水沢しずく3
警察がアパートのドアをこじ開けると、薄暗い部屋に湿った空気が漂った。
しずくは部屋の中央、床に座り込み、膝を抱えていた。
彼女の目は虚ろで、頬はこけ、唇は乾き、乱れた髪が顔に張り付いていた。
「水沢さん、大丈夫ですか?」
警官の声が響いたが、彼女の耳には届かなかった。
頭の中で、先輩の幻影が囁く。
「離れないよ、しずく…」
その声は、冷たく甘く、現実の声を掻き消した。
警官の一人がしずくの肩に触れ、彼女は小さく震えたが、反応はなかった。
部屋の空気は重く、カビと埃の匂いが充満していた。
シンクに積まれた皿、開け放たれた冷蔵庫、そして散乱したアダルトアイテムが、しずくの3日間の混乱を物語っていた。
あかねは警官の後ろで立ち尽くし、しずくの姿に息を呑んだ。
彼女の目は、かつての明るい光を失い、まるで別の世界を見ているようだった。
警官が無線で救急車を呼び、あかねは一歩近づいた。
「しずく、聞こえる?」
あかねの声は震え、彼女の名を繰り返した。
救急車が到着し、しずくは担架で運ばれた。
彼女の体は軽く、まるで魂が抜けたかのようだった。
病院の廊下は消毒液の匂いで満たされ、白い壁が冷たく光った。
しずくはベッドに横たわり、点滴の針が腕に刺さった。
彼女の目は天井のシミを見つめ、時折、先輩の笑顔が視界の端でちらついた。
「しずく、私から逃げられないよ。」
幻影の声が、頭の中で反響した。
看護師がカーテンを開け、窓から差し込む光が彼女の顔を照らしたが、彼女の心はまだ闇に閉ざされていた。医師が穏やかに話しかけた。
「水沢さん、少しずつでいいから、話してみて。」
だが、彼女の唇は動かなかった。
あかねが病室を訪れ、ベッドのそばに立った。
「大丈夫だよ、しずく。私たちがいるから。」
その言葉は、彼女の心に小さな波紋を広げた。
だが、幻影の声がまだ響き、あかねの声を掻き消した。
しずくの目から一筋の涙が流れ、頬を伝った。
彼女は、あかねの顔を見ようとしたが、視界はぼやけ、先輩の笑顔が重なった。
病院の機械音が、彼女の心臓の鼓動と重なり、不気味なリズムを刻んだ。
彼女は、現実と幻影の境界が揺らぐのを感じた。
医師はしずくの状態を観察し、カルテにメモを取った。
「重度の疲労と栄養失調、精神的なストレスが強い。しばらく入院が必要です。」
あかねは医師に頭を下げ、
「しずくを助けてください」
と呟いた。あかねの心には、しずくの笑顔を取り戻したいという思いが溢れていた。
しずくはベッドで目を閉じ、幻影の声が遠ざかるのを待った。
だが、闇はまだ彼女を離さなかった。
窓の外では、雨が再び降り始め、ガラスを叩く音が彼女の意識に響いた。




