水沢しずく7
しずくは精神科クリニックへの通院を続けた。
数ヶ月が過ぎ、診察室の白い壁や医師の穏やかな声は、彼女にとって安全な場所になっていた。
窓から差し込む日差しが、診察室の花の絵を柔らかく照らし、しずくの心を落ち着けた。
彼女のノートには、目標が積み重なっていた。
「笑うこと」「彩花と話すこと」「仕事に戻ること」。
その一文一文が、彼女の回復を刻んでいた。
だが、先輩の幻影はまだ微かに頭の片隅で囁いていた。
「しずく、私を忘れるなんて…」
その声は、治療の光に押され、ほとんど聞こえないほど弱まっていた。
しずくは医師の言葉を思い出した。
「焦らなくていい。少しずつ進んでいるよ。」
その言葉が、彼女の心に希望を灯した。
「しずくさん、最近どう? 声はまだ聞こえる?」。
医師の質問に、しずくは少し考えて答えた。
「聞こえるけど…前ほどじゃない。遠くで、かすかに…」
彼女の声は穏やかで、以前の震えは消えていた。
医師は微笑み、カルテにメモを取った。
「それは大きな進歩だよ。薬も効いてるみたいだね。」
しずくは頷き、胸のざわめきが静まるのを感じた。
治療を始めてから、幻影の声は薄れ、夜中の囁きも夢の中の姿もほとんど現れなくなった。
彼女は、自分の心が軽くなるのを実感した。
診察室を出ると、待合室で彩花が手を振った。
「しずく、今日も元気そう!」
その笑顔が、しずくの心をさらに温めた。
クリニックの後、しずくと彩花はいつものカフェへ向かった。
窓際の席で、コーヒーの香りが漂う中、彩花が冗談を言い、しずくは心から笑った。
「私、変わったよね?」
しずくが尋ねると、彩花は目を輝かせた。
「うん、輝いてるよ! なんか、別人みたい。」
彩花の言葉に、しずくは涙ぐんだ。
彼女は、孤独だった自分を思い出した。
大学時代、先輩に憧れ、彼女の笑顔に救われていた。
でも今は、彩花やあかね、絵里たちの存在が、温もりをくれる。
しずくは、自分の変化を誇りに思った。カフェの窓から見える街の喧騒が、彼女に新しい世界を感じさせた。
幻影の声は完全に消え、部屋は静かだった。
窓を開けると、夜風が部屋を満たし、過去の重さが消えた。
しずくは鏡に映る自分に微笑んだ。「私は自由だ。」その言葉が、心の中で響いた。
治療と仲間が、彼女に新しい自分を与えた。
彼女は、未来への一歩を踏み出した。




