石川澪3
昼間のしずくは、在宅プログラマーとしての無機質な世界に閉じ込められている。
Slackの通知音が、時折、部屋の静けさを破る。「修正お願いします」「納期確認しました」――クライアントからのメッセージは、感情を欠いた文字の羅列だ。しずくの指はキーボードを叩き、コードを書き続けるが、誰も彼女の存在に気づかない。
職場でのチャットは、業務の必要性だけで成り立ち、彼女の心に触れることはない。
「私は、ここにいるのに…」
声が震え、彼女の目は、モニターの光に吸い寄せられる。仕事の疲れが、肩に、胸に、重くのしかかる。
高校時代の初恋が、脳裏に浮かぶ。図書室の静寂の中、先輩の栗色の髪が夕陽に輝いていた。
彼女が本のページをめくる音、時折見せる微笑み――しずくは、彼女の横顔を見つめながら、心の中で愛を叫んだ。
「先輩…」
その名前を口にすることはできなかった。
彼女は、しずくの存在に気づかなかった。
教室で友達と笑う先輩を遠くから見つめ、しずくは自分の心を抑え込んだ。
あの痛みが、「愛されない」信念を刻んだ。だが、昨夜の山岸あya花との夜は、その信念に小さなひびを入れた。
昨日のあや花の微笑み、囁き、視線――彼女の「演じられた愛」は、しずくに希望を灯した。
「私は、愛されるかもしれない…」
囁き声が、部屋に響く。




