ノック音
恋愛マスター。
恋愛に関することについてありとあらゆることを知っている。
それが恋愛マスターなのだ。
と、言いたいところなんだが恋愛マスターとはなんだ。
「恋愛マスターさん。教えてください。一度振られている相手に告白して、付き合える確率を教えてください」
俺の前に座っている柊直美柊直美が目を輝かしながら言う。
艶のある長髪が揺れる。
ピンと姿勢を正し俺を見つめる。
逃げるように俺は窓に視線を向ける。
もうすぐ夏がやってくる。蝉の大合唱が始まって、プールもあって、夏祭りもある。
たくさん楽しいことがあるのだ。
だが、その楽しみはおやつ。今、やるべきことは目の前に居る彼女を育てることだ。
ちなみに育てるとか言ってるけど、そこまでの力があるかないかと問われたら、即答でNOだ。
「お願いです!! 私は――金城優と付き合いたいんです」
目を輝かし俺を見つめる。
やめてくれ。その真っすぐな瞳は殺しに来てるぞ! と、いうかなんでこんなことになっているんだ?
昨日の出来事をぼんやりと思い出す。
昨日。俺はゴミ捨てを頼まれてゴミ捨て場に向かっていた。春風を肌で感じながら歩くこと自体は楽しかった。でも、ゴミ捨て場の近くでは告白が行われていたんだ。
「優!!!!」
ゴミ捨て場には直美の声が響いていた。
その声を聞いた俺は足を止めて、待つことにした。雰囲気を壊したくなかったし、動くことができなかった。
いや、できたかもしれない。でも、動く必要がないと思っていた。
柊直美は一般的にみても男子から人気だった。愛嬌もあって可愛さもある。男子が好きになる魅力が詰まっていたのだ。そして、直美が告白している相手は金城優金城優
バスケ部で男女関係なく人気。
ちなみに、俺の友達でもある。小中とも同じ学校だったこともあって長年の付き合いだ。
でも、まぁ、最近は話すことは少なくなっていた。
「私はずっと、優のことが好きでした!」
直美の声が俺の耳にも届く。
俺に告白なんてしてないのに、こっちまでドキドキしていた。でも――優は断った。
「ごめん。好きじゃない人とは付き合えない」
優は迷うことなく言葉を話す。
「そっか!」
偽りの元気だろう。微かに震えている声を隠すように直美は答える。
胸に棘が刺さるような感覚になったのを覚えている。てっきり付き合うかと思っていたからだ。
2人は誰から見てもお似合いだと思っていたからだ。
美男美女。そう思ってしまう。
ただ、優は好きじゃなかった。それなら、仕方がなかった。
でも、それはなんていうか、違うなとも思った。
上手く言葉にはできない。
できるはずがなかった。
気が付けば優はいなくなって、残っていたのは棒立ちしている直美だけ。
俺は壁に隠れて直美を見つめた。
しゃがみ込んだ直美は小さな雨を零していた。
それを、みて、どうしても声をかけたくなってしまった。
泣いている姿を見たくなかったのはある。でも、なんていうか、直美のことが――好きだから悲しんで欲しくなかった。
そして、今に繋がるんだがどうすればいいんだ?
「教えてください。恋愛マスターさん」
ニッコリと笑みを零す。
すまない、俺は恋愛なんてしたことがないんだ。ラノベの知識で行けるのだろうか。否、無理であろう。
直美の瞳を見つめる。綺麗な瞳が俺の心まで見透かしているんじゃないか? と思ってしまう。
だが、そんなことはない。
何をつまらないことばっかり言っているんだ! 頑張ろうじゃないか。
「そうだな……まずは……」
何をするべきだ? 優は直美のことが好きではないんだ。
好きじゃない人からアピールとかされたら、嫌な気持ちになるんじゃないか? それに、優は多分あの子のことが好きなんだよな。
どうする? どうすればいいんだ?
俺は逃げるように思考を回す。
「そうだ! まず、自己紹介をしよう! 俺は花白周花白周よろしく」
「えっと!! 私は柊直美です! 好きな食べ物はパフェです! あ、一緒に食べたいとかそういうことじゃないですよ? その、好きな食べ物を言っただけです」
ああ、ちなみに言い忘れていたが直美は多分、というか絶対に俺のことを眼中に見てはいない。
分かっているさ。
それでも、この小さな時間があるのなら手伝うことの価値はある。
思考を消し、考えを浮かばす。
「趣味とかは? なんかあるの直美さんは」
「趣味ですか? そうですね、音楽を聴くことですかね」
夏の暖かさを消すような声で言う。
直美と昨日今日で話していく中で分かったことがある。
直美は人を分けるタイプだ。心を許した相手だけに本心で話しているような。そんな感じがする。
そして、俺は許されているタイプか? と、問われたら。
何も言うまでもないだろ。
「それで、周さんはあるんですか? 趣味とか」
「趣味か~! んーあ! 散歩とかかな!」
「ふーん」
明らかに興味がない。
その後、他愛もない話をしていると、すっかりと外は暗くなっていた。
「結局、何も話ができませんでした」
残念そうに言う直美。
「ごめん。まさか、パン派か米派でバトルになるとは思ってもいなかったから」
パン派な直美が米派の俺に喧嘩を売ってきたのだ。
――米派なんて理解できません。
――米派栄養源がないんですよ? 本当に米派でいいんですか?
なんて言うことを沢山言われた。結果として俺の負けとして終わったのだ。
俺と直美は暗くなった廊下を歩く。
青春をしているみたいだな。好きな子と一緒に廊下を歩く。まるで、映画みたいじゃないか。
学校を出た俺は帰路に着く。
そして、何故か直美が前に歩いているのだ。
「なんで、家まで着いてくるんですか? そこまで負けたのが悔しいのなら勝ちを譲りましょうか?」
「そんな訳ないですよ。それに、俺は家に向かっているだけです」
「なるほど。分かりました。譲りますよ」
何を言っているんだ?
疑問と笑みを零しながら歩く。
綺麗な空に視線を向ける。
澄んだ輝く空。
高校一年生となった今、初めて恋をしている。
けど、直美は他の人が好きなんだ。
俺が絶対に敵わない人。
陰から見守ろう。
応援しようじゃないか。
好きだという気持ちを隠すことは何も苦ではないだろ。ただ、自分を騙すだけ。
それに、連絡も取らないし忘れたらいいだけだ。
直美と優が付き合えば俺の物語は終わる。
ハッピーエンドになるんだ。
それで、それでいいんだ。
家が見えてくる。
「ねぇ! もしかして、ここが周さんの家なの?」
「そうだけど?」
マンションの前に立ち止まる直美。
「もしかして。直美さんも?」
「……ええ」
エレベーターに乗り、4階で降りる。すると、直美も降りた。
「まさか……隣に住んでいるなんて」
ドアからひょっこりと顔を出しながら愚痴を零す。
「いや、その、なんていうかごめん」
「別に大丈夫だけどさ! ベランダで相談できるし」
んん?
「ベランダ?」
「そう、ベランダで相談できるね! これからよろしくね周」
バタンと音が鳴りドアが閉まる。
体が固まったまま思考も停止した。
……ん?




