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アンブロークン・ラインズ  作者: 深月 慧
ブロークン・ラインズ 霊気荒廃近域・新崑崙
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第6話 天泊崩壊

 『我らは、道を探す者』

『そして、この新崑崙の行く末を真に憂う者である』


 一人の男が、立体映像に浮かび、語る。


『まず手始めに、我らがいる場所が何か教えよう。新崑崙から遠く離れた道の墓標。その一つにして天導連盟にとって重要な拠点でもある』

『なぜ、我らがここにいるのか。疑問に思う者が多いであろう。そしてなぜ天導連盟にとって重要な拠点なのか。その疑問に答えよう』


 それは、


『レイライン計画。天導連盟が推し進めるこの計画において、この場所は龍脈死滅という今そこにある危機に対する解決策となる場所であるためだ』


 そして、


『我々がここにいるのは、この遺跡を管轄していた二人の天導代議官の裏切りを誅し、裏切りによって秘匿されていた新崑崙に輝かしい未来を示すためである!』

『裏切り者たちの名前を示そう。その二人の名前は嵐閃とその弟子たる蒼怜であり、双方とも芦淵の方士である』

『この二人は卑劣にも! 新崑崙の未来を開く術を手にしながらも、卑劣にもそれを秘匿し! あまつさえそれを諫め道を正すべき弟子たる蒼怜は不完全に終わった秘匿を全うしようとしている!

