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アンブロークン・ラインズ  作者: 深月 慧
ブロークン・ラインズ 霊気荒廃近域・新崑崙
1/14

プロローグ:西と東の交差路より。あるいは、とある方士の最悪な日

 新崑崙。


 そう呼ばれる都市がある。


 過去と未来の境界に立ち、東域に位置しながら、世界の中心とも称される都市。


 夜の幕が落ち、月光が海を冷たく照らす。

 街路に漂う立体映像の時刻は日付変更の直前を示していた。


 駅前の繁華街に目をやると、そこには豪華でされどどこか品のないネオンの海。

 コンビニエンスストア、カラオケ、居酒屋。

 そして、市民の流れを割くように往来する客引きたち。


「現地域での客引き行為は条例により禁止されています」と、至る所に置かれている立て看板には書かれてはいるが、この場にいる誰もが日常の一つとして気にもしない。


 世界がどれほど狭くなろうと、彼らは新崑崙のどこかで笑い、叫び、語り明かす。


 そんな街の片隅。

 薄暗いバーのカウンター。

 一人の男が真剣な口調で語った。


 ――方士は人であって人でない。

 空を駆け、尋常ならざる力と、知識を以って森羅万象を支配する。

 従人には抗う術すらない、正真正銘の化け物だ。

 それが方士なんだ――と。


 それを聞いた別の男と女は、呆れるように笑ってこう返す。


 ――へえ、それで?


 ――悪いな、ここじゃそんなもの、当たり前なんだよ。



 

 †



 ――新崑崙

 ――中間域

 頭上から降り注ぐ月光を切り裂くように、銃弾が飛び交い、銃声が都市の一部をこだまする。


 二人の男が逃げ、それを集団が追う。どこにでもいる何でも屋(アウトロー)と、小規模なギャングの追いかけっこ。

 誰かが大金を積んだのか、ただの気まぐれか。だが、男たちの目的が「一攫千金」であることは間違いない。

 一人の男が弾丸の雨をかい潜り、待機していた車両のボンネットの上を滑って車体を盾にする。すかさず拳銃を数発撃ち、追手への牽制として車に飛び乗った。相棒が同時にドアから滑り込む。


「出せッ!」


『目的地へ移動します』


 運転席に誰もいない車が、指示を受けて走り出す。


「イヤッホォ! これで俺たちも大金持ちたぜ!」


 男は戦闘の興奮(コンバット・ハイ)に任せて叫び、相棒の名を呼んだ。


 だが、様子がおかしい。相棒の腹が銃弾で貫かれ、血がシートを染めていたのに気がついたのはその直後であった。


「おい、嘘だろ!  くそっ今すぐ病院に――」


 言葉を遮るように、激しい衝撃が車を襲う。頭上から何かが飛び乗ったような、重い音。


「今度は何だ!?」

「ハロー、無法者(アウトロー)


 割れた窓から、聞き慣れぬ声が響いた。

 自分でも相棒でも、ましてや無機質な人工知能の音声でもない。


 一人の男が立っていた。

 無骨ないかにもアウトロー然とした彼らとは対照的に、薄手のコートのようなものを西域(ウェスタス)の服の上に纏い、高速走行真っ只中の車の上に平然と立つ。


「こんな夜中にどでかい花火を上げてくれたな。カツ丼は期待するなよ」

「クソっ!! こんなときに限って()()かよ!」

「流派の門を叩いてなお落ちこぼれたゴミには、もったいない死に方をプレゼントしよう。感謝しな」


 方士を撃退しようと男の腕が動いた瞬間、その腕――高度なサイバネティクス技術から成る義肢にナイフが突き立ち、シートに縫い止められる。


「あがぁァぁッ!!!?」


 縫い止められた義肢の周辺には、エーテルの残滓が舞っている。

 何かしらの呪術を使おうとしたのだろうが、その直前で止められていた。

 丁寧なことに、刺すついでに擬似的に痛覚を送り込み、同時に義肢の痛覚抑制機能をカットするという手際の良さまで見せつける。


 ナイフの柄には糸が繋がれ、その先に薄黄緑に発光する札が漂う。投擲の動きすら捉えられなかった。


 激痛に悶絶するアウトローを蔑みとともに見下した方士は、なんの感慨もなくそして当たり前のように車から飛び降り、着地する。


「排除執行――」


 直後、呪符が爆発した。小規模だが、二人をまとめて消し飛ばすには十分な威力だった。


「こちら第二班。主犯格のバカどもの処理が終わった。そちらは?」

『こっちも終わった。方士のなり損ないすらいない連中だ。どんな武器を持とうが同じさ。無双ゲーみたいにな』

「あぁ、確かに。違いない」


 西(ウェスタス)の『科学(Science)』とその技術。(イースタス)の『(TAO)』とその技術。

 その複合体たる『大道工学(テクノタオ)』。それを土台に生まれ変わった新崑崙では、方士という大道工学の申し子たる『化け物』など、今となってはありふれた存在に過ぎない。



 †



 人生に嫌な瞬間が人の数ほど星の数ほどあるように、「最悪だ」と思う瞬間も同じぐらいあるだろうとぼくは思う。


 例えば――何があるだろう?


 方術流派の試験でしくじったとき?

 大事な会議で極めて馬鹿な発言をしてしまったとき?

 馬鹿な方士が暇つぶしかなんかの研究で村一つ潰したとき?

 見知った顔のキョンシー兵が襲ってきたとき?

 理不尽にも方士どうしの殺し合いに巻き込まれて吹き飛んだとき?


 まぁ、人それぞれではあるだろう。そしてそれに事欠かないのが我らが新崑崙である。クソッタレ。


 では、ぼくの場合は?

 少なくともその答えは、体から生えている短剣と流れ出る血液が雄弁すぎるほどに語っていると思う。

 本当は今すぐにでも短剣を引っこ抜いて治療用術式と丹薬をキメて、応急処置レベルでもいいからとっとと治したい。だが悲しいかな、術式を組むのに必要なエーテルが致命的に足りていないのだ。


 新崑崙における龍脈(ロンマツ)の壊死と、それに伴うエーテル不足は今や叫ばれて久しいが、術式が組めないレベルではなかったはずだ。やっぱり場所の問題なのか?


 閑話休題。


 まず一体何があったのかを簡単に説明しよう。

 まず初めに断っておくが、僕は何も悪いことはやっていない。こればかりは天に誓ってもいい。ほか流派の一部方士みたいに罪のない一般人を虐殺したことなんて一度もない。むしろやらかしたバカどもに対して天に代わって仕置をしたぐらいだ。故郷の言葉を借りるなら天誅ってやつ。


 ただ困ったことに、理由の一つだったりするんだろうなