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隻鬼の杖 〜持たざる者は頂を目指す〜  作者: ふじぬま


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第22話:アガマ祭

 春の温かな日差しに包まれた街は、いつにも増して活気に溢れていた。

 そこかしこには、人、人、人である。通りは喧騒で満ちており、人いきれでむんむんしている。

 この街は普段、月に五度開かれる五斎市でもにぎわいを見せるが、『原初の日(アーディ・ディナ)』を祝うアガマ祭たる今日はその比ではない。年に一度、この日のためだけに大陸中から集まった旅行者たちがバジの首都シャーリーへと詰めかけるのだ。この混み具合も毎年恒例の光景だった。


 人々の装いは様々だ。南服(きもの)北服(クルタ)巻衣(サリー)帯布(ターバン)肩布(サバイ)。その装いのひとつひとつが、このアガマ祭の国際色を物語っていた。


 頭上を見上げると、建物と建物の間に渡された縄に、コスニアを構成するそれぞれの国を表現する旗が掲げられていた。バジは生い茂る密林を、アキツは荒れ狂う波を、カラジュは険しい山々を、スイは肥沃な平野を、それぞれ色鮮やかに描き出している。


 ジンは美しい長衣をまとった女と連れ立って、行く当て所なくしばらく歩いた。陽気な呼び込みの声が道の両脇から聞こえている。通りの端にずらりと並ぶ屋台では羊肉の串焼きや砂糖菓子が売られ、肉の焼ける匂いや甘い匂いが混ざり合っていた。湯気の立つ蒸籠が並ぶ屋台もある。あれは(ちまき)の屋台だろうか。他にも、干し果物や甘く煮た木の実が売られているのも見える。

 昼食を食べたばかりだが、もう腹が減ってきた。


 一方、隣の彼女は茶器や本を売る屋台に目を奪われていた。若い娘たちが群がっている色とりどりの花や鮮やかな布にはまるで興味がないようだ。

 なにか物珍しいものでもあったかと尋ねると、「ありました」と答えるので、少し見て回ろうかと提案すると、彼女は小さく首を振り、「今日はいいです」と答えた。


 周囲があまりに人で溢れているので、もう少し落ち着ける場所に移動しようという話になった。脇道を抜けて大通りへ出ると、ちょうど舞手たちの行進が始まっていた。


 山車に乗った人々が笛や太鼓により荘厳な音楽を奏でながら大通りの中央を進む。その周囲では扇子を手にした舞手たちが神秘的な舞を披露していた。

 道の脇には桟敷席が設けられ、そこではすでに多くの人たちが催しを見物している。ジンはふと、偶然空いている席を見つけ、周りの音に負けないくらいの声でタキに伝えた。


「あそこに座ろうか」


 人混みを掻き分け、ようやく目的の席にまでたどりつき腰を下ろす。狭い座席で隣に座る彼女の足が自然と自分の足に触れた。香でもつけているのか、いつもよりほんのりと良い匂いが漂っている。

 目の前の行進を眺めながら、折を見て、隣の彼女の顔を盗み見る。整った顔立ちに化粧がよく映え、まさに敵なしといった様子だ。ここに来るまでも通行人の視線を幾度となく奪っていた。


「ところで、その化粧、君が自分でやったのか?」


 気になって聞いてみる。彼女はいつもの無表情で、「そうですが」と短く答えた。


「ふうん。意外だな、そんなことできたのか。……痛っ! おい、叩くなよ」

「まったくどいつもこいつも……。いったいわたしをなんだと思っているんですか」

「ごめん、ごめんって」


 平謝りをし続けて、なんとか許してもらう。

 タキは横目でじろりとジンをにらんでから、憮然とした表情でふんと鼻息を吐き出すと話題を変えた。


「あの家はどうですか。楽しくやれていますか」


 ジンは叩かれて乱れた髪を手で軽く整え、しばらく考えてからうなずいた。


「うん、みんな良くしてくれてるよ。カシンはちょっと抜けてるところがあるけど良い奴だし、ジュエンさんは気を使ってよく話しかけてくれる。他の兄弟たちもなにかと助けてくれる」

