第3話 最悪の日の一歩前
そこからは、これと言ったこともなくただ日常だけが過ぎていった。
殺人現場となってしまった件の風呂屋の修復作業を行ったり、また現れた犯罪を犯した方士崩れを追っかけ回したり、講義を受けたり……そんなもんだ。
完全な余談だが、件の風呂屋の店長さんと事件に巻き込まれた女性スタッフからすごく感謝された。いや、感謝されるだけならまだ良かったのだが、そのスタッフを対象にした無料券と彼女の名刺をもらってしまった。
犯人と争って店を壊したこととや、(大きなお世話かもだが)そのスタッフの心情とか、色々どうしたものかと頭を抱えている。
……翠嵐に渡すのもどうだかなぁ。もらっても困るだろうし、仮にその店に行って運悪く殺されでもしたらそれこそ寝覚めが悪すぎる。
そんな具合だ。変わったようでそこまで変わっていない。
せいぜいそこに天道連盟の議員の代理という厄介な仕事が加わったぐらいだった。
†
そんなこんなで数ヶ月が経過した。
大学構内は相変わらず活気と喧騒に満ちていた。
「で、実際どうなのさ。天道連盟なんちゃらの代理は」
「天道連盟代議官、な。まぁ、宗家の人からの伝言をするのが主だからな。時たまぼく自身の意見を求められることあるけど」
「どんなのか聞いてみてもいい? だいたい予想付くのと仕事柄返答は期待しないけど」
「期待しないで正解だ。大半が機密指定だからな。少なくともこんな大っぴらなところで話せるようなもんじゃない」
……ただこれはある意味答えを言ってるようなものだ。
天道連盟の議会において最優先に話し合う対象になるのは、重大性が高いものだ。
そして、今の新崑崙において極めて重大性が高いことは一つしかない。
「……まぁ、やっぱりそれよね」
龍脈の死滅と、それに伴うエーテルの枯渇。
エーテルというエネルギー源によって成り立っている蓬莱、そしてその中心である新崑崙にとって、それはあまりにも直接的でそしてあまりにも致命的だった。
人が決して逃れ得ない死を前にしたとき、選べる道は二つある。
一つは、成功すれば根本的な解決を果たせるが、失敗すれば死が待つ道。
もう一つは、迫りくる死の瞬間を可能な限り引き伸ばし、まだ見ぬ解決法を模索する道。
新崑崙は後者を選んだ。
得られる利益と、それを組み上げ運用するために消費されたエーテル。それの損益が割に合っていないもの。すなわち割に合わないとされた施設や道具の使用を『封印指定技術』として禁止もしくは制限するという決まりと、もう一つ。
「レイライン計画、だね。蒼怜」
†
レイライン計画。名前は知っている。なんなら翠嵐以外の学生も知っていることだ。
ただ名前だけだ。
「現在死滅の一途を辿ってる龍脈の代わりになる新たな龍脈を探すってのがその計画って知ってるけども、実際はどうなの?」
「どうって……?」
「たとえばほら……地質調査とか、そういうのは?」
「地質調査は、やってはいないな」
蒼怜は少し悩んで、続けた。
「道の墓標って知ってるか?」
……道の墓標って、オカルト話によく出てくる遺跡群のこと?
