1 歩く死亡フラグに転生しました
「あ―――」
と俺呆けた声を出した。
「ここ、『魔剣大戦ギルティブレイド』の世界だ」
唐突に思い出した。
『魔剣大戦ギルティブレイド』とは日本でも屈指の売り上げを誇るSRPGだ。人気絵師による美麗なキャラクター、自由度の高い育成要素、 そして5つのメインシナリオから派生する膨大な数のルートにより絶大な人気を博した。
そんなゲームの世界に俺は転生したようだ。
まさか、あの憧れのゲームの世界に転生できるなんて……という興奮もかくや、俺の頬には冷や汗が流れる。
待て―――。
俺の………名前は。
「おい、俺の名前を言ってみろ」
日本で一番有名な主人公の兄のようなセリフを俺は傍に座っていたメイドにいう。
「は、はい? の、ノエル坊ちゃま、どうされました?」
「の、ノエル……。やっぱりそれが俺のなんだな……!?」
頭の中に次々と浮かんでくる原作ゲームの知識と俺がこれまで生きてきた10年間の記憶が次第に整理されていく。
そうだ……。
俺の名前はノエル・マクスウェル。
『魔剣大戦』におけるノエルのゲームでの役割は序盤のボスだ。
チュートリアルを終え、システムにも少し慣れてきたころに出てくる最初のボス。
……なのだが、こいつは弱い。まぁ、弱い。
その弱さには大きくわけて2つの理由がある。
―――まずは魔法の弱さ。
少年時代は天才ともて生やされていたが、ゲームで戦う17歳のノエルは修行をすっかりやめてしまい、使う魔法は初級レベルばかり。
おまけに使う魔法の内容も命中率を低下させたり、移動を制限したりする補助魔法ばかりだ。まぁ、そんな魔法でもマップでノエルにたどり着くまでに喰らえば中々面倒だろう。
しかし、ノエルを目の前にして、移動を制限されたからなんだというのだ。こちらはもう攻撃の届く隣のマスにいるというのに。
―――そしてノエルが弱い理由の2つ目は、律儀に1ターン1回行動をしてくることだ。
先に述べたように『魔剣大戦ギルティブレイド』はSRPGであり、自軍ユニットをマップのマスに合わせて動かしていく。
最終的には相手のユニットはほとんど壊滅させ、敵ボスユニットを集団でボコるのがこのゲームの基本的な流れなのだが―――普通に考えれば敵ボスユニットが圧倒的に不利である。
こっちは複数人だ。
なので敵ボスユニットはそのステータスが一般兵と比べ物にならないくらい強かったり、他のやつの2倍くらい多めにターンが回ってきたり、その攻撃が全て範囲攻撃になっていたりするのだ。
しかし。
ノエルには何もない。
その後のボスたちのようなチートには頼らず、そこらの一般兵と同じようなステータスで戦う。
勝てるわけがない。当然、ノエルは敗北する。
ノエルの真の受難が始まるのはここからだ。
『魔剣大戦ギルティブレイド』には大まかに5つのルートがあり、更にそこから仲間にしたキャラクターや選択肢などで、物語は枝分かれしていく。
そしてノエルの生存ルートはただの一つもなし。
歩く死亡フラグ。死神に愛された男。
それがノエル・マクスウェルなのだ。
当然、俺は死にたくない。
「くそが!!」
「ひ。ひいい……!」
俺の怒号に傍らにいたメイドが恐怖のあまり涙を流す。
涙を見て、途端に熱が冷める。怒って事態が良くなるわけじゃないしな。
「………今は別にお前に行ったわけじゃない。すまなかった」
「えっ! 坊ちゃんが自ら謝罪を!?」
たかがお礼一つで大げさな奴だ。
と、考えると、そこにノエルがあのメイドにやってきた数多の所業がフラッシュバックする。すぐに癇癪を起こし、メイドを打つ光景―――。
そうだ。
記憶が戻る直前も、俺はこのメイドを折檻していたのだ。
