第7話 静かな研究所
私は〇〇大学の正門前に立っていた。
守衛さんに場所を聞き、指示された建物へ向かう。
行けば、何かわかるのだろうか。
別に、知らなくてもいいと思っていた。
でもこの前、墓参りの帰りに見た「黒い揺らぎ」も、きっと偶然ではない。
だとすると、故郷でも同じようなことが起こるかもしれない。
知っていて、何もしなかったら一番後悔する。
それでも――私に、何が出来るのだろうか。
数日前。
骨董品屋の出来事の翌日、一本のショートメールが届いた。
「消防庁の霧島です。
昨日はありがとうございました。
あなたの判断が、火災を防いだのは間違いありません。
お気づきかもしれませんが、同様の事案がいくつか続いています。
出来る範囲で、協力して頂けませんか。
一度、話をさせてください。
こちらが把握していることもお話します。
返信はいつでも構いません。
霧島」
なぜだかわからない。
私はスマホの画面を閉じることなく、そのまま返信していた。
「はい、わかりました。
日時と場所を指示してください。」
迷いは、なかった。
二階建てのコンクリート打ち放しの建物。
窓はすべて同じ形で規則的に並び、人の気配がない。
入口には「関係者以外立ち入り禁止」の札が下がっていた。
「……ここでいいのかな」
スマホを取り出し、到着したことを伝える。
すぐにドアが開き、霧島が姿を現した。
「本日はありがとうございます。とりあえず中へお入りください」
促されるまま中へ入ると、長い廊下が奥へと伸びていた。
左右には同じような扉が等間隔に並んでいる。
「こちらの部屋で少しお待ちください。
この研究所の所長を呼んでまいりますので」
案内された部屋には、長テーブルとパイプ椅子が数脚。
壁には月めくりのカレンダーが一枚貼られているだけだった。
研究所、って言ってたな。
まあ大学だし、火事の研究でもしてるのかな。
……でも。
研究所という割に、建物全体が静かすぎる。
他に、人はいるのだろうか。
そんなことを考えていると、部屋の扉が開いた。
霧島と、初老の男性が入ってくる。
「ようこそ当研究所へ。所長の篠宮泰蔵です」
所長は胸ポケットから名刺を取り出し、差し出した。
「開田千紘です。よろしくお願いします」
私は名刺を両手で受け取り、軽く会釈する。
「さあさあ、立ち話もなんだから、座って話そうか」
所長が椅子に腰を下ろし、その隣に霧島が座る。
二人の正面に、私が座った。
「はじめまして、開田さん。あなたのことは霧島君から聞いています」
所長はそう言ってから、続けた。
「まずは、この研究所のことから話そうか」
「所長、その前に」
霧島が口を挟む。
「開田さん。これから聞く話は、他言無用でお願いします。
よろしいですか?」
私は小さく頷いた。
所長は一度咳払いをしてから、話を続ける。
「ご存じかもしれませんが、最近世界中でおかしな火事が増えています。
火元のない場所から出火したり、通常の消火活動では鎮火しなかったり」
「原因を調べるため、世界中の研究機関が調査を進めました。
その結果、ひとつの論点に至ったのです」
「未知の“何か”が作用している、と」
「調査を進めるうちに、火事だけでなく、
地震、水害、天候異常、火山活動など、
さまざまな事象に関与していることが分かってきました」
「ここは、その未知の何かを調査し、対応するために作られた研究機関です」
「現在は研究が進み、原因の特定も出来つつあります」
「ただ――原因が分かっても、
それがいつ、どこで起きるかまでは分からない」
所長は、私を真っ直ぐに見た。
「開田さん。あなたは“見える”そうですね」
その言葉に、胸の奥がひやりとした。
「世界中でも、視覚的に捉えられる人は稀です。
どうか、協力して頂けませんか」
火事だけじゃない。
世界中で……。
正直、頭が追いつかなかった。
「所長、話を急ぎすぎです」
霧島が制する。
「開田さん、今ここで決める必要はありません」
少し、沈黙が落ちた。
空気が、重い。
「私は……」
ふいに、言葉がこぼれた。
「小さい頃に、両親を事故で亡くしました。
仕事中の火災だったそうです」
霧島が、わずかに目を見開く。
「小さかったので、何も覚えていません」
「でも……火事で苦しむ人がいなくなればいいなって、
ずっと、思ってきました」
「だから。
出来ることがあるなら、協力させてください」
不思議と、言葉は止まらなかった。
ずっと胸の奥にあったものを、
ようやく自分で認識できた気がした。
「……ありがとう」
所長は、少しだけ微笑んだ。
「今後については、相談しながら進めよう」
「まずは研究所を案内したい。
霧島君、五分ほどしたら、開田さんを連れてきてくれるかな」
「わかりました」
所長は軽く手を挙げ、部屋を出ていった。
「すみませんでした」
霧島が、深く頭を下げる。
「開田さんの過去も知らず、巻き込んでしまって……」
どうやら、私の両親のことを気にしているらしい。
「いえ。本当に、小さい頃のことなので覚えていないんです」
「だから……両親がいないことも、
あまり悲しくならないんです」
それは、事実だった。
五分ほど経ったのち、霧島に促されて部屋を出る。
廊下を進み、左に曲がると突き当たりにエレベーターがあった。
霧島が、下向きのボタンを押す。
なかなか、来ない。
ようやく到着し、乗り込むと、操作盤には
「地上」と「地下」の二つのボタンしかなかった。
霧島は操作盤のカメラへ目を近づける。
認証音が鳴り、地下のボタンが点灯する。
扉が閉まり、エレベーターはゆっくりと下降し始めた。
地下って……。
そうだよね。普通の地下じゃないよね。
エレベーターは、さらに深く、さらに下へと進んでいった。




