第4話 最悪の日(遭遇前)
「よくぞおいでくださいました。天導方士 蒼玲様。ようこそ、第621号龍脈遺跡へ」
特急列車で揺られること数時間。そこから乗り換えてまた数時間。
そして入構教育で数十分。
それだけでも方士の彼であっても相応の苦労である。
そしてまた遺跡直通の列車で数十分。
列車から降りた蒼玲を出え迎えたのは、一体の女性型の『人形』であった。
人形であるとわかったのは、一目でそれであるとわかるように人工物によるパーツが頭に取り付けられていたからだ。
「……法霊人形がお出迎えとはな」
法霊人形――名の通り、演算回路を内蔵した人形に人造法霊を宿らせた、自律する人形である。
「当遺跡を始めとするレイライン計画管轄下の遺跡では、機密保持の観点などから、我々法霊人形による自動化が前提にあってこそですので」
「サーバーかクラウドかは知らないが、ずいぶん高くついたんじゃないか? 人間雇うよりずっと」
「レイライン計画は天導連盟による一大プロジェクトです。それに、遺跡にあるものを考えれば、仕方ないと思われますが?」
「確かに、な」
「では、こちらに。貴方様にはこの遺跡でやっていただきたいことがありますので」
彼女の背後にそびえる闘技場のようにも見える、遺跡を見据える。
「そうだな。まずはここの再起動をしないことにはな」
†
……どんな事情があったのかは知らないが、面倒なことを遺してくれる。
と、蒼玲は行方知らずの師に内心で毒付きながら中央制御室のコンソールの前に立つ。
確かに遺跡に入れないとは聞いてはいたが、一区画だけかと思えばほぼ全域にまで及んでいたとは……
だからこうやって強引にこじ開けねばいけないわけだ。
首周りに装着している導術環、その有線接続端子にケーブルの端子を刺して、もう片方の端子をコンソールのそれに刺す。
【接続、完了】
導術環に内蔵されている人造法霊が自動で解析を開始する。
【制御システムの構造を解析中――】
【制御システムの上層に『封鍵』という別個の制御システムが増設されているのが確認されました】
【当遺跡の制御システムは、方士嵐閃の権限により封鍵システムと連動して封印状態にあります】
「封鍵? 制御システムの上に制御システムを重ねているのか?」
「蒼玲様、失礼ながら当遺跡についてはどのぐらいご存知でしょうか?」
「妙なものが比較的多く発掘されているということぐらいは」
「そうですね……大小さまざまではありますが、そもそもこの遺跡自体が妙なものです」
そう例えば……
「この遺跡が何かしらの制御装置そのものだったとしたら……どうでしょう」
合わせるように人造法霊が追加の解析結果を出してくる。
【遺跡そのものの制御システムは、未知の言語によって記述されています】
【そのままでは制御ができないため、強引に脆弱性を突くように封鍵が構成されています】
「なるほど、それでこの封鍵か」
……しかし、何を制御しているんだ?
