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隻鬼の杖 〜持たざる者は頂を目指す〜  作者: ふじぬま


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第12話:練り上げる

 今までは、いかに自分が上達するかということばかりを考えていた。だがあんな約束をした以上、タキから一本を取るためになりふりかまっている暇はなくなった。今はタキに自分は“やれる”ということを示す必要がある。


 技術はあとからついてくる。大事なのはうまくやろうとすることではなく、稚拙であることを受け入れ、そして自分がどうするのかだ。タキから一本を取るにはどうすればいいのか、それを四六時中考えた。またそれと理術に関するあらゆる物事をはじめから考え直した。


 幸いジンには素晴らしい手本がいた。師匠の動きをつぶさに観察し、一挙手一投足を目に焼きつけ模倣した。力の入れ方、抜き方。指先ひとつにいたるまでをひたすらに真似をした。

 動作の研鑽は重要ではない。タキには前にそう教えられていた。実際彼女にも、なにをやっているんだという目で見られていたが、とりあえずなんでもやってみることにしたのだ。


 その過程で気がついた。完璧な手順で、完璧な操作をもってして術と成し、相対する敵を素早く正確に狙い撃つ――それが以前までの自分が考えていたことだ。しかし、そうではないのだと。

 タキの目を気にしていたからか、いつの間にか技術にばかり固執していた。

 自分には『駆け引き』がない。手合わせのときもやることは単調で、矢継ぎ早に術を放つだけだった。


 以前からタキは口酸っぱく言っていた。頭を使え、よく考えろと。自分では頭を使っているつもりだったが、振り返ってみれば、たしかに指摘どおり頭を使えていなかった。こんな単純なことになぜ気がつかなかったのだろう。


 大切なのは『駆け引き』だ。相手に打ち勝つために戦いの中に流れを作る必要があったのだ。

 杖の振り方や術の狙う位置によって意識の誘導を行い、相手の気を散らし本命をぶつける――そういった単純なやり取りを怠ってしまっていた。相手をしているのは人間であって壁ではない。その意識が欠如していた。当たり前だが忘れていたことだった。


 暇なときはタキの観察を行った。なにかきっかけが欲しかったというのとは別に、倒すべき敵としてタキという人間の観察を始めたのだ。

 タキは表情というものをまるで作らない。愛想笑いすらせず、ジンはもとより、アリンのような身近な者の前であっても基本的に真顔だ。

 下らない意味のないような会話は、無視か、そうですかで流される。沈黙を嫌うどころかむしろ好み、余計なことを話さない。感情の揺れ動きが少なく、たまに人間なのか疑うくらいだが、食欲も睡眠欲も、おそらくは性欲だってある……たぶん。


 そんな彼女の好きなことは、本を読むこと、熱々の風呂に浸かること、そして美味い飯を食べることだ。食事の際は心なしか上機嫌になり口角が上がっている。たまに自分の作った料理を食べて満足そうに「うーん」とひとりで唸っていることもある。食事には結構うるさく、今だってジンの作った料理を食べながら小声で「塩気がもう少し」とぼやいている。


 対面に座るタキを観察していると、彼女は視線に気がつき、形のいい眉をぎゅっと中央に寄せた。


「最近ずっと黙ってわたしのことを観察していますが、いったいなにを企んでいるのですか?」


 訝しむように訊いてくるので、適当に返しておく。


「いや、今日も綺麗だなと思って」

「…………は?」


 タキは不気味なモノでもみたような顔をして体をわずかに逸らした。ジンは真顔で観察に戻る。

 この女を負かしてやる。この女に勝つために、少しでも情報を集めろ。


 ……とはいうものの、結局タキに弱点のようなものは見つからなかった。タキは防御主体の戦法を好み、攻撃は最小限で、隙を嫌う。弱点はないように思える。

 考えてみれば、一見してわかるような弱点など彼女がそのままにしているわけがない。真面目で勤勉な彼女のことだ、そういった弱点はすでにいくつも克服してきたのだろう。


 では弱点ではなく傾向を探るのはどうかと考え、稽古の終わり際に行われる手合わせでは、勝つことよりも様々な試しを行うことにした。

 狙いをどこにつければ、タキはどう対処するのか。逆に攻めるときはタキはどこを狙って攻めてくるのか。そういった検証を積み重ね、情報を頭の中に蓄積させていく。当然、手合わせは惨敗するが、しょうがないこととして割り切った。


