第2章-2話 クロッシング
「例の爆発の調査って、まだ始まっていないのか?」
そう声をかけてきたのは、定食屋にいた別の客だ。
「まだだねぇ……うちの神社にはその手の調査を行う機材なんてないしさ」
「巫女さまの見立てではどうなんだい? 新しい彼氏も含めて」
「ちょっとやめてよ……」
……確かにちょっといいかも、とは思いはしたけどもさ。
「その手の事象にたいして専門外っていう前提で聞いてほしいけど、環子に分解されたものなんだろうと思うよ」
一息。
「でもそれ以上はわからないし、この見立ても合っているのかわからないね」
「彼氏殿は?」
「しらない!」
†
「……なるほどなぁ。最近変な怪異が出たとか出ないとか聞くし、恐ろしい時代だな」
「変な怪異って?」
「最近噂になってる奴でな、なんでも術式を使ったとか人語をしゃべったとか、そういう怪異がいるらしいんだわ」
「なにそれ、術式を使う上にしゃべる怪異なんてマンガやゲームじゃないんだから……」
「まぁそういう噂があるってこった」
「実際にどうなんですか?」
後輩が尋ねた。
「噂でしょうね。そんなのがいたら番屋から報告が来てると思うんだけど」
少なくとも、一般的な怪異の退治なら番屋が対応できる範疇だ。
自分の出番と言ったら……
「怪異だぁぁッ!!」
こういう突発的な出現に対してであろう。
……きつねうどん、食べそびれちゃったな。
……食べたばかりだろって? 別腹なんですヨー
†
「おい大丈夫か!」
「あぁなんとかな……」
「しかしあいつ何なんだ……術は使うし、こっちの術式は効かないし」
「いかん! あいつ、村に向けて移動してるぞ!」
「まずいぞ、村の方でも怪異が実体化して暴れ出してるらしい。かち合いでもしたら大惨事だぞ!」
「いいか、絶対に止めるぞ。止めきれなくとも時間は稼げ! 行くぞ!」
†
怪異というのは、概ね二つに分けられる。
一つは自然発生したもの。小型のものが多く、番屋の人員なら容易に対処できるレベルだ。
もう一つは人由来のものだ。個々人のネガティブな感情を起点とし、ある一定を超えたらさぁ大変。環子がそれを実態のモノとして形作るのだ。
こればかりは個人差はあるが、運が悪いと大型のものが化けて出る。
今回は後者の後者。
「おっきなリスの怪異なんてまず見ないなぁ……」
目の前には二階建ての家の高さに匹敵するであろう、そんな大きさの黒いリス。
尻尾にはその根源になってしまった一般市民がぶら下がっている。意識はあるが抵抗する体力は残っていないらしい。
……そういえば、リスってほっぺに食料をため込む習性があるってテレビで見たっけな。経緯はよくわからないけど、食欲関連のが起点なのかな。
しかし、
……食欲程度でここまでデカい怪異に化けるものかな。
少なくとも、目の前にいる怪異が周囲に対して被害をもたらす前に祓うのが巫女の役目というものだ。それに追いかけっこにもうんざりしてきた頃なのだ。
リスは巣に食料を持ち帰る習性があるというのは教育番組の談だ。ならばやることはシンプル。個人情報を融通しても許される道示団の巫女権限万歳。
「……というわけで」
告げる。
「この地の守護を司り、そして道を示す我白原の名と同じく道を示す白紲神社の名において――」
怪異が突っ込んでくる。
ワンパターンな突進だ。こういうものは姿勢を崩させやすい。
「祓うべし」
怪異の後ろ足を払う。狙い通りにバランスを崩して転倒する。
「来たれ。我がシキガミ」
「この地に住まう我が眷属たちよ!」
「私の元に集いて、その声をもって道を示せ!」
地中から現れた半透明のクダギツネが、手元に集まっていく。
クダギツネは、主の意によって詠う――
そしてスズネはあるものを両手でつかんでいた。
鞘に収められた一本の刀。
「錬打」
同時に巫女服もその存在を別のモノへと再構築されていく。
霊装帯。道示団の装備の一つ。
巫女服であるが装甲服でもある。それを文字通りに体現したものがそれだ。
自動でその姿を変えていくのだ。
白と水色の組み合わせはそのままに、防護と強化術式が連鎖的に走る。
そして巫女服は、巫女服型の装甲服へと変身した。
刀を逆手に構える。左手は鞘に添える。
転がった怪異は少し遠い。
ちょうどいい距離だ。自身に向けた刃を敵に向けるのに十分間に合う。
「閃破 三重」
シキガミが術式を詠う。
一歩踏み出して、そこに代詠した加速系の術式も重ねて加速する。
抜刀。
怪異がこちらを向く。だが遅い。
刀身を半回転。
斬った――
手応えを感じるのと同時に自身の体が何かに吹き飛ばされた。
†
「な……にが」
衝撃により飛びかけた意識を無理矢理つなぎ止め、身を起こす。
自身を吹っ飛ばした犯人――人と呼ぶべきかわからないが――はすぐそこにいた。
竜だ。
四つの足で何かを踏みしめて、何かをむさぼっているように見える。
何を……まさか人間を?
予想は違っていたようだ。
こちらのことなどつゆ知らずと言わんばかりに、抵抗するリスの怪異の四肢を潰してむさぼり食っていた。文字通りに。
「怪異が、怪異を食ってる?」
そんな事例は聞いたことが無い。そもそも竜型の怪異もまた同様だ。
「何なのよあいつ」
「スズネの姐さん! 大丈夫ですか!」
駆け寄ってきたのは番屋の隊員だ。あの竜との戦闘由来かは不明だが大小含めた傷を負っていた。
「姐さんはやめてって言ってるでしょ……あいつなに? 報告にも聞いてないんだけど」
「最近噂になってた変な怪異って奴でさ。噂程度にしか思ってい無かったがマジでいやがったんだ」
「定食屋で聞いた。人語を話す上に術式まで扱う奴だって話よね」
「知っていたなら話は早い。巡回中に旅行客を襲っているのが見えたんで助けに行ったんですが、このザマですわ」
「その旅行客は?」
「なんとか逃がしました……というよりかはあいつが急にこの村に突っ込んだが正しいですがね」
「あの怪異を狙って、かな」
「わかりませんが、とっとと尻尾に付いてる民間人を助けないと、怪異ごと食いかねないですぜ」
「……私がおとりになる」
「無茶言っちゃあ困るぜ姐さん。あいつ環流術使うんですぜ」
「だからよ。今この場でなんとか出来るの私しかいないでしょ」
†
「そこのクソ駄竜!! さっきはよくもやってくれたじゃない!」
竜がこちらを向く。正直言って不気味にもほどがある。目すら無くあるのは口だけとは。
おとりになる、なんとか出来るといったが、正直怪しい。先の一撃で霊装帯が一部機能不全に陥ったのだ。無論簡単に壊れるほどヤワに作られていないモノがである。
オマケにめったに折れない錬打も真っ二つだ。いったいどれだけの膂力とエーテル干渉能力があるというのか。
目の無い顔の竜がこちらを「見た」と感じ、横に向けて飛び込んだ直後、さっきまでいた場所を竜の一撃がえぐっていた。
そして竜の言葉が耳に入ってきた。
『…………!!』
何を言ってるのかは声が小さいこともあってわからないが、これだけはわかった。
……すごい殺意。
脚をみると、術式が走った事を示す残光があった。
……まさか本当に術式をつかうなんて! いやそれ以前に何なの?
隊員がこちらを向いたが、気にするなと返す。
そして、竜と向き合う。
救助には成功しつつあるようだが、問題はこの竜をどうするかだ。村の外に誘導するのは前提としてどうやって倒すのか。
いや、そもそも倒せるのだろうか。
その内心の葛藤を読み取ったのか―――
竜が動く。
咆哮も何もなく、突っ込んでくる。
横によけねばと思うが、何故か足が動かない。いやそれどころか力すらも抜ける。
何がと思う間もなく、両足から激痛が奔る。
「姐さん!!」
両足が打ち抜かれていた。
右はきれいに下足の外側をえぐり、左は太ももをきれいにぶち抜いていた。
へたり込む。
†
「――――――!!」
叫び声が聞こえると思えば、自分のものだった。
こちらに向けて振り落とし始めたその腕には、術式の残光が散っている。
思考は散り散りだった。
……環子弾!? 大気中のエーテルを集めてそのまま弾にする、基本的な術式。いやなんでこんな正確に!? 狙って?
どうする。
逃げる? しゃがむのか? 伏せれる? いや、そもそも足が撃ち抜かれて――
あぁ、と視界がスローモーションになる。手が来た。
そっかぁ、ここで死んじゃうんだ。
死後の世界ってあるんだろうか。
でも、今がいいんだけどなぁ……
「そのまんま伏せてろ!」
――だれ?
振り返る。
そこには一つの姿が見えた。
自分たちから距離をとりつつも、弓を構えた黒髪の青年がいる。
羽織った黒い袍をはためかせながら、そこにいた。
「――――」
適度に脱力しつつ、されど引き絞られた弓から力が離れた。
とてもではないが、弓の威力と呼ぶには、あまりにも。
その威力を証明するかのように竜の巨体がよろめく。
『――れい』
「えっ」
竜が叫ぶ。
尋常ならざる殺意と別の何かも織り交ぜて。
『そぉぉぉぉぉぉぉれぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!』
「貫雲」
効力射たる、全力の第二射が放たれたのはその直後だった。




