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隻鬼の杖 〜持たざる者は頂を目指す〜  作者: ふじぬま


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35/35

第35話:戦いの終わり

 暖かな陽射しに目を覚ました。

 灰色の天井が目に入る。頭を傾け横を見ると、少し離れた位置にある寝台の上で誰かが寝ていた。


 布団の上に長い黒髪が扇のように広がっている。所々穴の開いた道着をまとった体が、かすかな寝息に合わせて小さく上下している。


 安堵がじんわりと胸に広がり、ジンはまた目を閉じた。



       ※



 寺院に隣接する広大な墓地の一角に、大勢の人々が集まっていた。

 参列しているのは大陸中の権力者ばかりだ。隣国の将、大陸中で名を馳せる豪族たち。商会の長、富裕者たち。ムリガ教の大僧正とその配下の者たちの姿までも見えている。


 皆、生前イェンと関わりのある者たちだった。彼らはコスニアの英雄リウ・イェンの壮麗な大理石の墓石を囲み、思い思いに花や食物を供え、香を焚いて祈りを捧げている。


 そこから少し離れた場所、敷地の片隅の芝で覆われた小丘の上で、葬儀の様子を眺めている者がひとり。

 ジンは体中包帯だらけの格好のまま芝の上であぐらをかき、目の前の光景をぼんやりと見つめていた。


 その隣にはこれまた包帯姿の女。片手は吊られ、片足は包帯で固定されている。彼女は膝を曲げることができず、足をまっすぐ伸ばしてジンの隣に座っている。

 その女――タキは今、法衣をまとったひとりの老人と会話をしていた。


「ご無沙汰しております。叔父様」

「久しいな、タキ。子どものとき以来か。体は大丈夫か?」

「ええ。なんとか」

「大変だったな。いろいろと……」

「……はい」

「大きくなったな。若いころのイェンそっくりだ」

「母にもよく言われておりました。お身内の叔父様から見てもそうなのですね」

「ああ。といっても、あれの若いころはもっとお転婆だったがな」

「母さんが? 想像もつきません」

「上に兄貴が三人もいて、女兄弟はいなかったからな。ずいぶんと男勝りな妹だったよ。……兄貴より早く死ぬなんてな……」


 ほどなくして、イェンの兄と会話を終えたタキは、ゆっくりと丘を下っていく叔父の背中を見つめながら小さくため息をついた。


「お疲れさま」


 タキはジンの労いの言葉に無言でこくんとうなずいて応じた。


 あの悪夢のような事件からしばらくの時が流れた。スニルとの戦いを終え、意識を失ったジンは、ジュエンの要請を受け探索にやってきた街の衛兵たちによって発見され、街の養生所に運び込まれた。


 容体は深刻で、生死の境を三日間彷徨っていたという。意識が覚めても、しばらくは起き上がることすらできなかった。

 右足の親指と人差し指、左手の中指を骨折、体中には裂傷と挫傷、腹には大きくえぐれた穴が口を開けていた。寝ても覚めても傷が痛む、地獄のような日々だった。


 ジンは現在も治療の真っ最中であり、立ち上がることすらできない役立たずである。だから、こうして寺院墓地までやってくるのも、リウ家の兄弟に負ぶってもらわなければならなかった。


 ジンが養生所で療養をしている間に葬儀はすでに執り行われてしまっていた。今日催されているのは法要である。

 敷地の端には見慣れた顔ぶれが見える。リウ家の人々が整然と並ぶ墓石の前に佇んでいた。

 列に並ぶ誰かの恋人らしき女性が目元を拭っている。遺された人々の心の傷はいまだ癒えていない。


 この墓地には、サバルをはじめ、戦いで命を落としたリウ家の者たちや使用人たちの遺骨が埋葬されていた。その総数は六十名にも及び、イェンの墓石の周りには兄弟たちの墓石が寄り添うように並んでいる。あまりに多くの者が死にすぎた。


