第3章-1 方士と狐巫女と自己証明①
「………………なにか、失礼なことをやったか? 例えば、寝てるところをみだりに起こすなとか」
「蒼、十対ゼロで君が悪いんじゃ無いか?」
「なんでさ」
「…………ごめん」
†
『央京』――正確には『央京の都』と呼ばれているそこは、どうもこの国の首都であるらしい。
そしてそこでは連続神隠し事件が発生しているのだという。
いま、僕がいるところはそこから遠く離れた……言葉を選ばないなら、田舎だ。
道路なんてないし、車はありはするが金持ちしか持てない始末だ。
察するに、技術面――とりわけ工業面では蓬莱よりずっと劣るだろう。首都圏はどうかにもよるが、ほぼ同じ水準でないのなら……結論は変わらない。
……話を戻そう。
……ここが蓬莱――新崑崙であったのなら、誘拐事件など特段珍しいことでも無い。自分で言ってて悲しくなるが。事実である。
しかし、ここは蓬莱ではない。
これは日常ではないのだ。決して。
だからこそ、僕は二人に協力を申し出て央京に向かうのだ。
幸いにも、道示団の方も、こちらを受け入れる算段だったらしい。
兎にも角にも、道示団に僕の有用性を示すために動かなければ。
師匠の消息を追うために。
警句を全うするために。
天道歴621年7月。記録者 蒼玲
黎明想域 白原神社にて
同行者の出立の準備が整うのを待ちながら。
†
そう音声記録を残した僕は、どこか心地良いい草の感覚を手に感じつつ、ふぅ、と一息つく。
タイミングを見計らっていたのか、タケノコを被った二頭身の狐――代詠精霊と呼ぶらしい――がお茶を(スズネの分も含めて)持ってきてくれた。
お礼を言って受け取る。
「……ああいうのってそこら中にいるものなのか? 外には狐みたいなのがうろついてたが」
「あれ? レイさん、シキガミ見たことなかったんですか?」
と、新しい巫女服に着替えたスズネが振り向く。
「あぁ、人造法霊っていう似たようなものはあるが、ああいうエーテルで出来た実体は持っていないもんでね」
「蓬莱にも似たようなのがあるんですねぇ」
「まぁそれは良いとして……あのキツネのシキガミ――あれもクダギツネなんだっけ? ――なんだが、一つ聞いていいか?」
「なんです?」
「なんでタケノコを被っているんだ?」
最初見たときは烏帽子の類だろうと思っていたが、本当にタケノコだったので判断に困る。
「なるほど、ちょっと聞いてみますね。……ふむふむ、なるほど」
「なんかわかったのか?」
「ファッションだそうです!」
「ファッション……? そういうもの……なのか?」
にわかに憤慨し始めたあたり、本当にそうだったらしい。
心なしか「おうおう兄ちゃん、俺のファッションセンスにケチ付ける気か? おおん!?」と言っているようにも見える。
「…………いい、センス……だな」
それで得心を得たのか、両手を握り、そして指鉄砲のように(獣の手なので判別できない)しその先を向けてきた。
「喜んでるみたいです!」
「そ、そうか……」
そして口を湿らすためにお茶を一杯飲む。
「その……さっきのミオリなんですけど、すみません。本人も悪気はないんです……」
「方士を恐れる人間なんて腐るほどいるし、何度も会ってきた」
「そんな、レイさんが方士だからって決まったわけじゃ」
『そうだぞ蒼。気分よく寝てるところを起こされたら苛つくだろう』
手元にあった剣――師匠の形見兼、無駄によく喋る人工知性である『蒼穹』の指摘は論外として、
「それならありがたいんだが、目がな……一緒なんだよ」
同じなのだ。
方士を前にした一般人が浮かべる瞳の色と。
一般人に害を与えた方士や方士崩れを粛清して、感謝されることは多々あれど、そこから本当に感謝しているものを挙げるとするなら、数えるほどしか無い。
皆同じなのだ。人の形をした化物を見るような、怯えたそんな目。
そしてそれは、かつての僕が浮かべていたものであった。
「慣れたつもり……だったんだけどね」
『――蒼。君、彼女に嫌われるようなことをやったか?』
手元にあった剣――師匠の形見兼、無駄によく喋る人工知性である『蒼穹』がぼやく。