 これは天導連盟……いやすべての方士に対する、否。全人類に対する明確な裏切りそのものである! 断じて許されるべきではない!』

『故に! 我らはここにいる。二代にも渡る裏切りを誅し! 彼らが閉じた未来への可能性を再び開くのだ!』

『新崑崙に、人類の未来に善き旅路あれ!!』



 †



「本人がいないからって好き放題言いやがって。あの見下げ果てた屑野郎が……」


 脇腹からの激痛と、治癒術式どころか鎮痛術式も走らないことに対する苛立ちに耐えながら蒼怜は目の前の敵を見据える。

 目の前の敵は、もう死んでいる。ただ動いている。


 ……死ぬことを前提に、死んだらキョンシー兵になるよう術式を埋め込んでいたのか。


 しかも厄介なことに、以前見た生身ではなく四肢が完全に機械にすげ替えられていると高度なサイバネ化までされている始末である。

 投げたときに妙に重く感じたのもそういうことだったのだろう。

 それはそうと、一体何が起こっているのか。

 視界の端に浮かぶ混元現実のレイヤーには、術式行使のためのエーテルが足りていないと書かれている。

 しかし、龍脈死滅がそんな急速に進むとは考えにくい。


 目の前のキョンシー兵は、おそらくだがエーテルタンクを積んでいるのだろう。

 だから、まだ動けている。


 どうしたものかと、思案する蒼怜の耳に演説の続きが入ってきた。



 †



『この遺跡はある機能があった』


 それは、


『龍脈を流れるエーテルの流量を調整するというものだ』

『これが何を意味するのかわかるだろう。そうだ、これを制御すれば龍脈を生き返らすことも死なせることも容易だということだ』

『そして愚かにも、その試みはもう行われていたのだ』


 男が、遺跡に接続された電子算盤の集合体を指し示す。


『封鍵というものだそうだ』

『そのままでは遺跡の制御は不可能だったのだろう。故に芦淵主導の下に作られたのがこのシステム』

『そしてこれを得たとき、あの裏切り者はこう思ったのだろう。これを手中に収めれば新崑崙の主導権を得ることができると!』

『故に、反逆者嵐閃は龍脈を封鎖し、その弟子たる蒼怜はそれを確固たるものとしようとしたのだろう』

『ではどうすべきか。閉じたものを開ければいい。愚かしい反逆もそれも終わりだ』



 †



 同時刻。

「襲撃を受けた監視セクターの人員救助は終わったか?」

「えぇ。一部を除いて軽傷です。重症者はいますが……」

「死ななければそれに越したことはない。問題はあいつらだ」

「あれこれ喚いてますけども、勝手に乗り込んできた以上正当性なんて微塵もありませんでしょ」

「それならありがたいんだが、どうも全域放送みたいでな」

「どうするんですかこれ。うちの会社が対処できる域を超えてますよ」

「いやもっと差し迫った問題がある。あいつら閉めたものを開けたと言っていたな」

「えぇ、確かに」

「おれが入りたてでここに配属されたときだが、一回その試験があって即座に中断されたという話を聞いたことがあった。もしそれが本当だとするなら――」

「隊長! 遺跡の方、なんか光ってますよ!」

「照明付いてるから光ってるのは当然――」


 と、空気を和ませるためにボケてみた隊長の彼はそれを見た。

 遺跡がではない。遺跡とその大地から光が漏れている。


「なんだ、あれは」という言葉は出なかった。


 直後、世界から音が消えそして――

 世界が悲鳴を上げた。その音が来た。

 次の瞬間、遺跡一帯の裂ける轟音が、その一瞬でありとあらゆるものに皆等しく衝撃をもたらした。



 †



 夜の海の中で、大地が散り散りに裂けてゆく。

 その中で唯一残っていたものがある。道の墓標だ。

 その遺跡の中心——正確にはその地下から光が漏れて、そしてそれは次第に強くなってゆく。

 程なくして光は八方に向かって広がっていく。

 遺跡を中心として直径数十キロメートルほど、その範囲にて大地の至る所が張れて裂けてゆく。

 蜘蛛がその巣を広げるかのように、それは広がっていった。


「た、助かった!! 死ぬかと思った!」

「おまえたちは……」

「あぁ、緊急即応隊だ。即応というにはあまりにも遅すぎるがな」

「いいか、絶対にあの光に触れるなよ! 全部の術式が動かなくなっちまう! 一部じゃない全部だ!」

「あのクソ光のせいで列車も、せっかく許可が下りた大道拡張骨格も全部パーだ!」

「あの光が出てるところはエーテルが根こそぎ食われてる……中心にはあの遺跡だ。一体どうなってんだ?」

「いま観測所から情報が入った。あの遺跡がエーテルをむさぼり食ってるらしい。そしてその行き先は遺跡の直下だ」

「なぁすごいいやな予感がするんだが……」

「あぁ、その予感は大当たりってやつだ。その遺跡直下で超臨界状態になってるってさ」


 方士が用いる術式において、エーテルの存在は不可欠である。しかしそのままかき集めればいいというものではない。

 術式を扱うのに最適なエーテルの状態があるのだ。

 その一つが高温高圧。そしてもう一つが、その二つの境界を超え、高エネルギーを内包している状態。すなわち超臨界状態がそれである。

 とはいえ、実用性の観点から超臨界状態のエーテルを用いられることは多くない。

 エーテルそれ自体は何も害をもたらさない。だが超臨界状態では高い侵食性と分解性が現れる。

 それがあの遺跡で、大規模で発生しているのだ。


「最悪だ……あの馬鹿どもなんてことを!」

「おいどうするんだよ、あそこに乗り込めって言われたら。全員溶けちまうぞ!」

「でも放っておいたら……」

「くっそ、来やがった!」

「今度はなんなんだ!」



 †



 あるところでは光の領域から脱出できた部隊がいたが、同様にまだ脱出しきれていない部隊もいた。

 彼らの前には二つの人型の影があった。

 だがその二つはとうの昔に死体であったのだ。


「くそっ! なんでエーテル欠乏状態下でキョンシーが動けるんだよ!」

「いいから早く制圧しろ! とっとと脱出しないとテメェの彼女と仲良く溶け合うどころか余計なオマケどもまでついて来ちまうぞ!」

「よりによって方術使えるキョンシー兵とかなんの悪夢だよクソッタレ!」


 戦闘下にてなんとか通信を拾った通信兵が叫ぶ。


「いいかお前ら、十五分だ! 十五分以内にここからずらかるぞ!」

「十五分過ぎたらどうなるんだ!?」


 一息。


「みんな仲良く可能性のスープに早替わりだ!」



 †



 地上で地獄が顕現しつつあった頃、遺跡地下——蒼怜のいる場所にも変化が生まれた。


「あガッ、ガッがががガガガ……」


 方士崩れのキョンシー兵が、突如として痙攣し出したのだ。

 術式にエラーが起きたのか、エーテル欠乏という異常現象によるものか。いずれも定かではないが——


 ……ここだ!


