第6話:白髪の男
それにしても、とアルフは思う。
(まるで人が変わった様―――というより、完全に別人格だな。恐らくは鏡乱舞。例え私の目当てで無くとも乱舞とは悪しき存在。此処で滅ぼさなければ沢山の被害者が出る………)
やはり殺さねばと、アルフは断定した。
そして、カガミは焦っていた。反射が通用しない事で、対抗手段を失ったからだ。
(反射の威力が封印前より落ちてる………)
本来なら、アルフと対等に戦えていた。しかし、封印の影響で力は衰えていた。投影出来る物体も、その場にあるものしかない。
(いや………どうにかなるかも)
投影の素材はあった。
ガラクタや唯の石ころしか無いが、カガミにはそれを生かすポテンシャルがあったのだ。
いつのまにか再生している左腕を使って、カガミは足元にある石を拾った。
「なんだ?石を私に投げつける気か?」
この瞬間、カガミはある違和感を抱いた。
「………今の間に何故私を殺さない?十分、私は隙をみせた筈だ。それに、さっきの斬撃も。なんで追撃しない?」
少し、考える様な間があった様に思えた。
「いつでも殺せるからだ。それに、それは貴様も同じだろう。何故私に隙をみせた?殺されたいというのか」
これにカガミは確信したかの様に即答する。
「いや、違う。どっちとも。私は殺されたくないし、貴方は葛藤している事も分かっている。実際貴方は―――」
最後まで言い終わるのをアルフは待てなかった。
「黙れェッ!!」
そう言いながら、アルフは斬りかかる。
今までの斬撃と違って今回は乱暴で、感情的だった。
アルフの正義は深層心理で揺らいでいた。乱舞は滅ぼすべきという憎悪と、この乱舞は違うかもしれないという期待で、心が分かれていたのだ。
斬撃がカガミに迫る。しかし、カガミは焦らない。
それどころか余裕がある様にも見える。
「その手は読めてる」
手の内で投影した大量の石を、アルフに向かって撃ち出す。その威力は銃弾が如く。
「チッ」
アルフは舌打ちをして、刀の軌道を変更する。
八割の石を斬り落とせたが、残りの二割がアルフの耳を掠め血を流させた。無論、致命傷ではない。
「まだ続けるかい?お互い不毛な勝負だと思うけど」
実はカガミは限界が近かった。
人間の身体である事や封印解除直後であることも関係し、これ以上千剣破の身体で動けない。
ここでアルフが戦闘続行を選べば、かなり厳しい状況となってしまう。
しかし、アルフの選択に迷いは無かった。
「いや、私はまだッ―――」
カガミは心の内で思考する。此処から生き残る方法を。
(流石に…万策尽きたか―――)
刹那。場違いな呑気な声が轟く。
「はいはい、ストップストップ」
反射的に二人は声が聞こえた方を向く。
白髪が特徴的な童顔の男。
片目は髪に覆われていて見えない。もう一方の瞳は深い藍色。そして、頬には紋様も見受けられる。
草臥れた服装を着衣しており、武器は持っていない。鋭いその眼差しは、酷く面倒臭そうに二人を見つめている。しかし、その威圧感は本物だ。
「何やってんだお前等。アルフも何でそんな唯の人間に刀を―――」
男は目を細める。そしてカガミを見つめた。
それから、白髪の男は千剣破の姿の中にいる“カガミ”の存在を正確に言い当ててみせた。
「いや、アンタ“鏡乱舞”か」
カガミはこの男に対して警戒度を数段階上げた。この男の存在は危険と分かっていたからだ。
(この男はッ―――!)
カガミの思考をアルフが邪魔をした。
「そうだ。人類に対して悪逆非道を尽くした乱舞だ!だから、今此処で、殺さなくてはならない!」
アルフは自身の主張をひたすらに叫んだ。
これに対し、男は髪を掻きながら答える。
「んー………。わざわざ殺さなくてもいいと思うぜ?コイツはアルフの家族とは何も関係ない筈だ」
「どうしてそう断言出来る!?」
「そりゃあ―――」
男が言い掛けたタイミングで、カガミが口を開いた。
「私は大昔に封印された。少なくとも数千年前からずっと。その間は何も行動は出来ない。失礼を承知の上で聞くけど、貴方の家族はいつ殺された?」
「―――十二年前、だな」
だとすれば、鏡乱舞が無関係であることは明らかだ。そして少なくとも数千年は活動不可能。
「鏡乱舞の噂が無いとは思っていたが、まさか封印されていたとは…………」
アルフの葛藤が強まるのが分かる。
しかし、アルフはまだ言葉を紡ごうとする。
「だとしても―――」
それをやはり面倒臭そうに、男が制止する。
「アンタ、今から自分が何を言おうとしてるか分かるか?―――自身の意見だけを突き通したい駄々。それか、偏見による唯の差別だ。それは正義じゃない」
それを聞いてアルフは俯いて黙った。
(まぁ大方、乱舞は悪き存在とか言って斬りかかってたんだろうな―――)
その男は二人にひとつ提案をする。
「………よし。じゃあこの鏡乱舞、俺が借りてもいいか?」
「…え?」
アルフは先程より勢いのない声を漏らす。
「まさか、乱舞を飼うつもりなのか…?」
「飼うって言ったら聞こえは悪いが。まぁ、暫くはそのつもりで考えてくれ」
アルフは口を開いて何かを話そうとして、止めた。
「いや、え?私、飼われるの?いやまぁ、うん。え?」
カガミは状況を飲み込めず混乱した。
「だから、飼うってのは、要は監視だ。一応、鏡乱舞の事に関しては俺に一任させてくれ」
そう言ってその男はまた頭を掻いた。
「面倒だが、俺にも責任ってヤツがあるんだ」
「―――そうかい」
カガミは半分諦め気味で納得した―――というより納得するしかなかった。カガミが千剣破の身体に、顕現出来るのに限界が近かったのだ。
(眠い………。今はもうただ寝たい…)
そう思いながらカガミは眠気に倒れた。それを男が白髪を靡かせながら、ただ眺める。
「限界、か。しっかしまぁ―――」
寝顔を眺めながらその男は僅かに笑って言った。
「鏡乱舞が動くとなると、時代は加速するぞ。頑張れば鏡乱舞が人類に貢献してくれるかもしれない」
「人類に?」
信じられないという顔でアルフは問うた。
「ああ。鏡乱舞なら人類のために動いてくれる筈だ」
世界の歯車は確かに動き始めた。男はそう語った。




