ある会議。
会議録 — 昭和5年(1930年)冬、海軍省第3会議室
出席:連合艦隊参謀長・高木少将、軍令部次長・斎藤中将、海軍技術本部長・山田少将、造船監督官・井上大佐、海軍省予算課長・藤原少佐、航空隊代表・村田中佐、他数名
議題:1930年以降の計画的造艦と艦隊整備方針(対米作戦を想定)
⸻
高木「諸君、前置きは短くする。今日ここに集めたのは一つ。我が軍がこれから十年で何を造るべきか、現実的に決めるためだ。目的は明白——開戦になった場合、太平洋での持久と投射能力を確保すること。まずは現状認識を。藤原、数値を頼む。」
藤原「現在の予算上限、条約枠、造船能力を勘案すると、年産排水量は実効で概ね3〜4万トン級艦1〜2隻分に相当します。人員と航空機開発も予算を食います。甘く見積もれません。」
井上「造船所のスロットと鋼材は制約の大きい資源です。横須賀・呉・佐世保でも同時進行は限界。大型艦を急ぐと、駆逐艦や補給艦が足りなくなる。」
山田「技術面も問題です。空母の運用が鍵になるのは議論の余地がないが、我々は艦載機の設計・量産体制がまだ未熟です。理想は大型空母6〜8隻だが、艦載機の搭載数・整備能力が伴わなければ意味が薄い。」
斎藤「では“優先順位”を決めよう。皆の意見を聞きたい。」
⸻
村田「航空戦力を最優先にすべきです。初期の決戦で制空権を維持できなければ、戦艦の出番は限定されます。まずは大型正規空母4隻+軽空母2隻を基幹目標とし、同時に艦載機設計・空母艦上整備基地を拡充すべきです。」
高木「現実的か。藤原、これをスケジュールに落とし込めるか?」
藤原「長期分割でなら可能です。1930〜1934で改装空母2隻、1935〜1938で新造大型空母2隻、1939〜1941で追加の軽空母2隻──といった工程になります。ただしその分、戦艦の新造は後ろ倒しになります。」
井上「戦艦については“質”で勝負する案を出したい。条約制限と造船能力を勘案し、高速・重装甲の戦艦を2隻ずつ段階的に建造しつつ、既存の金剛型等を近代化する。だが建造数は抑える。」
山田「仮に戦艦を減らすと、海上決戦における砲戦力の集中が難しくなる。よって巡洋艦・駆逐艦・対空火器の強化で“戦艦不足”を補うべきです。特に対空砲と射撃指揮系の近代化は急務です。」
斎藤「潜水艦と通商破壊戦力についての見解は?」
高木「潜水艦は二面で必要だ。敵補給線を断つ攻撃型と、艦隊支援・偵察型の混成。数は欲しいが、建造は分散化しやすいので中期目標—60隻規模の配備を目指す。ただし訓練と引き渡しまでの時間を見誤るな。」
村田「ここで忘れてはならないのが補給艦隊と前線基地です。南方遠征を行うとなれば、油と弾薬の補給船を多数持たねばならない。護衛されない補給船は即座に無力化されます。」
井上「掃海母艦、補給艦、造修船の建造も同時に計画に入れます。これがなければ戦力は“移動する棺桶”です。」
⸻
藤原「問題点を整理します。第一に『資源配分』。予算・鋼材・人員は有限。第二に『時間』。艦の設計・建造・試験には数年を要する。第三に『航空力の成熟不足』。我々は機体設計・エンジン生産・搭乗員養成が追いついていない。第四に『対米戦の不確実性』。米国の増強速度と我々の対抗速度の差がある。」
高木「なるほど。では政治面も観ておこう。外交で時間を引き延ばせる見込みはあるか?」
斎藤「外交は万能の杖ではない。条約の延長や非公開の交渉で時間は稼げるが、最終的に資源不足は解決しない。政治の支援を得るために、我々の造艦計画が民需と雇用に与える経済的恩恵を強く示す必要があります。」
村田「もう一つ。技術の横展開を提案します。航空機産業を海軍主導で育成し、民間も巻き込む。これが成功すれば艦載機の量産が可能になり、空母の真価が出ます。」
井上「造船面での検討。スロット分散、工場近代化、溶接技術の導入は必須。新型主機の信頼性向上も急務です。」
⸻
高木(しばらく沈黙してメモを置く)「では結論だ。今日の合意事項を読み上げる。」
1.優先度A:空母戦力の整備(1930〜1941で大型正規空母4隻、改装2隻、軽空母2隻の段階的建造を目標とする)。
2.優先度B:戦艦は“数”より“質”。高速重装甲戦艦を段階的に新造、既存戦艦は可能な限り近代化。
3.優先度C:巡洋艦・駆逐艦・対空火器の大量整備(巡洋艦20隻、駆逐艦60隻規模を目標に設計を標準化)。
4.潜水艦は中長期で増勢(目標60隻)。
5.補給艦・造修船等の支援艦は必須。最低30隻規模の整備計画を同時進行。
6.航空機産業の海軍主導育成と搭乗員養成計画を直ちに立案する。
7.予算・造船能力の限界を踏まえた年度別実行計画を藤原・井上が90日以内に提示する。
高木「これで方針は決まった。だが覚えておけ——計画は紙に書くだけで勝てるものではない。訓練、整備、資源、外交、そして運用思想の革新。全てが噛み合って初めて艦隊は“戦う力”を持つ。各自、反論があれば書面で出すが、現実を直視して動け。」
会議室の空気が一瞬張り詰める。窓外に雪がちらつき、冷たい冬の光が長机を斜めに走った。
村田(小さく)「一つ付言させてください。艦を造る我々と、その艦で戦う若者たちの‘心構え’も作りましょう。機材だけでは勝てません。」
高木はゆっくりと頷き、そして机上の書類に印をつけた。決定はなされた。だがその裏には、数百に及ぶ設計図、工員の汗、そして未来の海で散るかもしれぬ命が積み上がっていくのだった。
会議終了時刻、壁掛けの古い時計が一回、二回と針を鳴らす。誰も声を出さず、各自が重い思いを抱えて席を立った。