッシュで陰をつくり、インカムを手に取った。アパートに帰っても禁魚は一匹もいない。なのにどうしてそんな衝動に駆られたのか……分からない。

「津軽さん、欲しい物は全部買ったんで行きましょう」

「はい、了解しましたわ」

 買ったインカムをポケットに仕舞いこみ、量販店から出る。少々気まずいが違法じゃない。そう自分に言い聞かせるだけだ。

(さてと――)

 弥富は駐車していたジープに荷物を置き、周囲を見渡した。自分のようなプチアキバ系が、戦利品の一つも無しに帰るワケにはいかない。

「津軽さん、自由行動とっていいですか?」

 男・25歳、無職。子供みたいに微笑んでウキウキしている。世間様から言わせれば、実に始末が悪い人種だ。

「いけません」

 即、却下。

「街を巡回する事自体に制限はつけませんが、わたくしの任務はあくまで監視と護衛。御忘れ無きよう」

「いや、あの……しかしですねぇ」

 今から行こうとしている店舗に女性同伴で入るのは、セクハラ行為に近い。色々と18禁な広告が貼られてたり、ピンクなボイスが流れてたりするもんで。ええ、はい、エロゲの専門店ですよ。野郎のオタ汁100%の病巣ですよ。人格を疑うのなら、さあ、疑え。 

「ん……?」

 津軽が何かに気付いた。店のジャンルとかとは関係ない〝何か〟を。


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