 彼は一歩踏み出し、床を蹴り付ける。

 一気に距離を詰めて、キョンシー兵の頭に手を伸ばす。

 キョンシー兵は頭を潰したらそこで初めて機能を停止する。それは首の骨を捻り折るのも同様だ。

 そして、手が頭に触れるその直前。


「おやおや」


 キョンシー兵の痙攣が止まった。

 そして喋った。


 何が——と思うと同時に顎に強い衝撃。

 キョンシー兵が放ったアッパーカットがクリーンヒットしたのだと気づいたのは数秒後の後だった。


「なっていないなぁ、『無垢なる円環』。数秒も惚けるだなんて」


 たたらを踏むように地面を蹴り付け、揺らぐ体を押さえつける。


 ……突然エーテルが無くなったかと思えば、キョンシーが当たり前のように動いているだけでも大概だ。その上、


「死体が喋っている」

「君が殺したんじゃあないか」


 目の前のキョンシーは、死んだ主とはかけ離れた話し方をしていた。

 端的にいうなら、馬鹿ではない喋り方というやつだ。


「誰だお前は。喋る死体と交友を結んだ記憶はないぞ」

「つれないなぁ。前も一回会ったじゃないか。どこかで」

「方士がこんなクソ田舎でテロ行為とは、ずいぶん暇らしいな」

「それは、こちらのセリフだよ。代議官になりたての君がこんなところに来ているだなんて」


 ……一体どうなっている。


 キョンシー兵を自律制御ではなく遠隔制御する術式は(人形向けのものではあるが)確かに存在する。

 しかし、それは膨大なデータ量を通信しているのと同義のため、凄まじい量のエーテルを食うはずだ。

 なぜ、立って喋れている。


「不思議に思うかい?」

「あぁ不思議だ。一体どんな手品を使ったのかってな」

「特権ってやつさ。代議官の、ね。そしてそれを君は持っていない」


 なるほど、大体察しはついた。

 目の前の敵は得意げに色々語っているが、おそらく——というかこの状態下でなんとかできないという確信があるのだろう。もしくは何かやっても殺せる自信があるか。

 ともあれ、こちらは重傷を負っている。もう後はない。

 ならばやることは一つだ。


「…………まだか?」

「何?」

「お前、戦闘術教練で習わなかったのか? やる時はとっとと殺れって」

「そうかよ……ならお望み通り殺してやるってんだよぉ!!」


 探検を振りかぶって突っ込んできた。

 化けの皮が剥がれるのが早過ぎないか?

 まぁいい。こっちの準備は整っている。



 †



 交差は一瞬だった。

 彼の視点では、蒼怜は何をするわけでもなく、ただこちらの攻撃をいなしただけだった。

 ただ違和感が一つ。妙な脱力感というか、攻撃の威力が食われたようなそんな感覚があった。

 そして、視界に符のような、淡く光る切れ端が映った。


 ……は?


 呪符だ。方士が術式を使うのに最もオーソドックスな媒体。

 だが、このエーテル欠乏状態でなぜエーテルが活性化しているのだ?

 いやそもそも、どうやってエーテルを得たのだ?


「なぜ方術流派が誕生したのか、考えたことはあるか」


 何をと返そうと思ったが、舌どころか口が動かない。

 なんなら体自体動かない。


「なぜ、方術流派が秘密を重要視するのか、考えたことはあるか」


 視界が真っ暗になる。


「なぜ、門外不出というものがあるのか考えたことはあるか」


 自身を構成する何かが、焼けていくようなそんな何かを知覚する。


「なぜ、方士同士の戦いでどちらか片方が死ぬ事が多いのか、考えたことはあるか」


 精神が、肉体が絶叫する。


「教えてやるよ、若造」


 何かが、自身を構成する何かが、それ以外の何かも、皆等しく崩れ去っていく。

 目の前の男が、一体何を喋っているのか理解すらできない。


「——————————————————————」


 そして、彼の意識はエーテルの海に溶けて消え果てた。



 †



 キョンシー兵の体が揺らぐ。

 直後、その額に貼り付けた呪符が、内包したエーテルを爆発力へと転化し、爆ぜる。


「だからセキュリティはしっかりしろって言った——いや別の人間だったな」


 と、蒼怜は四方に飛んでいく金属製の四肢を眺めながらぼやいた。

 そして、自身の体が揺らぐのを知覚する。


「おっと……」


 よろけて、井戸にもたれかかるように倒れる。

 同時に少し遠いところから爆発音が聞こえた。そして何かが崩れ落ちる音が聞こえてくる。

 先ほどの戦闘の間で行方不明になっていた方士の死体であることは、なんとなく察せた。


 そして、蒼怜は初めて何者とも繋がれない、文字通りの孤独に身を置いていたことを初めて気がついた。

 エーテルはない。ハッキングしようにもその手段はもう潰えてしまった。


 戦闘で破壊された算盤の筐体に入っていたのであろう、手帳を近くに引き寄せて、蒼怜は初めてこう漏らす。


「さて、どうしようか」


 死ぬ前の時間ぐらいなら手帳の中身は読めるだろう。

 たぶん。



 †



 ここまでが、僕の「これまでのお話」だ。

 そして、「これから」はない。


 だから、僕の話はここでおしまいなんだ。

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