「そうですか」

「良い家だよ。本当に」


 ジンは言ってから、どれほどそう思っているか、きっとタキにはわからないだろうなと思った。人として扱われることすら稀だった自分が、大勢の人に当たり前に受け入れてもらえている。それがどれほど尊くて素晴らしいことなのか、それが普通である彼女には理解できないだろうな、と。


「僕もあの家で生まれたかったって思うよ。特にハリシャを見ているとそう思う。あの娘は僕と同じ『痣持ち』なのに、家族に大事にされているから。……まあ、君と姉弟にはなりたくはないんだけどさ」

「わたしもあなたのような弟はいりません」

「ははは」


 やや間を置いてから、タキは何気なく言った。


「ハリシャとはずいぶんと仲が良さそうですね」

「なんだよ、いきなり」

「別に。なんとなく気になっていたので」

「まあ、それなりに仲はいいよ。同じ『痣持ち』だからなのか、懐かれてる」

「……よかったじゃないですか」

「もしかして、嫉妬してるのか?」

「わたしが? はっ、馬鹿馬鹿しい」


 その反応にジンは苦笑した。素直じゃないな、本当に。


「あの娘は君とは真逆だよな。感情表現豊かで、愛嬌があって、可愛らしい」

「そうですね」


 口では同意したものの、タキはどこか不機嫌そうだった。

 ジンはタキの顔をまっすぐ見据え、大真面目にこう言ってやった。


「でも、僕が好きなのは君だよ。タキ、君が良いんだ」


 決まった――と思ったが、タキは冷ややかな視線を送ってくる。


「その言葉、誰にでも言ってそうですね」

「そんなわけないだろ。君だから言ってるんだ」

「はっ、どうだか。あなたの言葉は軽いのですよ」

「本心だって」

「ふん……」


 鼻を鳴らし、タキはそっぽを向いてしまう。ジンは落胆してため息をついた。

 彼女に想いを伝えるのはこれが初めてではない。ジンは会うたびに容姿や内面を褒め、ことあるごとに愛をささやいていた。

 ところが毎回、こうやって真面目に受け取ってもらえないのだ。おかげでふたりの関係は遅々として進まない。脈がないのか、はたまた単に照れているのか。後者であると信じたい。


 それからしばらく、無言の時間が流れた。会話はそこでいっとき終わり、目の前で続く催しをふたりしてぼんやりと眺める。

 始まりを象徴する赤と白の衣をまとった女たちが往来を通過していく。山車に乗った男たちは力強く大太鼓を叩き、縦笛で複雑な旋律を奏でている。山車を引くのは芦毛の馬たちで、悠然とした足取りで石畳を踏み鳴らしている。それを見る観客たちは互いに顔を寄せ合い、それぞれ感想を述べ合っている。


 そのとき、通りの向こうから赤い衣を体にまとわせた象がやってきて、周囲から驚きの声が上がった。

 象の背中には木製の鞍が据えられ、その上には神鹿(ムリガナータ)を模した白い面をつけ、鹿の角を身に着けた男が錫杖を手に踊っている。面の男は錫杖の先の輪を鳴らしながら、手や腰をひらひらとくねらせ、眼下の人々へ面をつけた顔を向けている。


 象が一歩踏み出すたび、地面が小さく揺れ、低い音が体に響く。周囲の人々はその巨躯と威容に圧倒され、言葉もなく呆然とその巨大な獣の姿を仰ぎ見ていた。

 アガマ祭はコスニア大陸各地で開かれる祭りである。ジンも子どものころ、兄に連れられて何度か参加したことがあった。とはいえ、この国――バジのアガマ祭は規模が桁違いだった。これほど大掛かりな行進を見たのは初めてだ。リウ家の女たちが騒ぐのも納得である。


 そうして、目の前の光景に見入っているときだった。


「正直な話、このところあなたを避けていました。あなたが手合わせでわたしを打ち負かすようになってから」


 隣のタキが周囲の音に負けてしまうくらいの静かな声で言った。

 ジンはタキの横顔に目を向けた。やはり、そうだったのか。


「前に一度、話したでしょう。持つ者か、持たざる者か、それを判別する壁があると」

「ああ、覚えてるよ」

「あなたはその壁を越えた。“持つ側”だった。……あなたをずっと応援していたのに、いざ追い抜かれると醜く嫉妬してしまう。そんな自分が嫌になります。わたしは卑しい人間です」


