本郷愛2
しずくの心は、昼の重圧からまだ解放されていなかった。
ベッドに腰を下ろし、タブレットを手に持つが、彼女の目は、部屋の片隅に置かれた全身鏡に映る自分を見つめる。
黒髪のボブ、疲れで曇った瞳、色白の肌――昼間のしずくが、そこにいる。午後9時を過ぎ、部屋は静寂に包まれている。
窓の外、街灯の青白い光がカーテンの隙間から差し込み、彼女の肌を柔らかく照らす。カモミールのアロマキャンドルが甘やかな香りを漂わせ、スピーカーから流れるジャズのサックスフォンの音色が、彼女の鼓動と共鳴する。
「私は、誰にも見られていない…」
囁き声が、部屋の静寂に溶ける。
昼間のしずくは、在宅プログラマーとしての無機質な世界に閉じ込められている。Slackの通知音が、時折、部屋の静けさを破る。「修正お願いします」「納期確認しました」――クライアントからのメッセージは、感情のない文字の羅列だ。しずくの指はキーボードを叩き、コードを書き続けるが、誰も彼女の存在に気づかない。仕事の疲れが、肩に、胸に、重くのしかかる。
「私は、ここにいるのに…」声が震え、彼女の目は、モニターの光に吸い寄せられる。昨夜の石川澪との夜が、脳裏に浮かぶ。鏡の前での3度の絶頂、澪の清純な微笑み、「君は私のもの…」という囁き――あの夜は、しずくの「愛されない」信念に深いひびを入れた。
高校時代の初恋が、心に蘇る。図書室の静寂の中、先輩の栗色の髪が夕陽に輝いていた。
彼女が本のページをめくる音、時折見せる微笑み――しずくは、彼女の横顔を見つめながら、心の中で愛を叫んだ。
「先輩…」その名前を口にすることはできなかった。彼女は、しずくの存在に気づかなかった。
あの痛みが、「愛されない」信念を刻んだ。
だが、山岸あや花、続いて石川澪との夜は、しずくに別の可能性を示した。
「私は、愛されるかもしれない…」囁き声が、部屋に響く。彼女の心は、本郷愛との夜への期待に震え始める。
しずくは、タブレットを手に、FANZAの画面を見つめる。本郷愛の動画「優しい抱擁」のサムネイルが、彼女の心をざわつかせる。
愛の温かな瞳、柔らかな微笑み――それは、しずくの疲れた心を癒す存在だ。
「愛…君は、私をどうしてくれる…?」
声が震え、彼女の指は、再生ボタンの上で止まる。昼間の疲れが、夜の期待に変わりつつある。
彼女の心は、愛との温かな夜へ向けて、ゆっくりと開いていく。
「今夜は、君と…」
囁き声が、部屋の静寂に溶ける。