 法要に参列している人々の様子を眺めていると、ふと隣から視線を感じた。顔を向けると、タキがじっとこちらを見つめていた。

 相変わらずの鉄仮面。けれど、ジンは知っている。彼女がなにも感じていないわけではないということを。その無表情は単に取り繕ったものでしかないということを。


 ずっと我慢していたのだ。兄弟が殺され、母が殺され、それでも今までずっと我慢していたのだ。すべてが終わるまで涙を流してはならない――きっとそう考えていたのだろう。

 彼女の膝の上に手を乗せ、ジンは言った。


「タキ、もういいよ」


 タキはしばしジンの目を見つめたあと、口元をぎゅっと結び、手を強く握りしめた。


「い、いててっ」


 折れた指が悲鳴を上げる。が、直後に隣から鼻をすする音が聞こえてきて、今はそんなことはどうでもいいかと思い直した。


「ずっ……ぐすっ……ううっ……」


 タキが、泣いていた。あの、常に感情を表に出さないでいる彼女が。

 喉を震わせ、切れ長の目の端からぽろぽろと涙をこぼしながら泣いていた。


 彼女をよほど抱きしめたいと思ったが、怪我をしている今はそれも叶わなかった。

 大粒の涙が彼女の膝を濡らしていくのを眺めながら、落ち着くのを静かに待った。慰めの言葉がいくつも頭の中をよぎったが、結局、無言でそばにいることを選んだ。


 やがて涙が止まり出すと、タキはぽつりぽつりと話し始めた。


「小さいころ、サバルに手合わせで負けると、わたしは決まって泣きました。物置小屋や、庭の木の陰、茂みの中……そういった、誰にも見つからない自分だけの場所で隠れて泣いていました。……なのに、母はどういうわけか、わたしのことを見つけ出し、慰めてくれたのです」

「そうか。君は愛されていたんだな」

「わたしだけではありません。母は兄弟全員を愛していました」

「……うん」

「母さんがいて、兄弟のまとめ役であるサバルがいて……。ふたりがいてこそのリウ家だったんです。……なのに」


 そのどちらも、逝ってしまった。

 かける言葉がなく、ジンはただ黙ってそこに座り続けた。


 眼前では、残されたリウ家の者たちが悲しみに暮れ、沈痛な面持ちでうつむいている。状況がよくわかっていない子どもたちは、ただ呆然と大人たちの姿を眺めている。


 リウ家の人々には血の繋がりがない。けれど、彼らは紛れもなく家族だった。

 兄弟が、親が亡くなった悲しみがどれほどのものなのか。ジンはそれをよく知っている。

 それでも、人は前を向き、いずれこの痛みを乗り越えなくてはならない。人生はこの先も続いていくのだから――。



       ※



 事件から一年半。戦いの傷もようやく癒えた、ある日の昼下がり。

 ジンは屋敷の中を足早に行き来していた。目当ての人物は屋敷のどこにも見つからない。渡り廊下を進む途中、曲がり角で坊主頭の男と鉢合わせた。


「お」

「よっ、英雄殿」


 タキの兄、カシンだった。彼もまたイェンの仇討ちに加わったが、深手を負いながら奇跡的に生き延びたひとりだった。


「なあ、その呼び方、いい加減やめてくれよ」

「なんだよ、実際そうだろ。お前がいなきゃ、ウチはもっと悲惨なことになってたんだ。もっと誇れよ、自分のやったことをさ」

「……まぁ、いいや。それより、タキを探してるんだけど見なかったか?」

「あー、たしか中庭にいたぜ」

「ありがとう」


 礼を言ってその場を離れようとしたとき、「待てよ」と呼び止められた。


「お前、なんか今日おかしくねえか? 妙に気負ってるっていうか、浮足立ってるっていうか……」


 訝しむようにジンの顔を覗き込むカシン。ジンは照れ笑いをした。


「気づいたか。実は、今日は勝負の日なんだ」

「勝負? なんだそりゃ」

「今日から君が僕のことを『義弟』って呼ぶかもしれないってこと」

「はあ⁉ お前、そりゃつまり……」

「まあ楽しみにしといてくれよ、兄貴」


 そう言って、今度こそその場を離れる。

 遅れて、「悪い気はしねえな」とつぶやく声が後ろから聞こえた気がした。


 屋敷はかつての賑わいを失い、住人の数は以前の半分ほどに減ってしまった。この静けさにも徐々に慣れてきたものの、リウ家の人々の悲しみが癒えたわけではない。この家から笑い声はほとんど消えてしまった。


 屋敷には痛ましい思い出が残ったままだ。それでも、リウ家の人々は変わらずにこの場所に住み続けている。一度、屋敷を手放して他所へ移る案も持ち上がったが、結局その話は立ち消えになった。

 たしかにここには、思い出したくもない、消し去りたいほどの記憶が色濃く残っている。けれど同時に、母との、そして兄弟たちとの温かな記憶も詰まっているのだ。忘れることよりも、忘れずにいたい。それが皆の出した結論だった。


 回廊を渡って中庭に着くと、真っ白な長袍を着た女が、七、八人の子どもたちに囲まれていた。

 タキは両手に幼子を抱きかかえながら縁台に腰かけている。その足元では子どもたちが地面に絵を描いて遊んでいる。彼女は子どもたちが今なにを描いているのかをたどたどしい口調で熱心に説明しているのを真剣に聞いている。

 いつだったか、イェンも同じことをやっていたことを思い出し、ジンは懐かしくなった。


「あ、ジンだ」

「うわ、ジンだ」

「やい、ジン! 勝負しろ!」


 タキの元に近づくと、彼女よりも先に子どもたちがこちらに気がつき、足に向かって突撃してきた。

 ジンはその場にしゃがみ込み、子どもたちと目線を合わせた。


「なあ、チビたち。ちょっとタキを借りてもいいか?」

「えー」

「ダメだよ。ぼくたちが先にタキ姉と遊んでたんだよ」

「頼むよ。たまにはいいだろ? いつも引っついて回ってるんだからさ」

「んー、まあ、ジンならいいよ。でも、すぐに返してよ?」


 ジンは苦笑し、子どもの頭を撫でた。


「わかったよ。ありがとう」


 腰を上げ、タキのほうに視線を投げる。


「あんのようれすか? ジン」


 腕に抱いた幼子に頬を引っ張られながらタキが言った。なんの用ですか、と言ったのだろう。


「話があるんだ」


 言ってから、辺りを見渡す。つぶらな瞳があちこちからジンを見上げている。ここは子どもが多すぎる。落ち着いて話ができなさそうだ。


「ここじゃなんだし、場所を移そう」


 タキは怪訝そうに小首を傾げたが、やがてこくりとうなずき、遠くで子どもの面倒を見ていた女たちを呼んだ。しばらくして、姉妹がふたりの元に小走りでやってくる。ジュエンとハリシャのふたりだ。


「なあに? タキ姉」

「姉さん、ハリシャ。少し子どもたちを見ていてもらってもいいですか? ジンが話があるそうなので」

「うん、いいけど……」


 隻眼の女は不思議そうにジンを見て、「あ」と声を上げた。


「ジンくん、もしかして前に相談してきた『あれ』?」


 ジュエンも気がついて、両手で口を覆った。


「うそ。まさか今日するの?」


 ジンは照れくさそうに頭を掻き、うなずいた。


「あー、うん。実はそうなんだ」

「そっか、今日するんだ。むふふ、がんばってね」

「よっしゃ! 男見せなよ、ジン。あんたなら大丈夫!」


 ハリシャとジュエンはにやにやと笑ってジンの肩をぺしぺしと叩いた。


「……?」


 そんな三人のやり取りをタキは怪訝そうな顔をして見つめていた。


 ほどなくして、ジンとタキは庭園にまでやってきた。

 冬の兆しを感じる庭園をしばらくふたりで歩く。庭園を覆う芝はすでに黄色に染まり、花壇に植えられた冬椿はつぼみをつけている。敷地の端に植えられた木々は葉を散らし、寒々とした雰囲気を漂わせていた。


