第3章-6 方士と狐巫女と自己証明⑥
審判が掲げたその手を振り下ろしたのに対し、一瞬の空白を経て、二つの動きが生まれた。
一歩目を強く踏み込み、最小の振り方で相手の手を打ち据えようとする動き。
そして、迫ってきたのを見て、後ろに下がりつつ、その上でその剣を受け流そうとする動きだ。
†
「…………」
蒼玲が選んだのは、後者の動きだった。
知らぬ相手、使い慣れていない得物。そして、万全とはあまりにも程遠い装備と状態。
わからん殺しを叩き込むには、あまりにもリスキーすぎる。
だから、落ち着いて、一歩下がる。
それに付随して、あわよくば姿勢を崩せればというちょっとした期待のもと、木刀を少し傾けて受け流せるようにする。
最良の選択ができないならば、一息置いて相手の動きを見るこそ立派な安牌だろう。
それが、彼の思考であった。
では、その結果は?
†
その一打で、蒼玲の木刀は文字通りへし折られた。
†
『今のはなんだ!? 鉄芯でも仕込んであったのか?』
宙に浮かぶ画面——蒼穹が狼狽える。
『いやそもそも、殺傷性のある術式は禁止じゃなかったのか!?』
「違います。蒼穹さん」
そう返すのはスズネだ。
「あれは、術式じゃないんです」
†
驚愕の表情と共にさらに一歩二歩、方士が下がっていく。
……まずは、武器の破壊。これで追い込めた。
この相対において、遠距離攻撃の他に禁止されていることがある。
それは——
文字通り、相手を死に至らしめるような術式の禁止。
並びに、捻挫か軽い打撲以上の負傷を与えるような攻撃。
対して、例外的に許されていることが一つある。
……この二つの縛りに抵触しない限り、武器の破壊は不問とする、だ。
やったことは大層なことではない。
単に、環子を木刀に込めた状態で、勢いよく叩きつけただけである。
ただ込めただけでこうなるかと思うかもだが、武器自体の強度を上げつつ切れ味も保たせることができるだけでもかなりの差があるものだ。
無論、今の得物は木刀なので、前者の方が大きい。
そしてその木刀を身体強化術式で得られた膂力と速度で叩きつける。
シンプルではあるが、それゆえに先の戦い方を組みやすい。
……いい流れだ。とっとと勝負を畳めばオノサキ様の機嫌も良くなるだろう。
あの方士の何が気に入らなかったのかはわからないが、あそこで暴れられてもこちらが困るのだ。だから、相対に持ち込むことができた。
……とはいえ、状況が状況とはいえ、スズネさんには申し訳ないことをした……
しかし、相対に持ち込んだからといって怒りはそうそう治るものでもない。
こちらが手こずって長引こうものなら、それこそ目も当てられない。
……あいつにはもう武器はない。そして得物を持つ相手に素手で挑むのは愚の骨頂だ。
何しろ、生身の状態で短刀などの得物を持った相手と相対した際は四の五も言わずにとっとと逃げろと言うのが道示団の戦闘規範——そのうちの自衛術の項目に記載されているほどだからだ。
それがわからないほど、彼も馬鹿ではないだろう。
だから、
……これで終いだ、人間。とっとと降参してくれ。
そう思うイナトセの眼前。蒼玲はこちらをしっかりと見据えていた。
降参するわけでもなく、この先の先をいかに切り抜けるかを見極める、そんな目を。
†
日和った、と言えば否定はできない。
同様に、舐めていたこともこれまた否定できない。
だがまさか、
——木刀を叩き折られるとは。
「その木刀も、法宝なのか?」
「なんだそれは」
「さっき見せた首輪のようなやつ。エーテル消費して動く武器の類だ」
「なるほどな。ならば答えはノーだ」
「そうか。なら何かしらの術式か?」
「それも違う」
「……技術、か?」
「だとしたら、どうする?」
アタリ、か。
「その半分になった木刀で対抗してみるか? 私はまず降参を進めるがな」
……なるほど。
詳細はわからないが、武術に準ずる何かなのだろう。
立派な技術というなら、
「こっちも技術で応じよう」
木刀を投げ捨てる。
人差し指と中指を合わせ、親指で薬指と小指の境を塞いで——剣指とする。
一呼吸。
大気中のエーテルをかき集め、錬砂を手繰り、剣指の先に一本の短剣としてその姿を示す。
「三元剣、というものだ。俺がいた方術流派における戦闘方術の基礎中の基礎でね」
「なるほど、基礎か」
「自己申告にはなるが、刃は潰した状態だ」
さて、新しい得物は用意できたが、それでもイーブンになったとはまだ言い難い。
こちらは短剣。向こうは刀。リーチは相手の方が上だ。
ある程度まで打ち合えはできるが、やがてリーチの差で押しつぶされるのが関の山であろう。
相手の手札は、どれぐらいあるのだろう?