法霊が次々と更新する調査結果を眺め続ける。
その中には制御弁の文字やセンシングユニットの文字も見える。
直後、警告と同時に解析が中断された。
「何? 三流派の署名付きだと? なぜ今更――いや層が混ざっていたのか」
「なんと……」
こればかりはあの法霊人形も知らなかったらしい。
「しかし、三つの方術流派が絡んでいるとは……いよいよ嫌な予感しかしないぞ」
方術流派が生まれて以降の歴史をなぞってみても、それらが互いに協力した過程とその成果物で、大なり小なりトラブルがなかった試しがない。
しかもその中に自分のいる流派の名前がいるのが余計に困る。
どう考えても自分が知ってもいい範疇を超えている。
「解析は……大丈夫なのですか?」
「天導代議官の権限がなかったら、お手上げだったかもな」
そもそも全部を解析する必要はない。
最低限、この施設の構造と通路の開放をすればいいのだ。
目的は、だいたい察しはついている。
「そう時間はかかるまいよ」
†
「遺跡の再起動を確認しました。ありがとうございます、さすが天導方士。仕事が早くて助かりました」
「あぁ。ようやく本来の目的に戻れるよ」
「探し物が見つかるとよいのですが」
「期待はしないさ。じゃあ、また」
明るさを取り戻した遺跡内を歩く。
やはり、遺跡と呼ぶには新しさすら感じてしまう。
「しかし、静かだ」
手元に先程のハッキングで拝借した施設内マップを表示させる。
そして師匠の足取りをトレースする形で案内を開始させる。
混元現実に矢印が浮かび、魚のように泳ぎだす。
「戻れるのは何時ぐらいになるかな」
最後に消息を絶ったのは地下四階あたり。
少なくとも宿泊先には、夜中に戻れるようにはしたいものだ。
†
夜の海に、光が浮かんでいる。
浮かぶ光は、遺跡を照らすものと資材置き場のものだ。
そしてその明かりは遺跡自体にも設けられており、夜中であってもその遺跡の存在と闘技場にも見えうる大まかな形を取っていた。
――第621号龍脈遺跡 外縁部。
遺跡を一望できる位置、その高所から声が生まれた。
「おっ、一気に明るくなったな」
声の主は底に設けられた監視塔にいる若者だった。
所属している企業の制服に、天導連盟から業務を委託された証明でもある腕章を付け、高所作業用を想定してかフルハーネス型の墜落制止器具を身に着けている。
ずっと座り続けていたからか、折りたたみ椅子から立ち上がり、軽くストレッチしつつ遺跡を見渡す。また、人感センサーの反応が映るモニターにも視線を送る。
椅子はもう一脚あり、そこには制式の長銃が立てかけてある。
コツコツと音と軽く叩く感触を知覚した。
彼が首につけている導術環からの通知だ。
彼は一瞥もせずに「いいぞ、がる」と、返す。
直後、彼の視界に一人の少女が現れる。
サメと呼ばれる海の生き物を模したパーカーを被った、またサメのような尻尾を持った薄い水色の髪の毛をまとった彼女は
『おはなしがきたよ!!』
と言うなり、手のひらの上にウィンドウを表示させる。ウィンドウを指で軽くつつくとウィンドウが震えた。
〈LW2からUW3へ、そっちはどうだ〉
「こちらUW3、遺跡の再起動を確認した以外は現状変化なし。あくびと愚痴が出るぐらいだ」
〈入ったのは確か新しく代議官になったやつだっけか。もともと明かりがついていなかったところまで光ってるから、さすがは天導方士といったとこだな〉
「まぁ、もう少し早く来てほしかったとは思うがね」
〈しっかし、おまえんとこのがる(?)はやっぱいいわな。うちの人造法霊はそこまで金かけてねーから返事が事務的でさぁ〉
「でも変えていないんでしょ? いい人じゃないですか」
〈そうは言うが、その手のアバター機能はただでさえ容量と処理を食ってるのに、一分の一スケーリングでリアルタイム描写だろ? 拡張機能も使わずにそこまで踏み込めねーって〉
「なにいうんですか、そこは愛と甲斐性ってやつですよ!」
〈なるほど、深いな……〉
あぁ……、と頷くこちらを見て、がるは小首を傾げた。
『……a?』
「あぁ、いつでもお前はかわいいぞ」
がるは笑顔になった。
「あーくっそ、ずっとこのまんまだな。もういいやこの仕事終わったら疑似干将設定付けて抱きしめたり一杯愛で倒せるようにしてやるんだ。ついでに追加演算オプションもつけてやる。どーだ、羨ましいだろう」
