第2章-3話 激光 It's ME
『ナイスショット。手慣れているじゃあ無いか』
そう褒めてきたのは剣――だったもの。今は弓だ。
寝てたところをたたき起こされて(しかも軽く刺して来やがった)散々だし、聞けば恩人とやらが変な化け物に殺されかけてるし、剣が弓に変身したり無駄におしゃべりだしともう色々聞きたいことはあるが――
……それは後だ。
「師匠たちから散々たたき込まれたからな」
懐かしさを覚えるが、これもあとだ。
奥を見ると、家屋に矢で縫い付けられ、もがく化け物の姿が見える。
先ほど自分の名を叫んだように聞こえたが気のせいだと思いたい。
『だが蒼、まず始めに君に伝えないといけない二つの悪いニュースがある』
「なんだ。剣が喋っていること以外で面倒ごとがあるとでも言うのか」
『ひどいなぁ……まぁいい。君の戦いを見ていた私の推測になってしまうのだが……首にあるデバイス、それが君の術式の根幹なのだろう?』
「だとしたらなんだ」
『その首のデバイスがエーテルを集め、そして記憶装置に記録してある術式を引っ張り出して走らせる。思考から制御しているあたり、諸々の動作原理は魂橋理論をベースにしているんだろう。プロトタイプではあるが似たようなものを見たことがある』
導術環のこと言ってるんだろうが、何を言いたいのかわからん。
「要点を言ってくれないか。恩人が殺されかけたのを止めただけで、あの化け物はまだピンピンしてるんだぞ」
『おっと、すまない。つまりはこういうことだ。君の首のやつ、使えなくなってるぞ』
「は?」
手のひらを見る。
まさかと思いつつ、術式を走らせようと試みる。
使いたい術式をイメージする。そしてそのイメージを導術環――その中にある人造法霊が解釈して術式を引っ張り出すのだ。
そして方術は初めて駆動するのだが……
「……走らない」
『だから言っただろう。使えないと。やはり龍脈、それも一時的とはいえ超臨界エーテルに晒されたんだ。記憶装置の中身が真っ白になってるぞ』
「は? ストレージの中身が吹っ飛んだ? というか、この様子だと……」
『勘がいいじゃないか。OSまで消し飛んでいるぞ。まぁAIが深いレベルでOSに食い込んでいるから、分ける必要があるのかわからんがね』
「くっそ、最悪だ。ただの飾りでどうやれと」
『いいか、こちらから提案がある』
「もうなんとなく察しは付くが言ってみろ」
『導術環の動作原理は把握している。その動作を私が代わりにやるのはどうだろうか』
大した自身だな、と思う。
「やれるのか?」
『最大限の努力はするが、君の術式は《《私が知っているものと違いすぎる》》。過信はしないでくれ』
……違いすぎる、ねぇ。
こりゃあ使う術式は幾分か絞った方が良さそうだぞ。元から絞ってるけど。
「早い話が、それなしでも使える自信がある術式を使ってくれってことだろ。身体強化とかの基本的なのは方士なら誰でも使える。オリジナルの術式も同様だ」
『理解が早くて助かるよ。それと君の創作術式となると、アレか。キョンシー兵とその操者の精神を灼いた奴か』
「アレはただのクラッキングだよ。その前だ僕の創作は」
『そしてアオ、もう一つの悪いニュースだが……どうもあの竜の化け物はあの遺跡で遭遇したキョンシーと、その操者のなれの果てのようだぞ?』
「……へぇ」
腰に付けたポーチから素の呪符を取り出し、自力で術式を走らせる。
術式が走ったのを確認した蒼怜は、その呪符を宙に置くように手放した。
治療系の方術は基礎中の基礎だ。
そして、へたり込んでいる狐耳の娘を守るように、竜の前に立つ。
右に持った元剣を本来の姿にもどし、逆手に持って、そして左は口元の近くに置いて構える。
そして見慣れた混元現実に見慣れた文が浮かぶ。
『未分類術式 ”環極”:駆動中』
『Atell stock:0』
†
「よぉ、ちょっと見ない間にずいぶん様変わりしたな」
『………!』
「丁寧に精神をこんがり焼いたのに何で生きてるのかはこの際聞かん」
『……』
「――ここは、ずいぶんとエーテルに満ちているな。意味はわかるか?」
『……?』
「遺跡の時と違って、遠慮無く全力で殺せるって事だ」
『……!?』
「死ね。方士未満の屑が。疾くと死ね」
竜は叫ぶ。
先ほどとは違い、隠していた純然たる恐怖を表に出し、ただ逃れたい一心で蒼怜に挑みかかる。
目の前に立つ、かつてこの身体を二度殺し、そして精神を焼き殺した悪夢そのものから全力で逃れんために。
†