「最近、チビたちは君にべったりだな」

「わたしが母さんに似ているからでしょう。母が恋しいんですよ、きっと」

「だから最近、そんな服を着てるのか?」


 ジンは指摘した。

 以前は年中道着を着ていたタキは、今は白い長袍を身にまとっている。それは生前イェンがまとっていた服と瓜ふたつだった。

 タキはうなずいた。


「子どもたちだけでなく、大人たちもまだ悪夢の中にいます。いまだ養生所から出てこれない者も、心を病んで部屋から出てこない者もいます。こういうときこそ、兄弟たちで助け合わねばなりません。母がもし生きていたら、きっとそう言うでしょう」

「……そうだな」


 タキは庭園の花壇の前で立ち止まり、じっとジンの顔を見つめた。


「それで、話とはなんですか?」

「あー……うん。えーと……」


 ジンは頬を掻いた。

 いざ言おうとすると、緊張で事前に考えていた言葉が頭からすっぽ抜けてしまった。意味もなくそわそわと周りを見まわしてから、どんな切り出し方をすればいいかわからず、空っぽの頭のまま口を開いた。


「こんな大変なときだからこそ、君に言いたいことがあるんだ」

「? はい」

「君と初めて会ったのは……三年前、僧院にいたころだよな。あのときは、まさかこんな未来がやってくるなんて思いもしなかった。あの鉄仮面に弟子入りして、家に居候をして、君に何度も至らないところを怒られたり、見限られそうになったり……今まで、色々あったよな」

「……あの、なにが言いたいのですか?」


 タキは半目になっている。


「あー……つまり……」


 ジンは言い淀み、しばし黙り込んでから意を決して言った。


「一緒になろう、タキ」


 一歩前に踏み出し、彼女の左手をそっと取った。


「生きていると、苦しいことばかりだ。でも、君のそばにいるときだけは苦しみを忘れられるんだ。……だから君と一緒に生きていたい。僕が支えるよ。君も、この家のことも、ぜんぶ」


 相手の目を見つめ、握った手にぐっと力を込める。


「…………」


 返答はない。とび色の双眸はこちらを見つめるばかりだった。

 やがて、彼女はぽつりと言った。


「嫌ですよ」

「……え?」


 まさかの答えに、ジンは目をしばたたいた。


「あなたがわたしを『支える』? はっ、馬鹿馬鹿しい。第一、あなたは働いてもいないでしょうに。それでどうやって支えるというのですか」

「うっ。それはこれからどうにかするよ」


 タキは追撃するように続ける。


「たしかに、母の死は堪えました。あなたがそばにいてくれたからこそ、乗り越えることができたのは事実です。それは感謝しています。……ですが、それだけです」


 ジンの胸にずいと指が突きつけられる。


「どうやらお忘れのようですが、これまでわたしはあなたに散々迷惑をかけられてきたのですよ。どの口が『支える』なんて言っているのですか」

「ま、前はそうかもしれないけど、これからは違うよ。僕だって少しは成長したんだ」

「人はそう簡単に変われませんよ」

「……僕ってそんなに信頼ないのか?」

「ええ」

「即答かよ」


 肩を落とすジンをしばらく無表情で眺めたタキは、やがてふっと笑みを漏らした。


「だから――わたしがこれからもあなたの支えになります」


 ジンはいっとき固まってしまった。今、なんと言った?