〈前々から思ってたけども、お前結婚できないだろ多分。あと変なフラグを立てるのもやめてくれ。巻き添え食って『彼の者、二次元スキーが立てた死亡フラグによりここに眠る』なんて墓石に刻まれるのはゴメンだからな!〉
「そこは安心しなよ。明日には新崑崙に帰れるからな。でもしばらくここはゴメンだね。いくら給料が増えるとは言えここの夜番はだいぶクるからな」
直後、音が響く。甲高い音。ノイズと一蹴できるが、女性の悲鳴にも聞こえる音だ。
「またこれか……これがあるから嫌なんだ。またどっかの龍脈が死んだのか?」
〈まだわからん。遺跡の再起動もあるしな〉
遺跡の再起動と言えば……
「ロックダウン事件は酷かったなぁ……俺のダチがあの事件で大目玉食ったんすよ」
〈あぁアレか。なんで立ち入りを殺してでも止めなかったんだと連盟と芦淵が盛大にキレ散らかしたやつだったな。アレは確かに酷かった。何人首が飛んだやら……色んな意味でどうしろってんだ〉
「方士――それも流派所属相手に殺してでも、か。無理だろいくらなんでも」
〈お前、殺しは?〉
「撃っただけなら。催涙弾を暴徒の群れに叩き込んだ。殺しは……どうだろうな」
意味のないことを承知であえてぼかす。
〈野暮なことを聞いたかもしれんな。すまん〉
がるが眉尻を下げた表情で、こちらの顔を覗き込んでいる。
『a……』
「心配してくれるのか、やさしいな君は」
〈うわ、俺ぇ!? おいおい人生セーブポイントどこだ?〉
「うっせぇこのやろう! 俺とがるの仲を邪魔しやがったな! チョイと小屋から顔出しな、ふへへ……引き金がかるーく感じるぜ」
〈おいおい勘弁してくれ。監視塔の外に出るなよ、丸見えだぞ〉
……え?
UW3は今のセリフに軽く恐怖を覚えていた。
〈どうした?〉
「いやその……」
……俺、屋内だぞ?
そう思った直後だ、がるが不安そうに周囲を見回している。そしてウィンドウが震えて――
〈LW1からUW3〉
男の声だ。LW1――つまるところLW2のいる、監視塔から少し離れたメインベースにいるリーダーみたいなものだ。そこまで馴染みがあるかと言えばそうではないが、何度も顔は合わせている。
少なくとも――
〈聞こえているかな?〉
――こんな声ではなかった!
†
そう思うや否や、UW3は動く。
立てかけた長銃はそのままに、壁を背にして隠れる。
ホルスターから拳銃を取り出して、またナイフホルダーからナイフを取り出す。
薬室に弾丸が装填されているのを確認して、背後を見る。
……なにが、いるんだ?
あまりにも急に色々起こりすぎた。
……何が起こったんだ?
そもそもこっちは、遺跡に繋がる道を監視していた。ベースでは人感センサーから方術検知もやっている。気づかない要素なんてまずない……筈だ。
監視塔の外部視覚に接続してみる。
【接続先が見当たりません】
「くそっ……」
情報がほしい。何がどうしてこうなったかの情報が。
そしてその情報を急ぎ他の仲間に知らせる必要もある。
混元現実の通信ステータスに視線を送る。
……やはり圏外か。
ぐらもそれがわかっているのか、もう泣く寸前だ。
ここからわかるのは、至極シンプルな事実だ。
……電子戦、エーテルジャミングか。
これが出来る人種は現状一つだけだ。
……どうする?
一般人が方士を相手にして勝てる見込みは、ミクロン単位でもう皆無に等しい。だが、この事態を知らせる必要がある。
拳銃を床において、胸のポーチから信号弾が入った擲弾銃を取り出した。
ガラスは防弾性。割って隙間から撃つことは無理。
覚悟して近くのドアから外に出るしかない。
……静かだ。
窓から見える光景も変化はない。実はこちらの杞憂だったのだろうか?
……んなわけがあるか。
現に、がるは震えているではないか。何もかもから接続が途絶えて何も出来ることがないと表現しているのだろう。そんな泣く数秒前のがるを見たUW3は――
……あっ、存外悪くないなこれ。くそう、疑似干渉設定があれば……っ!
ドアまであと一歩のところで、そう思った直後だ。
いつの間にか少し空いていたドアの隙間を縫うようにクナイが飛んで、床に突き刺さる。
後部の環には、同じく錬砂で作られた紐があり、そしてそこには青白く発光する一枚の符があり――
……しまった!
そう思う直前、呪符から多量の光と音が解放され、UW3の意識を容赦なく刈り取った。