 タキの声色は少しだけ暗かった。

 初めて目にする、弱音を吐く彼女の姿。ジンは一瞬、慰めるべきか迷ったが、深く考えずに思ったことを口にした。


「そんなの僕だって一緒だよ。君が一番よく知っているだろ? あのときの僕みたいに当たり散らさないだけマシさ」

「……そうでしたね」


 タキは小さく笑った。そしてすぐに笑みを消し、真剣な表情で口を開く。


「術士としてのあなたの腕前は、もはや熟達者の域に達したといっていいでしょう。わたしの家にやってきたころに比べると別人のようです。これでもう、あなたは一人前ですね」


 ジンは黙り込み、深い感慨を抱きながらこれまでの軌跡を思い返した。僧院から破門され、路地裏で途方に暮れていた自分をタキは拾い上げ、弟子として受け入れてくれた。辛く厳しい鍛錬も、今では懐かしい思い出に変わっている。


「君には感謝してるよ。あの裏路地で僕を見つけてくれていなかったら、きっと野垂れ死んでいただろうから」

「……ええ。野犬やネズミに食われ、ある日通行人に発見され、共同墓地に身元不明の遺体としてひっそりと葬られていたでしょうね」

「嫌に具体的に言うな……」


 と、そこでジンは不意に悪戯心に駆られた。


「そういえば君、一度は僕を見捨てようとしたよな。いやあ、あれは本当に見る目がなかったな」


 先ほどまでの気弱な態度はどこへやら、タキは舌打ちをひとつ、苛立たしげに顔を歪めた。


「あなたはずいぶんと余裕そうですが、勝っているのは今の内だけですよ。わたしはまだ負けを認めたわけではありませんから」


 負けず嫌いな彼女らしい言葉だった。どうやらいつもの調子に戻ってきたらしい。

 そうそう、彼女はこうでなくちゃとジンは思いながら、からかうように、


「ふうん、そうかい。次の手合わせが楽しみだな」

「ええ、期待していてください。わたしは最近、これまであなたの指導に当てていた時間を自分のためにつかっています。言っておきますが、これでようやく、対等な状況です。今までのわたしが“本気”だとは思わないでください」

「なんて言って、あっけなく負けたら目も当てられないな」

「はっ、そんなことにはなりませんのでご安心を」


 一旦そこで軽口の応酬が終わる。

 しばしの間。


「ぷっ……はははは」


 祭りに来てまでこんなことを言い合っているのがおかしくて、ジンは思わず吹き出して笑った。それを見て、タキも口元を隠して上品に笑う。


 行進はまた別の演目が始まっていた。大通りの向こう、行進の後列のほうを遠見すると行進はまだしばらく続きそうだった。

 ふたりは催しが終わるまで席に腰を下ろし、久しぶりにふたりきりの時間を楽しんだ。




 なにを買うでもなく、ただふらふらと祭りのあちこちを見て回り、道中あれこれと話をしているうちにあっという間に日が落ち始めてしまった。そろそろ帰ろうか、とも考えたが、せっかくの祭りの日なのだからもう少し彼女と一緒にいたいと考え、「夕飯は外で食べないか」と提案をした。かくしてふたりは近くの飯屋で夕飯をともにしたのだった。


 夕飯を終え、飯屋を出る。リウ家ではあまり口にしない大味な牛肉の料理に舌鼓を打ち、葡萄酒も存分にあおったジンは、ご満悦の面持ちで腹をさすりながら往来へ出た。

 街はすっかり夕日で赤く染まっていた。さあ帰ろうかとジンが石畳に一歩足を踏み出すと、「待ってください」とタキが呼び止めた。


 ジンは通りの端で立ち止まり、振り返った。しばらく待ってみたが、タキは続く言葉を口にせず、ただじっとその場に突っ立っている。人を呼び止めておきながら、どういうわけかタキは押し黙ったままだ。


