2 ラスボスの一人と戦いました
俺はマーリンの元で魔法の才能を伸ばしていく。
魔法は大まかに分けて、火、水、風、土、光、闇の六属性に分かれる。大体の人間は得意な一属性しか使えず、本職の魔法使いでも二種か三種が限界だろう。
しかし、天才ノエル・マクスウェルは10歳にして六属性すべての魔法を操ることができる。おまけに魔力総量はマーリンを遥かに凌ぐ規格外。魔法に関しては、正に100年に一人の天才と言っていいだろう。
マーリンは俺に様々な修行を課した。
遠くの的を岩の魔法で狙う修行や、魔法を使って右手と左手で温水と冷水を作り出し続ける修行などだ。
中にはすぐには意図が読めないものもあったが、そんな時はマーリンは、「この訓練は~~~という目的の元で行うのです」と丁寧に言ってくれた。前はそんなことはなかったのだが……。
また、実践的な訓練もマーリンは多く取り入れた。
「ノエル様。きっと今のあなたに勝てる者は王国内でも十指いるかどうかでしょう。あなたは天才です。100年に一人の才能をお持ちだ。故に私はあなたを只の神童にはしたくない」
「ただの神童ではいけないのか?」
「神童とは子供の頃に才能が枯れてしまった者のことです。ノエル様、あなたは今感覚で行っている魔力操作を理論で行えるようにならなければいけない。魔法式の正確さ―――注ぎ込む魔力の量―――属性の配分―――発動後の魔法の挙動。これらを完璧に制御できれば、きっとあなたは歴史上最高の魔法使いになれる」
「隕石でもおとせるかな?」
「それは無理かもしれませんが」
「なら、歴史上二位だな」
「それはどういう―――?」
「いや、気にするな」
―――1年後。俺は11歳になった。
俺とマーリンは見渡す限り緑が続く平原にいた。
マクスウェル領でモンスターが大発生したとの情報が入り、俺とマーリンは現場に駆け付けたのだ。
実際大発生は起こっており、それを前にしたマーリンがとった手段がメテオだった。
空から巨大な隕石が幾つも飛来し、草原にたむろするモンスターたちを消し炭にしていく光景を俺とマーリンは眺める。
「我ながら信じられぬ光景です。まさかわたしが古文書に伝わる伝説の魔法メテオを使うことができるとは……」
「できたじゃないか」
『魔剣大戦ギルティブレイド』では、レベルアップには敵を倒す他に授業を受けるという選択肢があった。マクスウェル家から去った原作マーリンは主人公の通う学園の教師として働くのだが、彼の授業を受けるとどういう理屈か経験値を得ることができたのだ。
それに合わせて、授業を行ったマーリンの方にも多大な経験値が入っていく。
先に述べたようにマーリンの足は鈍足で戦闘では経験値を稼ぎ辛いため、この授業で経験値を稼ぐ方法が主流だった。
この1年間、マーリンは俺につきっきりで授業を行っていた。
原作ゲームと同じように彼に経験値が入ってきていてもおかしくはない。
恐らくレベル30をこえ、メテオを習得する条件を満たしたのだろう。
これは嬉しい誤算だった。
「………ノエル様は何度もわたしに仰いましたね。お前の全盛期はこれからだと。しかし私はそんな言葉こっれっぽっちも信じてはいなかった。ですが―――」
「信じるしかないよなぁ?」
「はい。……ノエル様。私は生い先短い老いぼれです。ですが私の全盛期はこれからやってきます。このマーリン。命を燃やし尽くして、最後の瞬間までノエル様に仕える所存であります」
そしてマーリンは俺の忠実な部下となった。
………これならば、あの計画を実行できるだろう。
■
―――更に1年後。俺は12歳になった。
「さて、と。この本か」
俺はマクスウェル家の書庫にある一冊の古びた本を手に取る。題名も無ければ、中に文字すら書いていない。そんな本に対して俺は魔力を浸透させていく。
やがて本が光輝き、俺を飲み込んだ。
―――そこは大書庫だった。
マクスウェル家の書庫よりも遥かに大きい3階建ての建物。本棚には所狭しと本が並んでいる。古今東西の名書と奇書たちがそこにあった。
その一階。
俺の眼前のソファで、凄絶なまでに美しい女が本を読んでいた。
髪の色は白銀。瞳の色は緋色。こめかみから一対の黄金の角が生えている。白いぶかぶかのローブを羽織っており、そのローブの下からは竜のような尾がちらちらと揺れていた。明らかにただの人ではない。
女は本を閉じ俺の方を見る。緋色の瞳が興味深げに俺を射抜いた。
「―――おや。呼んだ覚えのない客がいるね」
俺は唾を飲み込み、唇を開いた。流石の俺でも少し緊張している。
「半精霊アウロラだな」
「いかにも。ボクが半精霊アウロラだよ。よくボクのことを知っているね坊や」
知っているとも。
ゲームの世界とはいえ、何度もお前に殺されたからな。
彼女の名前は半精霊アウロラ。
物語のカギを握るキャラであり、ルートによってはラスボスを務める存在である。
ちなみに俺の死因の一つでもある。
盗賊を追われた俺は実家から盗み出したこの本の世界に迷い込み、そこで無礼を働きアストラに殺される、という流れだ。
勿論俺はそんな愚は起こさない。
俺は自身満々に告げる。
「俺の望みはただ一つ。お前が住まうこの次元の狭間の世界を寄越せ」
「なんと無礼な!」
あれ?