「ねぇよそんな記憶。初対面なんだぞ?」
『アレは初対面と呼ぶにはいささか物騒に過ぎると思うがね』
「お仲間が剣を向けてきたんだ。お互い様だろう」
ちなみに、その本人らである道示団の隊員たちはこの神社の設備を使って報告書作りに勤しんでるとかなんとか。
「……ミオリの様子を見てきますね」
去っていくスズネの背を見ながら、これからのことを考える。
兎にも角にも、道示団の方士対策が確立されていないかつ技術面で大きく劣るのが問題だ。これを方術流派——そのうちの過激派が見逃すはずもない。
対策はまだしも技術は一日一夕で確立されるものではない。戦術も然りだ。
当面は、僕が動くことでなんとかはなるだろう。だがそれが通用しなくなる瞬間が必ず来る。
ただ、僕が動くとは言うが、その戦う手段もままならない始末である。
やはり導術環のストレージの中身が消し飛んだのは本当に痛い。
どうしたものか。
さっきは蒼穹の演算支援でなんとかなったが、ずっと頼り続けるのはリスキーだろう。
早い内に導術環を復旧させないと、この先面倒があったときにそのまま死にかねない。
とは言え、ここには互接網はない。OSを引っ張ることもできないし、そもそも他の電子算盤が必要だ。
いや、そもそも断ずるほどにはこの世界のことを何も知らないではないか。
ほんとうに、どうしたものか。
「うーむ」
†
「よぉ、久しぶりだな蒼坊。お前までこっちに来る必要はなかったってのに」
†
目覚めは、お世辞にも良くはなかった。
「……」
術式を走らせていない身体というのは、意外に不便なものだったらしい。
まさか、ぼんやりして過ごす間に寝落ちするだなんて。夢は……見ていたかもしれない。
そこまで疲れていたか? と思ったが、
……ずっと寝ていて体力落ちてたところに、怪異とやらの切った張っただったしなぁ。加えて空きっ腹に飯だし、わからないことを考えていたら眠くなるのは世の常だし尚更だろう。
と思い至る。
疲労回復の術式ぐらい使っても良かったか? と思わないでもないが、加減をしくじるようなマネは避けたいところだった。
しかし、ここまでぐっすり寝るのは久しぶりだなと思いつつ目を開ける——
……天井が見えない。正確には上半分。
「……………」
……オーケー、何か心当たりがあったはずだ。そう例えば、寝落ちする直前にスズネが戻ってきてて——
「!?」
……いいか、方士蒼玲。こういう時こそ思考をクールに保つんだ。
天井を覆い隠してるそれが彼女の着ていた巫女服のそれだとか、後頭部に感じるふわふわとした柔らかい感触が何に由来してるものだとか、そういうことは考えちゃいかん。
「……!?」
無理でした。
「あっ、レイさん。おはようございます!」
「…………えっと、これは……一体?」
「命の恩人ですもん、このぐらいサービスサービス、です」
「……そうか。すまんな、急いで動かないといけないのに」
「良いんですよ。すぐ着きますし、レイさん自身病み上がりだったじゃないですか」
「すぐ着くという意味はよくわからんが、休んで良いのなら遠慮なく……膝枕はもう良いんだが」
「ダメです。しっかり休んでください」
ダメだったらしい。
困り気味だったのが顔に浮かんだのか、それが可笑しかったのかくすくすと蒼玲の髪を撫でる。
びっくりするほどくすぐったくて、そして巫女装束から漂う花——金木犀の香りが余計にくらくらさせる。
予防接種で慣れたつもりだったのに……と思う蒼玲だが、実際の所は同年代の女の子に何の打算も目論みもないまま交流するという経験がなかったためであった。
「……レイさん、ひとつ聞いて良いですか?」
「なんだ? 答えられる範囲でならなんでも答えるつもりだが」
「さっきの事なんですけど、レイさんはどうして方士になったんですか?」
「……それは、今答えないといけないことか?」
「今教えて下さい」
「……聞いても面白いものじゃないぞ。前提になる知識とかそこそこある」
「が、がんばります」
ふぅ、と蒼玲はわざとっぽくため息をつく。
「じゃあ、前提の話からしていこう」




