第10話 再会
研究所を出ると、すでに外は暗くなっていた。
吐く息がわずかに白くなるほど、少し肌寒い。
歩きながら、頭の中をできるだけ整理しようとする。
〈魔力と霊力……〉
〈石から出る魔力で、物が燃えやすくなる〉
〈霊力で魔力を中和できる。でも、私は今は“見える”だけ〉
研究所で見た映像は、くっきりと目の奥に焼き付いている。
なのに、それが現実のことだとは、まだ素直に飲み込めなかった。
電車に揺られているうちに、少しずつ現実へ引き戻されていく感覚があった。
〈とりあえず、帰って寝よう。明日は朝早い〉
〈……それと、伯母さんに連絡しないと〉
スマホを取り出し、短く文章を打つ。
「こんばんは。考えたんだけど、まだそっちには帰らないことにしました。知り合いの誘いで、役所の臨時職員として働くことになりました。いろいろ心配かけてごめんね。元気でやってます」
――これでいい。
実際、役所勤めになるのは事実だし、余計な心配はかけたくない。
帰宅すると、そのままベッドに倒れ込み、眠ってしまっていた。
まぶたの向こうが、ぼんやりと明るくなる。
目を覚ますと、すでに朝だった。
家に着いて、ベッドに倒れ込んだところまでは覚えている。
何か夢を見た気がする。
水平線。沈みかけた夕日。
けれど、細かいところは思い出せなかった。
〈そうだ、朝早いんだった〉
時計を見ると、まだ六時。
急いでシャワーを浴びる。
段ボールを開け、奥にしまっていたリクルートスーツを引っ張り出して着替える。
鏡に映る自分を見て、
〈……ちょっと太ったかな〉
そんなことを思いながら身支度を整え、家を出た。
電車の中でスマホを確認すると、伯母から返信が来ていた。
「わかったよ。無理はしないでね」
「伯父さんが、帰ってこないって聞いて寂しがってるよ(笑)」
「ありがとう。伯父さんによろしくね」
返信は短く済ませた。
これからのことを、詳しく話せるわけもない。
都心部の駅で電車を降りる。
目的地は、駅を出てすぐ目の前だった。
「……えっと、消防庁ってここか」
正面には「合同庁舎」と書かれた建物が立っている。
指定された階までエレベーターで上がると、降りた先で霧島が待っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。早速ですが、まず上司に会っていただきます」
霧島はそう言うと、長い廊下を歩き、とある部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
中から声がする。
扉を開け、霧島に続いて部屋へ入った。
「局長、連れてきました」
「開田千紘と申します。よろしくお願いいたします」
目の前の男性は、いかにも官僚といった雰囲気で、思わず普段使わない言葉遣いになってしまう。
「特別災害対策室、局長の黒瀬です。よろしく」
差し出された名刺を、両手で受け取る。
「現場のことはすべて霧島君に任せています。困ったことがあれば、彼を頼ってください。事務的なことについては、私の方で可能な限り対応します」
「では、あとは任せますよ霧島君。私はこれから会議がありますので」
そう言い残し、黒瀬は部屋を出ていった。
応接セットを座るよう勧められ、履歴書や各種書類への記入を求められる。
私は「会計年度任用職員」――いわゆる非常勤職員として採用されるらしい。
非常勤とはいえフルタイム勤務で、待遇も常勤とほとんど変わらないとのことだった。
業務の特殊性から、待機宿舎への入居も勧められる。
ちょうど良いと思い、そのまま承諾した。
一通りの書類を書き終えた後、普段勤務する職場へ向かうことになった。
今いる建物は官公庁で、現場とは直接関わらない。
実際の勤務先は、別の消防庁施設になるらしい。
「三十分ほどかかりますが、歩いて行きませんか」
歩くのは嫌いではない。
二つ返事で了承した。
しばらく歩くと、お堀が見えてくる。
水面の向こうに、緑が奥まで続く景色が広がっていた。
その道を歩きながら、霧島が口を開く。
「私は元自衛官です。ある災害現場での活動中、二次災害に巻き込まれて負傷し、退官しました」
「その後、消防官として働き始めた頃、この紋様が現れました」
霧島は自分の腕を軽く示す。
「開田さんのように“見る”ことはできません。ただ、わずかながら不穏な空気を感じ取れるようになりました」
「実際、その感覚を覚えた現場では、鎮火が困難だったり、予期しないトラブルが起きることが多かったのです」
「上司に相談しましたが……『気のせいだ』の一言でした」
霧島は苦笑する。
「そんな時、現在の研究所所長――篠宮教授と出会いました」
「教授は地球物理学の権威です。ちょうど、例の石の研究が始まった頃だったそうです」
「その後、火災現場の検証で他にも謎の石が見つかり……結果については、昨日の話の通りです」
「そして、特別災害対策室が設置されました」
「これまでは、私を含め二人で活動していました。表向きは異常火災の調査です」
「実際には、異常現象が確認されると消防庁から連絡が入り、現地へ向かいます。魔力が感知された場合、原因を特定し対処します」
「もう一人は、本日すでに出勤しています。後ほど紹介します」
しばらく歩くと、防災アンテナの立った建物が見えてきた。
手前には消防車が数台並んでいる。
〈たぶん、あそこだ〉
エントランスを抜け、エレベーターで上階へ。
廊下を進み、突き当たりの扉の前で霧島が立ち止まる。
“特別災害対策室”
そう書かれた扉を開けると、八畳ほどの部屋が現れた。
奥には応接セット、手前には事務机と椅子がそれぞれ四つ。
一番手前の席に、ロングヘアの女性が座り、こちらに背を向けたままノートパソコンを操作している。
「霧島さん、おかえりなさい」
女性が振り返る。
「こちらが――」
霧島が言いかけた、その瞬間。
「……葵ちゃん?」
思わず声が出た。
女性も、私の顔を見るなり目を見開く。
「千紘ちゃん!?久しぶり! 成人式の時に連絡して以来だよね」
「うん……まさか、こんなところで会うなんて」
霧島は、状況が理解できないまま、その場で呆然と立ち尽くしていた。