出されたクッキーが不味いなんてメイドにはどうしもない理由で……。
俺は本当にロクでもない奴だったんだな。
「その、今まですまなかった」
「えっ!? えっ!? これは一大事です! 執事長! 執事長!!」
メイドは素っ頓狂な声を上げ、部屋のドアを抜けていった。
………どれだけ驚いているんだ。
だが、幸いに俺は今一人になれたのだ。
まずは自室に戻って、現状の諸々を確認し、今後の計画を立てておきたい。
部屋に戻った俺はまず鏡を見る。
そこには10歳ほどの整った顔立ちのクソガキが移っていた。
艶やかな黒髪、長い睫毛に縁どられた瞳は琥珀色に煌めいている。
我ながら凄い美少年だ。
しかし、俺がこいつをクソガキといったのには理由がある。
表情だ。
人の性格は表情に出るという。俺はその説を100%信じている訳ではないが、このノエルに関しては、間違いなくそうだろう。
人を小ばかにしたような瞳、今にも嘲りの台詞が飛んできそうなへの口に曲がった唇。この極上の素材をここまで残念に料理できるのかと思うくらい、その顔からは性格の悪さがにじみ出ていた。
これが今の俺、ノエル・マクスウェル10歳なのだ。
次いで俺は、俺自身について考えていく。
―――俺は一体何者か……。
別に中二病ではない。切実な問題である。
俺はこの世界がゲームだという確固たる知識がある。
別の世界の日本人として過ごした記憶もある。
しかし、どうしたことがその日本人としての記憶は、『魔剣大戦ギルティクラウン』以外の知識は大分おぼろげだった。
印象深かったアニメや漫画のことは覚えているが、この記憶の主のパーソナルな部分に関しては名前すら出てこない。俺に知識だけを分け与えてくれたようだ。
ならば俺は12歳のノエル・マクスウェルなのだろうか。
それが一番近い気もするが、正解ではないだろう。何故ならきっと本来の10歳のノエルなら、こんな状況に置かれたら泣きわめくか、癇癪を起す筈だ。
プライドは高いくせに撃たれ弱い、それが10歳のノエル・マクスウェルだ。
きっと、成人を迎えていた日本人男性の精神が俺に冷静さを与えているのだろう。
今の俺は10歳のノエルを核としながらも、そこにかつて日本で生きた男の知識や精神を付け加えた―――ということか。
自分の今の状況は理解した。
次は自分の未来についてだ。
「このままだと俺は死ぬ―――」
ノエル・マクスウェルは正に歩く死亡フラグ。
あらゆるルートで悲惨な結末を迎える死神に愛された男。
だが、俺はそんな未来を認めない。
原作知識・己の才能―――周りの全てを利用して、俺は俺の平穏を掴みとってやる。
■
―――俺こと、ノエル・マクスウェルは天才だ。
誰よりも魔法の才能に溢れ、勉学面でも一を知れば十を学ぶ。
だから原作ノエルは奢り高ぶり………、そしてその後に待っていた挫折に耐え切れなかった。
この世界には魔剣と呼ばれる存在がある。
千年前に隆盛を誇った魔剣大国イストラが生み出した100本の魔剣。
それは持ち主に絶大な力を与える。
イストラは千年前に滅んでいるが、かの国が生み出した魔剣は世界に散らばり、今でも各国で使われてる。魔剣の保有数が国の軍事力に直結するとさえ言われている程だ。
そんな魔剣だが誰でも使える訳ではない。
適合者と呼ばれる魔剣に選ばれた者だけが魔剣を使える。
適合者の子供からは適合者が生まれやすく、適合者の殆どは貴族となっている。適合者が戦場で武勲を建て貴族となったり、貴族が適合者の血筋を取り込んだりと、違いはあるがな。
そして俺の生まれたマクスウェル家は『氷竜』の紋章を代々受け継ぐ貴族だ。
しかし、ノエルには『氷竜』の紋章が発現しなかった。遅くとも13歳には手の甲に出る紋章が、浮かび出ることはなかったのだ。
