第4話:地獄相対
ふと、狼魔族の血に染まった自身の手のひらを眺めて、少し気分が悪くなった。
初めて、自身の手で小動物以上の大きさの生物を殴り殺した感触は酷く気持ち悪かった。
例え、それが凶悪な獣であろうとも殺した感触を思い出すだけで嗚咽が出そうになる。
「………ふう」
―――いや、それだけの苦労の対価は十分得られたのだと考えよう。
食料を得られたのだから。
それにしても、身体強化の副作用か何か分からないが、どうも身体の倦怠感が酷い。
それに加え、俺を襲ったのは唐突な睡魔だった。
『少し休んだら?』
空腹に悶えていますぐにでも肉を喰らいたい。
だが、此処で今すぐ狼魔族の肉を解体する気力は流石にないな―――。
そう思った矢先の事、
カガミさんが俺にこう語りかけた。
『………正面を警戒』
おいおい。流石にもう厄介ごとの対処は無理だぞ………。
一応忠告通りに警戒していると、数十メートル先から人影が現れた。その人影は段々と近づいてくる。
この世界にも人は居たんだ。そう思うと、不思議と希望が湧いて来たような気がしてきた。
いや、警戒は怠っちゃいけない。まだ敵意がないとは限らないのだ。狼魔族の失敗から、それは身に染みるほど理解している筈だ。
俺は歩いてきた影に対して目を配る。
目の前から来た人物はどうやら女性のようだ。靡く金髪は一束に後ろで結びとめられている。力強い蒼い瞳からは、強い意志を象徴している様に感じる。
なにより目を引いたのは、腰に差した特徴的な剣。
鞘に収められており、刀身は見えない。
首から下を覆う重々しい鉄の装甲を着衣しており、やはり騎士なのだろうと考えられた。
その女性は俺に語りかけてきた。
「キユカムゥ、ヌワヌ?」
…何を言っているのか分からない。確実に日本語ではない。そして、自身が知っている限りの外国の言語でも無いように思えた。
―――やはり、此処は異界の地なのだ。
取り敢えずはカガミさんに頼るしかないか。
『私が封印される前と少し言語の構成が変わってるね…。基本は変化していないから翻訳出来ない訳じゃないけど…』
すまん、カガミさん。相手は何て言ってる?
『お前は誰だ、だって。警戒されてる』
ありがとう。うーん、この世界で意思疎通が出来ないのはかなりキツイな…。まぁそれも追々だ。
というか、シャツに大胆な返り血が付着しているし、警戒されるのは当然だろう。
「あーっと…。その…お、俺は永瀬って言うんですが…」
一応日本語で話してみたが、やはり相手は首を傾げてしまった。当然ではあるのだけれども。
数秒の間、気不味い沈黙が続いた。
すると、目の前の騎士は小声で何かを唱えた。その囁きは俺の耳には届くことは無く、何を言っているのか俺には分らなかった。
しかし、カガミさんは何か分かったらしく、
『ああ、なるほど』
と言葉を漏らしていた。
どういう事か聞こうとした所で、相手がまた俺に話しかけた。今回は理解出来る言語で。
「聞こえているか。他言語の者よ」
…聞こえてくる声と彼女の口が連動していない。
これは一体どういうことだ―――。
『魔術さ』
ま…じゅつ?フィクションの世界でしか存在しないと思ってたあの魔術?
『そう。あの囁いてたやつは魔法を使う為の詠唱…まぁ呪文みたいなものかな。どうやら言語魔術を使ったらしい』
大方、その言語魔術とやらは異言語者同士でも、言葉を伝えることが出来るんだろう。
俺にも魔術を使えたりしないだろうか。
鏡の力もそりゃ魅力的だが―――。
灼熱の炎!紫電なる雷!全てを喰らう水!
魔術に憧れてしまうのは必然なのだと俺は思う。
おっと話が脱線してしまった。
「聞こえてます。俺は永瀬 千剣破という者なんですが―――」
「聞き慣れん発音の名だな。私は“アルフ•サターナ”という。お前、何処から来た?」
話してみてわかったが殺意は抱かれていないらしい。野蛮人とかじゃなくて本当に良かった。
この場は正直に答えるが吉だろう。そもそも、嘘をつく理由もないしな。
「俺は別の世界から―――いわゆる異世界転移ってヤツでして…殆ど何も分からない状況なんです」
アルフさんは、俺に対して優しくこう言った。
「異世界からこの地に来たのか。これも何かの縁だ。人が居る所へ案内しよう」
よし!人が居る所に行ける!これほど喜ばしいことは無い。未踏の地で孤独というのはかなり辛いのだ。
彼女は歩き始めた。それに俺も続く。
「ところで、その服についた血は?」
「狼魔族に襲われて少々………」
2回戦目は自分から仕掛けたけど。
「…なかなかの腕前じゃないか。奴を倒せるのはそこら辺の下手な旅人じゃ不可能だろうからな」
瓦礫を踏み歩く音が辺りに響く。足場は悪いが進めないほどでは無い。
「いや、俺の力じゃないですから」
「フッ、それは謙遜か?」
この地には足音と俺たちの会話しか聞こえない。
まさに静寂という言葉が正しいだろう。
何処となく、この静けさに俺は安らぎを覚えていた。
「いや本当にこの力は俺の物じゃないんですよ。これは“乱舞”とやらの力で―――」
乱舞というワードを出した瞬間、アルフの耳がピクッと動いた様に見えた気がした。
俺の言葉は最後まで続かなかった。
それは、目の前の事が衝撃すぎて声を発す気になれなかったからだ。
俺の両腕は、刀によって根本から切り落とされていたのだ。
それは紛れもなく、アルフ•サターナ、
その者による光速に匹敵する刀の一閃である。
痛みすらも置き去りにする最強の斬撃が俺を斬った。
少々バタバタしており、投稿が遅れました。
多分四月ぐらいまでは忙しいので、
投稿スピードが落ちる可能性があります……。
本当に申し訳ございません。




