水沢しずく8
しずくはアパートの小さな机で、ノートパソコンを開いた。
治療と彩花やあかねたちの支えで、彼女の心は軽くなっていた。
部屋は片付き、壁のシミの跡も直され、過去の重さは薄れていた。
彼女はあかねの依頼で新しいクライアントの仕事を始め、以前の自分を取り戻していることを感じていた。
だが、ある夜、ネットを何気なく見ていると、画面に飛び込んできた情報が彼女の心を揺さぶった。
セクシー女優を引退して現在はタレント活動をしているつぼみが、フォトブックを発売するという。
近所の書店でサイン会が開催される、と記事は伝えていた。
しずくの指がマウスを握りしめ、画面に映るつぼみの笑顔を見つめた。
その笑顔は、大学時代の輝く先輩そのものだった。
だが、同時に、3日間の闇で彼女を縛った幻影の笑顔と重なった。
「しずく、私を忘れるなんて…」
その声が、頭の奥で一瞬よみがえった。彼女は目を閉じ、深呼吸した。治療で幻影は消えたはずだった。彩花の笑顔、あかねの励まし、医師の穏やかな声が、彼女を支えてきた。だが、つぼみの存在は、過去の傷を抉るように心をざわつかせた。
「しずく、大丈夫? なんか顔色悪いよ。」。
あかねの声に、しずくはハッと顔を上げた。
あかねは仕事の打ち合わせでアパートを訪れ、コーヒーを淹れながらしずくを見ていた。
彼女のショートカットの髪が、夕陽に照らされて赤く輝いた。
「うん、ただ…この記事見てて。」
しずくは画面を指さした。あかねは画面を覗き込み、
「へえ、つぼみ…。そんなに似てるんだ、例の先輩に。」
と軽く言った。だが、しずくの硬い表情に気づき、眉をひそめた。
「しずく、なんか変な感じ? 話してみなよ。」。
しずくは唇を噛み、言葉を探した。
「この人にそっくりな…私の先輩、昔、すごく憧れてた。」
彼女の声は震え、あかねは静かに頷いた。
「そっか。つらいこと思い出したんだね。でも、しずく、今は違うよ。あの時とは違う。」
あかねの言葉が、しずくの心に響いた。彼女は、治療で築いた強さを思い出した。
「私はもう大丈夫だ。」
その言葉を自分に言い聞かせ、彼女は決意した。つぼみに会えば、過去を完全に断ち切れると信じた。
翌日、しずくは書店へ向かい、つぼみのフォトブックを購入した。表紙のつぼみは、輝く笑顔でカメラを見つめていた。
しずくはページをめくり、彼女の華やかな姿に目を奪われた。
だが、同時に、胸の奥で冷たい感覚が広がった。
フォトブックのサイン会チケットを手に、彼女は心臓の高鳴りを感じた。
彩花に電話で話すと、
「しずく、行ってきなよ。絶対大丈夫だよ。」
と励まされた。彩花の明るい声が、しずくの決意を後押しした。
彼女は、過去の影を振り払うため、サイン会へ行くことを決めた。