これまで魔法の天才として持ち上げられていたノエルはそれまでとのギャップに苦しみ、実家に居場所がなくなる。
ノエルを持ち上げていた取り巻きも掌を返したし、日頃の態度が最悪だったから彼の味方になってくれる者はいなかった。
その境遇には同情できる部分もあるが、やっぱり自業自得だな。
そして素行が更に悪くなったノエルは、『氷竜』の紋章を持つ者を養子として迎え入れたこともあり、遂にマクスウェル家を追放される。その後は、盗賊にまで身をやつし、ボスキャラとして主人公の前に立ちはだかることになる。
「坊ちゃま! 坊ちゃま! 大丈夫ですか!」
部屋をノックする音が聞こえる。
執事長のセバスチャンだろう。
部屋に引っ込んだ俺を心配したのだろう。
「あぁ、俺は平気だ」
俺は部屋を開け、言った。
「も、申し訳ありません。その……お加減はいかかでしょうか?」
「悪くはない。ところで、俺の魔法の師であるマーリン先生はいるか?」
「はぁ……。自室にいらっしゃるかと」
「そうか。分かった」
俺は部屋を出て、セバスチャンの傍らを抜ける。
「坊ちゃま、どこへ!」
「決まっている! マーリン先生に稽古をつけてもらうんだよ!」
「なっ! あの坊ちゃまが自ら稽古を!?」
「おかしいか?」
「まさか! このセバスチャン! 感激のあまり泣きそうです!」
大げさな……。
マーリンはマクスウェル家に住み込みで働いている老魔法使いだ。若い頃は冒険者として名を馳せ、宮廷魔法使いとして国に仕えたこともあるという。
そんな偉大な存在に対して俺は―――。
『ははは! 老いぼれが! こんな子供に魔力総量で負けて恥ずかしくないのか! お前の60年は本当に無駄だったようだなぁ!』
なんて昨日吐き捨てたのだ。
原作ではこの件がきっかけとなり、マーリンはこのマクスウェル家を去る。
師のいなくなったノエルは以降、魔法の修行を辞めてしまい、誰よりも優れていた筈の魔法の才を完全に腐らせてしまうことになる。勿論俺はそんな勿体ないことはしない。
「おや、ノエル様。こんな老いぼれになんの御用でしょうか」
マーリンの部屋に行くと荷造りの最中だった。
あ、あぶねぇ。
しかし、ギリギリ彼の出立には間に合ったようだ。
「俺に稽古をつけてくれないか?」
深く皺の刻まれたマーリンの瞼がぴくりと動いた。
「この老いぼれから習うことなどはないのではないですか? 他ならぬノエル様がそうおっしゃられたのでしょう?」
完全に怒っている。それはそうだ。
彼は数十年に渡って魔法の探求を続けた男。そこに誇りと自負を持っている。
確かに生まれ持った魔力総量は俺の方が遥かに上だろうが、魔法についての知識と技術はまだまだマーリンの足元にも及ばない。
「俺が間違っていた。これまでの非礼は詫びよう」
「なっ……!? いえ、口では何とでも言えます。魔法使いはその魔法によって己の心の内を示さねばならない」
「どうすればいい?」
マーリンは部屋の隅から小さな器を取り出し、そこに魔法の水で満たした。
「この水は魔力に反応して輝く特殊な水です。今から明日の朝までこの水に魔力を通し続けなさい。一瞬でも魔力を通すのやめてはいけません。さすればこの水は虹色に輝くでしょう」
「わかった」
「………一気に大量の魔力を通してズルをしようなどとは考えなさるな。大量の魔力を通せば、この水はたちまち黒く濁ります」
「そんなこと考えないさ」
「それでは私は一旦部屋の中に失礼します」
そう言って、マーリンは俺を部屋から追い出し自室に引っ込んだ。なるほど、マーリンは俺を試しているのだろう。
この修行は確かかつてのノエルが地味で楽しくないと言って器をぶちまけたヤツだ。しかし、今の俺には命がかかっている。数多の死亡フラグを圧し折るためならどんな修行もやってやる。
