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不断成道/アンブロークン・ラインズ  作者: 深月 慧
第2章:リコネクティヴ・ラインズ 黎明想域
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第2章-1話 このすばらしきせかい

 神社の主殿、その通路を日の光が射す。

 巫女である白原スズネは壁にもたれかかりながら、うめく。


「暑いなぁ……」


 空はどこまでも広がっており、果てなどないように見える。

 はっきり言って気持ちのよい天気だ。炎天下一歩手前の気温と、夏特有のじめりとした空気すらなければ――だが。


 こういうときには氷菓子(アイス)でもかじるのが一番だ――と思ったが


「そうだよね、切らしちゃったんだよね、氷菓子」


 そうだと言わんばかりに、烏帽子の代わりにタケノコを被った一匹のクダギツネが現在の氷気庫の在庫リストと、その消費内容がしっかり記されたリストを出してくる。


 しかし、本当に暑い。

 白くて先が黒いふわふわの尻尾も、今この瞬間ばかりは恨めしい。

 本来ならば問答無用で冷房をしっかり効かせた主殿(おうち)にこもるのが一番なのだが、彼女の仕事がそれを許さない。その上肝心の冷房が突然死してしまったのだから最悪だ。そうなってしまえばもう趣味の電子遊戯(ゲーム)戯画絵巻(マンガ)を読むどころではない。


 昨夜冷房修理の要請を出したが、如何せんここは――幾分か恵まれている方とはいえ――田舎枠だ。業者が来るまでもう少しかかるだろう。


 それに、仕事や買い出し以外にも行かないといけない用事はあるのだ。


「行こっか」


 軽く背伸びをして、手すりの上に飛び乗る。


「お留守番、おねがいね!」


 そして、彼女は何の躊躇もなく主殿の廊下から飛び降りた。

 一瞬のうちに万有引力の法則――即ち「モノは大地(した)に落ちる」というシンプルな現象に従って落ちていく。


「あっ」


 とはいうが、それは今地面に叩きつけられそうになっているという現在進行形の事ではない。

「靴忘れちゃった……」ただそれだけである。

 しかし、それもすぐに解消された。目の前には肝心の靴が浮かんでいる。

 一匹の半透明の狐が咥えていた。


「サンキュークダギツネ! 持ってきてくれたんだ!」


 慣れた手つきで靴を履いて、すとんと軽い音とともに着地。

 そして、走る。


 向かうは麓の村。

 氷菓子は残っているだろうか?



 †



「まさかどこも売り切れだなんて……」


 そうぼやくスズネの表情はしおれにしおれている。

 需要と天候というものは恐ろしいものだ、スズネはそう思わずにはいられない。


「スズ姉ぇ、定食屋さんでそんな負のオーラ出されてもみんな困るだけですよ」


 スズネの後輩でもあり、同じ狐耳を持つ少女は呆れながらそう返す。


「ダメ元でかつすっごい馬鹿なこと言ってる自覚あるけど、アイスの類って置いて……ないよね?」

「かき氷ならありますけど」

「棒アイスの気分なんだよね今」

「定食屋に何期待してるんですか、医者呼びましょうか? 熱中症になると変なことを言い出すって言いますし」

「病院には行ったばっかりだし、しっかり食べてるじゃん……」

「そりゃ定食屋さんに来たなら当たり前でしょうに……」


 しかし、病院とは。

 目の前でしおれている狐耳の少女には殆ど縁が無い場所ではあるだろう。

 心当たりは――無いわけではない。


「例の男の人ですか?」

「そう。まだ目を覚まさないんだよね」

「……その人、何者なんですか?」

「それがわかれば私も苦労しないんだよねぇ……」


 そうこぼしながらスズネは彼を見つけたときのことを思い出す。

 確か、一週間ほど前だろうか。



 †



「なにこれ……」というのが、それを見た第一声だった。

 旧ウォッチポイントと名付けられていたそこは、元々は円筒状、見ようによっては闘技場のようにも見える施設であり、いつからあったのかはわからないが、とにかく環流の状態を調べる施設だった――らしい。

 らしい、というのも、それが使われていたのはずっと昔のことであり、なおかつ高度すぎる技術が用いられた施設だったため、まともに保守もできず、そのまま経年劣化で封鎖される流れになっていたからだ。


 そんなある種のロマンを纏う施設が、一夜にして跡形もなく消失していた。


 きっかけは、夜中に生まれた光と、遅れてやってきた凄まじい爆発音と警報音だった。

 何の前触れもなく来たものだからかなり動転した記憶がある。二重の意味で心臓に悪いったら。


 大急ぎで着替えて、武装もして全力で向かった先にあったのがそこだ。


 この手の放棄された施設は、とにかく大小含めた怪異がわいて出るものだ。この旧ウォッチポイントも例外ではなかったと聞く。


 しかし、その怪異すらいない。何もないのだ。

 はっきり言って異常尽くしだ。連れていたシキガミもかなりおびえていたものだ。

 そんな爆心地にいたのが「彼」であった。


 そんな彼の格好は、全員ノーモーションで「異邦人だ」判定を下しても何らおかしくないものだった。


 髪は黒い。基本短髪だが、後ろに少し伸びた髪を束ねているのがかろうじて見える。

 道示団の男子制服に似ているようで全然違う真っ黒なほうのようなもの。首に付けられた環のような機械(?)だろう。

 機械自身が環子を集めるのは今や珍しいものではないが、それは車のエンジンのような大型の機械が該当するもので、人が身につけられるサイズまで小型化に成功した事例は聞いたことが無い。その上、術式も本人の命令なしに自動で走っている。

 そんな芸当が出来るのは、道示団が誇る技術の結晶でもある代詠精霊(シキガミ)ぐらいだが、それを使えるのは自分のようなアヤカシぐらいだ。少なくとも人間が使えたという話は聞かないし、目の前の彼も見た限りでは立派な人間だ。


 よくみれば、首以外にも彼は見たことのない機械で身を固めているではないか。

 しかもよく見れば袍のようなものにも術式が埋め込まれている。

 しかし、それがどういう術式なのか全くわからない。少なくとも自分が知っているのとは全く別の代物であるということだけはわかる。それだけ。

 首のものと袍のようなものとで複数の術式を同時に運用しているということになるが、シキガミにここまで高度な制御は出来たものだろうか。

 腰には剣が一本差してあるが、これすら尋常なモノか疑わしい。


「すまない、見ず知らずなのを承知で言うが、彼を助けてくれないだろうか?」


 その剣から声が聞こえたような気がするが、きっと幻聴の類に違いない。


 とにかく、そんな異常な異邦人が眠っていた。

 走っている治癒術式(?)のおかげなのか治りかけの傷もあるが、刺し傷のような箇所もある。

 軽く揺すっても起きる兆しは見えない。


 そのままにして置くにも目覚めに悪い。どうしようかと悩むまでもなかった。


「ありがとう。彼に代わって感謝する」


 またしても剣が喋ったが、本当に幻聴として片付けていいものか悩み始めていた。

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