「……待ってくれ。さっき『嫌』って言ったのは、僕が君を『支える』って言ったことに対してなのか?」

「はい」


 真顔で即答される。


「じゃあ、君の答えは……」


 タキは行動を返答とした。握っていた手を振り払い、さらに一歩距離を詰めると、両手をジンの背中に回し、力強く抱擁した。

 石畳にできたふたりの影がひとつに重なる。

 ジンはしばらく放心してから、遅れて控えめに抱き返し、ほっそりとした肩にあごを乗せた。

 長い髪が頬をくすぐる。首筋から香る、石鹸と香油の混ざった匂い。手のひらからかすかな呼吸の動きが伝わってくる。息遣いさえもよく聞こえた。

 しばらくそうして抱き合い、温かな体温を感じている内に、喉の奥にじわりと熱がこみ上げてきた。


 ぼやけた視界の中で、不意に子どものころの記憶が脳裏に浮かんだ。

 村の子どもたちから石を投げられ泣きながら家に帰った、みじめだったあの日々。村人からなにか言われないか、暴力を振るわれないかと息を潜めて生きてきた、あの恐ろしい日々。兄という希望を失い、母に捨てられ、父の生きる希望になれなかった過去。

 子どものころの絶望が、家族を不幸にした罪悪感が、今も心に棲みついている。


 ジンは、子どものころの自分ごと抱きしめてもらえた気がした。「もういいよ」と言ってもらえた気がした。

 きっとタキはすべてわかっているのだ。ジンの心の深い部分に、癒えない傷があることを。おそらくそれは、生涯背負い続けなくてはならない荷物であることを。


 弱く情けない自分が、ずっと許せなかった。

 けれど、もう許してやってもいいのかもしれない。

 大嫌いだった自分を、そろそろ認めてやってもいいのかもしれない。

 こんな自分を、愛してくれる人がいるのだから。


 どこにいっても居場所がなかった。家でも、村でも、僧院でも。

 彼女が居場所をくれたのだ。彼女の隣に、彼女の家族の輪の中に。

 ここにいてもいいのだと思えたのは初めてだった。


「……ありがとう。僕を見つけてくれて」


 かすれた声が喉の奥から漏れ出した。

 タキは小さくほほ笑むと、ジンの目元を指で拭った。そしてジンの頬に手を添えると、慰めるようについばむような口づけをした。


 互いの体が離れてから、ふたりは再び見つめ合う。

 沈黙の中、ジンが鼻をすする音だけが響いた。


「ああ、もう。かっこつかないな」

「そんなのいつもですよ」


 ジンの唇が笑みに緩む。タキも心からの笑顔で笑った。


「今度、母さんに報告に行きましょうか」

「うん」


 ジンは答えてから、ふと思いついたことを口にしてみる。


「もしもイェンさまが生きていたら、なんて言われたんだろうな」


 タキは目を上に向け、しばし考えてから、


「きっと、もっといい男と結婚なさいと言われたでしょうね」

「うわ、言いそうだな」


 そうやってまたふたりで笑いあっていると、母屋のほうから子どもたちの声がした。ハリシャとジュエンに預けてきたはずの子どもたちが、待ちきれずにタキの名を呼んでいる。

 母屋に続く階段の上で、姉妹が焦ったように子どもたちの声を塞ぎ、こちらの邪魔にならないよう奔走している。


「さて、行きましょうか。皆が待っていますよ」


 くすりと笑ってそう言うと、タキは先に行ってしまった。

 階段の上には大勢の子どもたちが待っている。数えてみると、見えているだけで十二人もいる。


「そうか。あれがぜんぶ家族になるわけか」


 こちらに向かって手を振っている彼らの姿を眺めながらひとりごちる。

 たったひとりで生きていた自分に、あんなにも大勢の家族ができるのかと思うとなんだか感慨深かった。


 庭園に一陣の風が吹き、だらんと垂れた空洞の右袖がひらりと揺れる。

 風はすっかり冷たさを含み、冬の訪れを感じさせていた。また厳しい冬がやってくる。それでも、今年は例年よりもずっと暖かい気持ちで乗り切れそうだ。


「ジン、早くしてください」


 庭園の先で振り返り、彼女が言う。


「はいはい、今行くよ」


 ジンは歩き出した。家族のいる元まで、ゆっくりと。


(了)

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