俺はマーリンの自室の前で器の中の水に魔力を通し始める。
僅かに水に色がついた気がする。
………なるほど、確かにこれは良い修行になるな。
魔法と言うのは只やたらに魔力を籠めればいいという訳ではない。
適切な魔法式を構築し、適切な魔力を籠めれば、魔法の効果は何倍にも大きくなる。
この水の色を虹色に輝かせるには、高い集中力を長時間保つ必要がある。そんなことを考えながら、俺はマーリンに課された修行をこなしていく。
途中セバスチャンやメイドのアリッサが心配して駆け寄ってきたが、生憎俺の両手は魔力を水に通すことに精一杯だ。2人に手伝ってもらいサンドイッチを口に運んでもらった。そして夜は日は落ちて、夜が更けていく―――。
■
(―――流石に大人げなかったか)
次の日の朝。
陽光で目を覚ましたマーリンはベットの上でそんなことを独り言ちる。
『老いぼれが!』
所詮は子どものたわ言の筈だ。
しかし、マーリンは彼のその言葉に大きなショックを受けていた。
それは、ノエルの言葉をマーリンが否定できなかったからだ。
『お前の60年は本当に無駄だったようだなぁ!』
冒険者として名を馳せたのも、宮廷魔法使いとして尊敬を集めたのも、今は昔。
彼の魔力総量は加齢と共に急速に衰えている。これまでの知識と技術こそ錆びついてはいないが、それもいつまで持つか―――。
一日ごとに老いていく己を見つめるのが怖かった。
それをノエルの言葉によって突き付けられた。
10歳の子供にすら魔力総量で負けた自分が、ただただ不甲斐なかった。
(流石にいる訳がない……)
マーリンは自室のドアを見る。正確には外の廊下の景色を想像する。
あの授業法は確かに地味だ。魔法学園の若い者でも面倒くさがって逃げる者もいる。やはり自分はもう時代に取り残された古い人間なのだろう。
(しかし、あれを一晩もさせるなど、やはり大人げなかったな―――)
マーリンはマクスウェル家の当主に辞表を出しにいこうと決心する。ノエルと言う不出生の天才を指導する器ではやはり自分はなかったのだ。
そしてマーリンがドアを開けると―――。
■
俺はドアの空く音が聞こえ、顔を上げた。
マーリンが目を大きく見開いて俺を見ていた。
「な、ノエル様!」
「おぉ、マーリン。見ろ! 虹色だ。美しいな。目に見えて自分の努力が形になるとうのは良い」
器の中の水は虹色に輝いている。
「どうして―――」
マーリンの唇はわなわな震えていた。
「お前がこの修行を課したのだろう?」
「そうですが……。ノエル様、あなた様の言う様に私はただの老いぼれです。それでもあなたは私が良いのですか?」
「老いぼれ? 馬鹿を言うな。お前はこれからが全盛期だろう。俺は知っている」
マリーンという男は『魔剣大戦ギルティブレイド』でもユニットの一つだった。
それもとてつもないチートユニットである。
確かに他のユニット程能力の伸びはよくない。覚える魔法は強力だが、足の遅さ故に周りのユニットの行軍速度についていけず、レベルも中々上がりにくい。
それでも頑張って彼のレベルを上げると、中盤以降彼の評価は一転する。彼が覚える最上級魔法メテオはその威力、射程もさることながら敵の複数ユニットを巻き込んで攻撃することができ、圧倒的な殲滅力を誇る。
彼は『魔剣大戦ギルティブレイド』最強の大器晩成キャラなのだ。
「俺は他でもないお前に俺の師になって欲しいのだ」
「………っ! このマーリン。もてる魔法の知識と技術の全てをノエル様にお伝えすることを約束します!」
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