 何度も何度も地面に転がりながら、そのたびに起き上がり、ひとり納得したように「なるほど」とつぶやく。


「さっきからなにをしているのですか」


 そんなことばかり繰り返していたらタキに呆れられた。傍から見たらやる気がないように見えたのだろう。

 とはいえ、気にしない。タキの言動の中から答えを探すのはもうやめたのだ。タキの言うように、自分で考え、自分で“正解”を導く必要がある。


 朝も昼も夜も鍛錬に費やした。タキの目がないときは、ある『秘策』のための特訓を行った。

 一日が終わると疲れ切って布団に倒れ込み、泥のように眠った。

 自信はない。とうに粉々に砕かれていた。それでも、やらねばならないという使命感が身体を、頭を動かす。

 朝、井戸の水で顔を洗っていると水鏡に写った自分の顔に隈ができているのに気がついた。それでも、気にしている暇はない。約束した一本はまだ取れていない。


『あと一月、待ってくれないか。それまでに君から必ず一本取って見せる』


 そう宣言をしてから、明日でひと月が経つ。

 準備は入念に整えてある。あとはもう、持てるすべてをぶつけるだけだった。

 明日、なんとしてもジンは勝たなくてはならない。自らの価値を証明するために。これ以上、自分に失望しないために。



       ※



 身を切るような風が吹く冬の朝だった。

 びゅうと音を立てて風が吹きつけるたび、家がガタガタと揺れ、隙間風が壁や引き戸から家の中に入り込む。

 ジンは半着を羽織り帯を締めると、中身のない右袖をひもでくくり、風が吹いても邪魔にならないようにした。本来それは片手では難しい作業だが、今や理術の扱いも上達し、この程度なら造作もなく行えるようになっていた。


 身支度を整えると客間を出て台所へ向かい、必要な道具を揃える。それらを風呂敷に包み、荷物を抱えて庭へ出る。物置から自分の分と相手の分の竹杖を回収し、傍らに風呂敷を置いたまま庭の中央に立って、ひたすらに相手を待つ。


 寒さにかじかむ手を吐息で温めながら待っていると、いつもの黒い道着姿でタキが寝室から現れた。彼女は縁側から庭にいるジンの姿を認め、声をかけてきた。


「朝食も食べずに始めるのですか?」

「腹に物を入れないほうが頭がすっきりするんだ」

「……そうですか」


 草履を履いて庭に出てきたタキは、ジンの向かいまで歩いてくると切り出した。


「それで、今日があの約束の最後の日になりますが」

「うん」

「本当にそれでいいのですね? まだ撤回はできますよ」


 ジンはかぶりを振って否定した。


「いや、撤回はしない。これで君に勝てなかったら、なにもかもすっぱり諦めて田舎に帰るよ」

「後悔しますよ」

「それだけの覚悟を持って挑むんだ。負けるはずがない」


 自信を持って言うと、タキはあごをわずかに上げ、目を細めた。


「ほう」


 タキは視線をジンの足元に向けた。


「ずいぶんと大荷物ですね。わたしに隠れてなにやらこそこそとやっていたようですが、あれはそれを扱うための準備ですか」

「まあね」


 ジンは同意したが、それ以上のことはなにも語らなかった。敵に余計な情報を与えるつもりなどない。


「……まあ、いいでしょう。始めますか」


 タキはジンから竹杖を受け取ると、踵を巡らし数歩歩いた。十分に距離を取ると、くるりと身体を回転させ、その拍子に後ろで束ねた黒髪を踊らせながら振り返る。

 両者が正対する。どちらも杖を構えると、空気にぴりりと緊張感が増した。


「いつもどおり、杖を手放すか地面に倒れた者の負けとします。いいですね」

「ああ」


 風が吹き、修練場に砂塵が舞い上がる。身も凍るような寒さだ。体がぶるりと震えた。

 緊張で心臓は早鐘を打っている。もしも今日負ければ、住む家を失い路頭に迷うことになる。そう考えると手足が冷たくなる。


 ジンは恐れを振り払うように頭を振り、前を見据えた。眉間にしわを寄せ鋭く相手をにらみ、相手の挙動ひとつすら見逃さぬよう注意深く監視する。

 相対する術士は、今日も無表情で直立している。構えはいつもどおりだ。右手でゆるく杖を掴み、空いた左手は背中へ回し、体の真ん中に芯が一本通っているかのように真っ直ぐに背筋を伸ばしている。

 何度挑んでもことごとく攻撃を寄せつけない、鉄壁の術士。

 その攻略の糸口を掴むため頭を悩ませた。今日のために用意したその答えが彼女に通用するのか否か。それは今日、これからわかる。


 己の中の一欠片の神性を呼び起こし、体内で循環させる。


「すぅー……はぁー……」


 無駄な思考を吐息とともに吐き捨てる。

 準備を終える。戦いが始まる。

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