資源探査計画で遺跡の発掘……と言うのはイマイチ連想しづらい組み合わせだ。技術屋根性の強い蒼怜がオカルトに染まったか? と一瞬心配した。
でも、
……あいつ冗談言えるような性格じゃないしなぁ。
と思うと同時に
……でも教授の中にも陰謀論に染まった人もいるしなぁ。
と、遠い目をしてどう返そうか少し考えた。
そしてこう返した。
「蒼怜、君疲れてるんだよ……やっぱり天道代議官って大変なんだね」
「待て翠嵐! なんか洒落になってない勘違いをしていないか!?」
「教授ですらハマる時あるもん。蒼怜、こう言う時はネットとか見るのはやめた方が効果的って」
「待って話を聞いてくれ!」
ひとまず聞くことにした。
†
「道の墓標かぁ……」
これもまた、誰でも知っていることだ。……オカルト話、陰謀論として。
「確かアレでしょ? 龍脈に沿うように点在する古代遺跡群で、地上絵から大道工学でない技術によって成り立つよくわからない高度な建物などの遺物がゴロゴロしてるっていう。天道連盟が立ち入り制限してるのは知ってるけど、落石とか危険だからって話じゃないか」
自分で言っていても明らかにオカルトの類であるとしか思えない。
「そんな眉唾物そのもののところを発掘してるって言うのかい?」
「たとえばの話だが、もしその遺跡の機構に龍脈の流れを制御するシステムが組み込まれていて、しかも今も生きているとしたら、どうだ?」
「いやいや、それこそおかしいじゃないか。エーテル制御そのものが大道工学の根幹じゃないか」
それだと
「昔の人は大道工学すらない状態でエーテル制御できる技術があったか、それと同様のものがあったってことになるよ」
蒼怜は何も答えなかった。
†
なるほど、だから天道連盟は遺跡調査もやってるわけか……
「でも、言っても大丈夫なのかい?」
「何言ってる俺天道代議官ぞ?」
そう言うものなのだろうか。
軽く不安になって周囲を見回してみる。幸いなことに気づいている人はいなかった。
遮音術式でも走らせたのだろうか? でも大学構内ではそう言う術式に対する監視は厳しいはずだ。
そんな翠嵐の内心を読んだのか、蒼怜がチャットを飛ばしてきた。
アオ『なぁ、翠嵐。ちょいと考えればわかるだろ? 今の俺たちは、側から見ればオカルト話に興じてるようにしか見えていないんだぜ
追伸:セキュリティは俺がいじったやつだから安心しな』
スイ『なんとも酷い話だよ。あとそう言う話はここでやっとけばよかったんじゃないの?』
アオ『絵面を考えろよ。絵面を。野郎二人が向かい合って空中にタイピングしてる光景とか、最悪警備員呼ばれても文句言えんぞ。
ちなみに俺はさっきのアレをすごい偉い人にやられたんだぞ。明日はそれの答え合わせって具合だ』
スイ『答え合わせ? 明日?』
アオ『納得できていないのはこっちも一緒でさ。せめて証拠ぐらい観に行かせてくれって言ったのよ』
そしたら
アオ『俺の師匠と俺しか立ち入れない場所があるとかなんとかで、どっちみちその遺跡に行かされることには変わりなかったらしい』
スイ『えぇ……何それ』
アオ『実際のところ、天道連盟が件の計画で何やってるのかは把握してるけど、師匠からの話はある時期を境に音沙汰ないそうでな。
何度か見に行ったはいいけど、肝心の担当エリアが「蒼怜かその師匠以外の入室はDAME(ほぼ原文)」ってロックがかかっててどうしようも出来なかったと』
スイ『明らかに罠の類では。ってか(ほぼ原文)て』
アオ『実際そうなのかもしれないけど、その遺跡の入退場記録を見たら師匠が立ち入ったのが、俺と最後に会った後の日なんだよ』
スイ『どうやってその入退場記録を見たのか聞かない方がいいのかな?』
アオ『警察のお世話になりたいなら話してやってもいいぞ?』
そんなにこやかな顔で言われても……
†
「まぁ、そういうことだ」
「しかし明日って、随分急だね……」
「そうでもないぞ? 何せ天道連盟管理区域だからな。許可降りるのにチョイ時間かかるし、入る前にも安全教育受けないといけないからな」
「安全教育ってそんな工場じゃないんだから……」
「死人怪我人が出たら面倒だからな。変に嗅ぎ回れたくないのもあるんだろうさ。そんじゃあ行ってくるわ。土産話は申し訳程度で期待しててくれよな」
†
……結局翠嵐に土産話をする機会は、永久に失われてしまったわけだが。
ひとまず、これでひと段落と言ったところだろうか。
これまでが、この遺跡--今は名実ともにでかい墓標へと変身してしてる真っ最中だが--に乗り込むまでの話だ。
眠気がだいぶキツくなってきたが、最後まで話すことはできる……ハズだ。
じゃあ、次はここに乗り込んで、今に至るまでの話をしよう。
そして、僕の話はそこで終わりだ。