……いかんな。意外と鈍っている。
こういう時はまず、起点に立ち返ることだ。
†
『蒼坊、いいか。お前の術式は他のやつには引けを取らねぇ。これは俺が保証してやる』
『だが敢えて言うぞ』
『戦闘方術の基本を思い出せ』
†
ここに流れ着いてから、思っていた以上に焦りすぎたのだろうな。
いや、遺跡で刺された頃あたりか? まぁいい。
……そうとも。木刀だけでやれとは言われてはいない。
だから、
……三元剣は、あくまでつなぎだ。主役じゃない。
……でも、この三元剣に可能な限り意識を割いてもらわない限り始まらない。
だから、やり方を変える。
無論、こちらからやたらめったら攻め立てるわけではない。
攻めに繋がる守りで、攻めになる守りだ。それが自身の得意とする戦い方なのだ。
そう、いつも通りを思い出すのだ。
構える。
「——さぁ来い!」
「勝負!」
そして、眼前のイナトセは、二度目の突貫を敢行した。
†
上段から打ってくる。
角度をつけて受け流す。
重さと衝撃は相変わらずではあるが、三元剣はその程度では折れない。
払うように受け流す。
横一文字。
一歩下がって回避。
肩から少し離した位置に突く。無論敢えて速度を落としてだが。
避けられる。
いいぞ、そうでないと困る。
一歩下がってからの袈裟斬り。
一歩踏み込む。
下から峰を持ち上げて、
空いた腹を掌底で打つ。
「ぐっ……!」
うめくイナトセの視線は、右の剣指に向いている。
剣指を解き、指三本。
刀身は縮む。
「ちぃっ!!」
一歩下がっていく。
うん、焦っているな。
先の降参のといい、とっとと勝負を畳みたいように見える。
そして、一歩先に踏み込む。
†
蒼玲とイナトセの打ち合いが続く。
先に木刀をへし折られたとは思えない程には、互角である。
しかしそんな観客たちが抱く印象とは別の印象を蒼穹とスズネたちは抱いている。
『いい調子だ。今の流れから見るに、だいぶ戦い方を思い出して来たんじゃないか?』
「あの、蒼穹さん。レイさんの戦い方って言うのは」
『戦闘方術に限らず、あらゆる武術に共通する基礎がある。何かわかるかな? スズネ嬢』
「えっ、えっと立ち回り方?」
『もっと根幹だ』
それはつまり、
『武術というのは、突き詰めれば殺しの技術だ』
その観点でいくならば
『敵を確実に殺すためには、ありとあらゆる道具を、十全に使いこなすことが前提になる』
それは、肉体。
それは、刀剣。
それは銃器。
そして、方術と法宝。
「なんでもありってことですか……」
『勘違いしてほしくないのだが、君たちの戦い方が弱いというわけじゃない。事実、対人に視点を置いた戦い方をベースとなっているものもあるし、蒼玲の木刀をへし折っていたからね』
ただ、
『君たちと彼とで、敵であると定めている相手が違っていただけだ』
スズネたちは怪異を祓うための戦い方をする。
それは自身のみならず、同門の者たちと、周囲の人々と、怪異の根源となってしまった人を救うためだ。
対する蒼玲は、方士——人間を殺すための戦い方をする。
それは自身のみならず、同門の方士たちとその技術と、無辜の市民を守るためだ。
『彼が君たちに協力するに当たって、障壁になる点はそこにある』
「と、言うと?」
正直なところ、スズネからすれば(全く別の戦闘術に見えるのもあるが)自分よりずっと圧倒しているように見える。
事実、手も足も出なかった竜型怪異を打ち破っていたのだから——
いや、打ち倒したが祓っていなかった。その気ではなかったからと言えなくはないが、それはそれでまた問題である。
「そうか……レイさんは祓いを知らないんだ」
そう言うことだ、と蒼穹は語る。