「なんだよ、どうした?」


 ジンは首を傾げ、相手の顔を覗き込みながら沈黙の理由を探った。

 額にしわをよせ、紅のついた唇をかみしめ、目を伏せている。まるでなにかを葛藤しているように見える。

 言葉を待っていると、タキは意を決するように口を開いた。


「…………っ」


 聞こえてきたのは声にならない声だった。掠れた音が喉の奥から鳴っただけ。

 タキはにらむようにこちらを見て、もう一度、口を開く。


「や、屋敷に戻るのではなく、わたしの家に行きませんか。……その、久々に」

「え」


 ジンは耳を疑った。彼女のことだ、まさか「そういう意味」で言ったわけではないだろう。


「こんな時間から鍛錬でもするのか?」

「そんなわけないでしょう」


 切れ長の目を細めて即座に否定される。


「じゃあ、なんのために?」

「……」


 問いかけるも、タキはまたしても黙り込んでしまった。


 困ったジンは頭を掻いた。いったいなんの意図があってあんなことを言ったのだろう。なにを考えているのかわからないのはいつものことだが、今回は特にわからない。

 まさか本当に自分とふたりきりになりたいと思ってあんなことを言ったのだろうか。……いや、この女がそんなことを考えるはずがない。きっと飲み足りないのであてを用意しろとか、話し相手になれとか、そんなところだろう。


「まあ、君がそうしたいなら付き合うよ」


 考えることを諦め、そう言って歩き出したところで、左手にほっそりとしたなにかが触れた。見ると、タキがそっぽを向いたまま、ジンの手を握っていた。


「え?」


 ジンは、手元と、こちらに目を合わせないままのタキの顔を交互に見た。

 夕日のせいか、先ほど飲んだ酒のせいか、はたまた照れているせいなのか、普段は雪のように白い彼女の顔が妙に赤い。


「つまり、こういう意味ですよ……」

「…………」


 今度はこちらが黙り込む番だった。

 うそだろ? これは現実か? ぱちくりと目を瞬いてみても、夢は覚めない。現実だ。どうやら本当に彼女は自分とふたりきりになりたいらしい。


 ジンは無言のまま体の向きをくるりとタキのほうへ向け、一歩近づき距離を詰めた。

 動揺したようにタキは一歩後退する。ジンは握った手を振りほどき、細い腰に手を回し、逃げられないようにした。

 きりりとした眉をぎゅっと寄せ、こちらをぎろりとにらんでくる。にらんでくるが、借りてきた猫のようになにもせず、じっとしている。

 抵抗する気がないということは、なにをされても受け入れるということだろうか。


「な、なんですか。黙ってないでなにか言ってください」

「ひとつ確認させてくれ。さっき家に行きたいって言ったのは、『そういう意味』でいいんだな? 以前言った“ご褒美”を、今日くれるってことなんだな?」

「……っ」


 視線を泳がせたタキは、小さな口を開きかけては閉じた。結局、言葉は出ず、沈黙だけが落ちる。

 ジンはそれを肯定と受け取り、目の前の顔をじっと眺めた。相も変わらず隙のない、端正な顔立ち。

 けれど、欠点も多く知っている。無口で無愛想、自尊心が高く、いつも目が死んでいる。そんな彼女をずっと手に入れたいと思っていた。


 にらみ上げる目と視線が交じり合う。とび色の瞳がわずかに潤んでいる。

 一瞬悩んでから、ジンは意を決し腰に回した手を強め、顔を近づかせる。それでも向こうは逃れようとしない。顔と顔の距離をゆっくりと近づけていく。

 視界一杯に彼女の顔が広がり、至近距離から射殺さんばかりににらまれる。

 怒られるのを承知で、そっと触れるだけの口づけをした。唇の感触があまりに柔らかくて驚いた。


 おっかなびっくり顔を離す。

 タキは右手を勢いよく振り上げた。


(な、殴られる……!)


 思わず目をつむって身構える。……が、しばらく待っても、痛みも衝撃もやってこない。

 恐る恐る目を開けると、タキの手は宙で静止し小刻みに震えている。

 その手はゆっくりと下ろされるが、タキはなおも真っ赤な顔でこちらをにらんでいた。なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。


 ジンは視線を逸らしながら、今度はこちらからタキの手を取り、やや強引に手を引きながら往来を早歩きで歩き出す。


「ほら、君の家に行くんだろ」


 後ろから、消え入りそうな声で「はい」と聞こえた。


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