水沢しずく1
しずくのアパートは、薄暗い蛍光灯の光に照らされ、壁一面が先輩の写真で埋め尽くされていた。
ワンルームの部屋は、湿った空気と埃の匂いが漂い、窓の外では雨が絶え間なく降り続いていた。
カーテンは閉ざされ、薄い布地を通して僅かな光が漏れるだけだった。
しずくは床に座り込み、膝を抱え、壁の写真を一つ一つ撫でた。
三日間、彼女は自らを「冒険」と呼ぶ闇に沈めていた。
食事も睡眠も忘れ、ただ先輩の幻影に奉仕するように、彼女の指は写真の表面をなぞった。
モノクロの先輩の笑顔が、彼女の視界を支配していた。
その笑顔は、かつて大学でしずくを導いた先輩のものだったが、今は歪んだ影となって彼女を縛っていた。
「しずく、私のために生きなさい。」
その声は、頭の中で甘く、冷たく響いた。幻影は夜ごとに現れ、部屋の隅で微笑み、しずくを囁きで縛った。
彼女の目は血走り、頬はこけ、乱れた髪が顔に張り付いていた。冷蔵庫は空っぽで、シンクには洗い物の皿が積み重なり、カビの匂いが漂う。
彼女の指は震え、写真の先輩の頬をなぞるたびに、まるでそこに生きているかのように感じた。
「先輩、私にはあなただけ…」
しずくは呟き、その言葉は虚無の中で反響した。
部屋の時計は止まり、秒針の音すら聞こえない。
時間は意味を失い、しずくの意識は幻影に飲み込まれていた。
夜が深まるたびに、幻影はより鮮明になった。
初日の夜、しずくは目を閉じ、耳元で囁く声を感じた。
「しずく、離れないよ。永遠に私のもの。」
その声は、彼女の抵抗する力を奪った。
二日目の夜、幻影は部屋の隅に立ち、微笑みながらしずくを見つめた。
彼女は床に膝をつき、写真の前で祈るように頭を下げた。
三日目の夜、幻影はしずくの背後に立ち、冷たい手で肩に触れた気がした。
彼女は振り返る勇気もなく、ただ震えた。
外の雨音が、彼女の心臓の鼓動と重なり、不気味なリズムを刻んだ。部屋の空気は重く、まるで先輩の存在が物理的な重さとなってしずくを押し潰した。
しずくは、大学時代に先輩に憧れていた。デザインサークルで、先輩はいつも輝いていた。
彼女の笑顔は、しずくの心を温め、創作の意欲を掻き立てた。
だが、卒業後、先輩が突然姿を消し、しずくの心に空洞ができた。
彼女は、自分がこの闇から抜け出せないと確信していた。
雨音が強まり、窓ガラスを叩く音が、幻影の囁きと共鳴した。
しずくの意識は、闇の底に沈んでいった。