『蒼の戦闘能力と経験は私が保証する。何せ方術流派に入門してから、数えきれない殺し合いを経験して、今まで生き残ってきたのだからね』
だが、この黎明想域——そして道示団と行動をともにするとなれば、別の問題が浮上する。
『おそらく、このままだと君たちの協力なしでは怪異の根源になった人ごと殺してしまいかねない。先の竜型がいい例だ』
蒼穹は現時点において高度な知性を有する人工知性であると言う自認はある(無論、へそくりの計算資源があることが前提だが)が、それを差し引いても蒼玲の術式は、自身が知っているものとは違いすぎる。そしてスズネら道示団の『祓い』は未知の域だ。
最高の人工知性といえども、わからないもの知らないものをどうにかしろと言われてもどうしようもない。
かと言って、彼女たちはその『祓い』で成り立っているようなものだ。その技を部外者に教える真似はできまい。
だが、
……天道連盟でもなく、方術流派の一員でもなくなった我々が、新たな盟友を得ることができる。これは蒼玲にとっても大事なことだ。
そして、そのこれからはこの相対が終わってからだ。
タイミングがいいことに、蒼玲の方もこの相対を畳む気でいるらしい。
『さて、スズネ嬢。蒼が勝負を決めにいくぞ』
†
一歩踏みだす。
先の打ち合いで、十分三元剣に意識を向かせることができたはずだ。
その証拠に——三元剣の剣先を少し振る。
それを隙を認識したイナトセが打ちにかかる。
快音と共に弾く。
「——っこの!」
再度打ってくる。
剣の腹で受けて、受け流す。
仕置き代わりに腹を打つ。
……環極なしで立ち回ったから時間かかったとは言え、散々弾いて振ったんだ。
……押せば崩せる……はず。
だから蒼玲は確信と共に攻めに行った。
一歩、おおきく踏み込む。
三元剣を打ち込みに行く。
†
イナトセは焦りの中にあった。
先に木刀を打ち壊して、先手と流れをとった。このまま終わるともすら思っていた。
だが、今はどうだ?
いいように動かされ、打破しようと打ち込めばその尽くが受け流され、そのついでとばかりに一発一発叩き込んでくる始末だ。
その一発の掌底は重く、身体の奥深くに浸透してくる。そしてその一打は確実にこちらの体力を奪い、そして崩しにかかっていく。
今打ってきた掌底も、そうだ。
……このままだと負ける!
……だがどうする。意表を突くか?
そう思うや否や、突如として蒼玲が攻めに出た。
……踏み込みに行くモーションが見えなかった!
敵の環子剣——三元剣とやらの間合いに踏み込んでくる。
そこは自身の得物より少し内の間合い。
打ってきたのを、木刀で受ける。
……くそ、重い!
身体ごと持って行くような、そんな痛烈な重さだ。
先の打ち合いの合間で、木刀に構造強化の術式を付与させていた。
そのはずなのに——木刀から嫌な音が聞こえてくる!
二打目がくる。
「ぬっ……があああっ!」
強引に受け流す。
これ以上はダメだ。
受け続けたら詰む。
多分次の一打で木刀が折れる。
この醜態ではオノサキ様も怒り心頭だろう。
……強引にも勝ちを取りに行く!
こちらから、打ちに行く。
打ちに行くが、打つつもりはない。
……こちらから三元剣の間合いの内に潜り込んで組み合いに持ち込む!
そう思い、木刀を握る力を緩めると同時に、
淡く、黄緑色に光っていた三元剣が、解けて消えた。
打ちに行った腕と胴体に腕を添えられ、右太ももに感触を感じた直後——
視界がぐるりと周り、背中から強い衝撃が襲った。
息が止まる。
……な、何が。
一瞬意識が飛んだと錯覚したイナトセの首を、何かが掴む。
それが蒼玲の手であることと、目の前に三元剣が構えられたことに気がついたのは、その錯覚が覚めた後だった。
「そっ、そこまでっ!!」