……しまったな。俺の口はたまに悪役モードになるんだが、それが最悪のタイミングで起こったようだ。
「ま、待て。今のは少し言い間違えた。俺はお前と交渉しに来たんだ」
「交渉?」
「これを見ろ」
おれは背中から一本の剣をとりだす。
美麗な装飾が施された白銀の剣だ。その銘は魔剣氷竜。
先日俺は父から正式に魔剣魔剣氷竜を受け継いだ。
マクスウェル家に伝わる伝説の魔剣にして―――。
「……母さん……!!」
アウロラの母親だった。
■
千年前に滅んだ大国イストラは100の魔剣を創り出し、その力をもって大陸を支配した。イストラは遥か昔に滅び魔剣の製法は完全に失伝している。
故に、現代に生きる人間は誰も知らないのだ。
魔剣の中に生きた精霊が閉じこめられていることを。
精霊とはこの世界に生きる種族の一つだ。
その身体は魔力で構成されており、寿命はなく、人間よりも遥かに強力な魔法を操ることができる。違う大陸では神や天使とも呼ばれる存在である。
古来よりこの大陸グルシアに住む人間は精霊を崇め奉りながら、時には力を借りて共生してきた。
そのバランスを崩したのが大国イストラだ。
イストラは精霊の持つ力に目をつけ、剣の中に精霊を閉じ込めて魔剣と成した。
当然同胞たちを捕らえられた精霊は激怒した。怒った精霊たちとの争いがイストラ崩壊の原因の一つである。それ以降、この大陸グルシアは精霊に見捨てられた土地となった。………人間たちの殆どはこの事実を知る由もないが。
そして、この大書庫の番人・半精霊アウロラは精霊と人間のハーフと言う世にも珍しい存在である。
「ふふふふ………、そうだ。忘れもしないだろう。お前の母、氷竜の魔剣だ。お前の母の魂もしっかりと中に囚われたままさ。これで俺が言いたいことが分かるだろう?」
「あぁ、そうか。わかったよ(母さんを人質にする気なんだね)」
「分かってくれて嬉しいよ、アウロラ(やっぱり言葉って素敵だ)」
「お前の言うとおりにする――――なんて言うと思ったか! 死ね!」
瞬間、俺のいた場所に火柱が立ち上った。
「うわあああ!?」
俺は咄嗟にそれを回避する。
「母さんは言っていた。もし魔剣に封じ込まられた私と出会ってもその私はとうに死んでいるもののと心得よ、と! 己が斬られるくらいなら、私が眠る魔剣ごとを母を叩き折ってしまえ、と! 今こそ母さんとの約束を果たすときだ!」
「待て待て早まるな!」
そして俺はニヤリと笑う。
「……ふふ、お前はかつての傷で本当の力を発揮することはできないのだろう? 知っているぞ!」
「なんという悪人の笑み! きみはやはり生かしてはおけない! きみ如きを葬り去るくらいなら、全盛期の半分の力で十分だよ!」
バキバキバキと世界が砕ける音がした。
大書庫が次元の彼方に消えていく。
「ば、馬鹿な―――!?」
顕れたのは黒一色の世界。黒、黒、黒。
傷1つない闇よりも濃い黒の大地。地平線すら見えはしない。スケール感の馬鹿げた光景がどこまでも広がっている。
ここは次元の狭間。
半精霊アウロラが生み出した世界。
例え千年前の傷が原因で力の大部分を失っていようが、その力は人間とは比べ物にならない。
アウロラの周りに6つの花弁が咲く。
それは、火、水、風、土、光、闇の六属性を示していた。
これがアウロラの能力。
花弁と同じ属性で攻撃し、花弁を破壊しなければ本体のアウロラにはダメージを与えられない。ゲームでは物理一辺倒しか育てていなかったプレイヤーを絶望のどん底に叩き落としたアストラの『全属性の花弁盾』だ。
とはいえ、
「やっぱり俺は天才なんだな」
世界が瞬いた。
「ファイアボール、アクアエレクトアロー、ウィンドカッター、アースショット、ライト、ダーク……」
赤、青、緑、黄、白、紫……、黒一色の次元の狭間に鮮やかな色が足されていく。それは俺の魔法の行使の結果だ。
俺が発動した多種多様な魔法は、アウロラの『全属性の花弁盾』に飛来し、その花弁を粉みじんに破壊する。
「まだだ―――! もう一度展開して―――」
「いいや、ここまでだ」
「なに!? 花弁が凍っていく!?(なんて魔力!なんて魔法の正確さ!)」
俺の魔法によって、『全属性の花弁盾』は凍りつく。
「く、それでも!」
アストラはそれでも闘志を失わない。
「だから待てって! この魔剣をよく見ろ!」
「なに!? だからそれは母が封印された魔剣で―――え?」
アストラの瞳が大きく見開かれた。
「封印が、とけかかっている?」
「あぁ、マーリンの指導の下俺が封印の解除を試みた。生憎イストラが施した封印は頑強で全てを俺だけで解くことはできなかったが。だが、そこまで緩めば後はお前一人でもいけるだろう」
「か、かあさんに会えるの?」
「あぁ。ちゃんと生きた氷竜とな」
俺はゆっくりと彼女に近づき、魔剣氷を竜手渡す。彼女は剣を愛おしそうに撫でた。
そして、その瞳から涙がこぼれる。
嗚咽はだんだんと大きくなり―――。
「う、うあわああ……うわあああああああああああんん!!!」
まるで幼子のように彼女は泣いたのだった。