水沢しずく9
しずくは書店の自動ドアをくぐり、サイン会会場に足を踏み入れた。
空気は熱気とファンのざわめきで満たされ、つぼみのポスターが壁を飾っていた。
長蛇の列が、書店の奥まで続き、若い女性や学生たちが興奮した声で話していた。
しずくはバッグの中でフォトブックを握りしめ、列の最後尾に並んだ。
心臓が早鐘を打ち、手のひらに汗が滲んだ。
彼女は自分に言い聞かせた。
「私は変わった。もう怖くない。」
だが、胸の奥で微かな不安が蠢いた。
列が進むにつれ、つぼみの声が遠くから聞こえてきた。
「ありがとう、来てくれて!」。
その明るい声が、会場に響き、ファンの歓声が重なった。
しずくの緊張が高まり、膝がわずかに震えた。
彼女は、3日間の闇を思い出した。
先輩の幻影が囁き、彼女を縛ったあの時間。
だが、彩花の笑顔、あかねの励まし、医師の穏やかな声が、彼女を支えた。
しずくは深呼吸し、列の先を見つめた。
つぼみのポスターが、風に揺れ、笑顔が彼女を見下ろしているようだった。
「ねえ、つぼみ、めっちゃ綺麗だよね!」。
隣の若い女性が、友人に興奮気味に話しかけた。
しずくは視線を落とし、フォトブックを握る手に力を込めた。
つぼみの笑顔は、大学時代の輝く先輩そのものだった。
サークルでの優しい言葉、褒めてくれた温もり。
だが、その笑顔が幻影となり、しずくを闇に沈めた。
彼女は、治療で築いた自信を思い出した。
彩花の「しずくならできる」という声が、頭の中で響いた。
彼女は列の動きに合わせ、ゆっくりと前へ進んだ。
会場のにぎわいが、しずくの心を揺さぶった。
ファンが手に持つポスターやフォトブックが、つぼみの存在を際立たせた。
しずくは、自分の決意を再確認した。
「私は過去を越える。」
その言葉が、彼女の心に力を与えた。
列の先には、つぼみが待っていた。
彼女の笑顔が、遠くで光っているように見えた。
しずくは、緊張を抑え、次の瞬間を待った。
フォトブックを握る手が、わずかに震えたが、彼女は一歩を踏み出した。