恐慌状態になっている敵ほど、御しやすいものは無い。
軽くステップして、腕の内に飛び込む。
冷却術式と身体強化は正常に駆動中。
向かう右手を、左腕で上腕を軸に回すように――弾く。
竜の姿勢が崩れる。
後ろに一歩。そして上半身を左にねじりつつ、右に回り込む。
手を熊手にして、力を放つ――
『術式照準を検知! エーテル弾。上からだ、当たるぞ!』
……背からエーテル弾を打ち上げて、垂直から落としてくるか。
「無駄に戦闘慣れしてんなよ……」
直後に後ろにステップ。先ほどまでいた場所を四発のエーテル弾が通り過ぎ、地面を穿つ。
上を少し見ると、もう四発が遅れてやってくるのが見える。
『第二波だ!』
「受けるよ」
一発目。右腕を内に回してはたき落とす。
二発目。返すように外側に回し、弾く。
一歩進んでコンマ数秒の空白。キャスターを順手に持ち直す。
切っ先を向けて、三発目。逸らそうと試みたが、剣に触れた途端消失した。
四発目に剣の面でぶっ叩いて消す。
返す刀を竜に向け叩きつけ――袈裟に切り裂く。
『――――!』
そして、左手で裏拳をたたき込むように用意していた呪符を叩きつける。
これも正常に駆動。竜の動きを完全に封じた。
倒れ伏す。
踏みつけて、切っ先を向ける。
印はしっかり左手で結んでおく。
導術環、その後部から冷却術式が集めた熱を大気に載せて、ごう……と放つ。
決着であった。
†
スズネは、目の前で繰り広げられる光景をにわかに信じられずにいた。
青年が、赤子の手をひねるがごとく竜を制圧したのだ。
『………!』
散々猛っていたあの竜も、今や怯えるようなうなり声を上げている。
そして、痛みが少し引いて、アドレナリンのせいかと思ったがどうも違っていたらしい。
近くに落とされた呪符には、鎮痛と応急処置を行う術式が刻まれていたようだ。
さすがに自力で立つことはまだ難しいが、先ほどよりかはまだマシだろう。
身体制御の術式でなんとか立ち上がる。
「君……さっきはありがとう」
青年は、振り向かずに返す。
「……行き倒れていたところを助けてくれたらしいな。感謝する」
「いや、お礼は……いいよ。ただ……何してるの?」
よく見たら腕や足を切り裂いているが、ただ切り裂いてるというよりかは腱を切っているような……
「術式で動きを封じたが、不安だからな。念には念をってことで四肢の腱を切ったところだ」
「それで何をする気なの……?」
「こいつの攻撃から頂戴したエーテルで首から上を吹っ飛ばすところだ。すぐ終わる」
ちょっと言っている意味がわからなかった。
「……えっ?」
「どうもこの化け物は、俺を刺した屑のなれの果てみたいでな。報復もあるが、どの道生かしておいても碌なことにならん」
「蒼。おそらくこの化け物は別の手段で解消できるもので、人を殺す必要は無いし理由もないのだろう。それに君は殺す決断をするのが早すぎる。見ろ彼女を。ドン引きしているじゃ無いか」
「剣が喋ってる……」
「違うところにドン引いてないか?」
「何故だ……」
……やっぱり幻聴じゃ無かったんだ。
「で、殺す必要は無いって何でそう言い切れるんだ」
『そこの彼女が使っていた術式がそうだったからだ』
「えっ、なんでわかるの」
驚きより困惑が勝った。
「……まぁ事情は後で聞くが、どの道殺すことには変わらんがな」
†
「数えて九発……内四発はよけて二発は消えたが、3回の攻撃分だ。周りのエーテルも一緒に使って精神を徹底的に灼いて木っ端微塵にしても余裕でおつりが出る。返してやるよ。おまえに」
『たすけ――』
「遠慮無く死ね」
爆ぜる。
しかし、何か違和感がある。
……三回分にしては威力が強すぎないか?
直後、世界の速度が遅くなる。
《アオ。もう遅いが、いくら何でもやり過ぎだと思うぞこれは》
《いやまて、これなんだ? 走馬灯か?》
《魂橋理論の応用だ》
《それは後で聞くが、やり過ぎってどういうことだ?》
《そりゃあエーテルが無くなりかけてる蓬莱では、安全装置を切って全力で集めても問題は無いだろう。だがここは蓬莱じゃ無いんだ》
《……?》
《まぁ幸いにも家一軒が吹っ飛ぶ程度。狐耳の娘も、今来た狼耳の娘が救助した。周囲に結界張って防護もしっかりしてる。いい手際だ》
《俺は? というかあいつと自爆で心中とか最悪すぎるぞ!?》
《割り込みで威力を調整したのと、障壁術式を緊急で出すから、死なないだろう。多分な》
《多分て》
《じゃあ速度を戻すぞ》
「ちょっ――」
そして目の前が真っ白になった。




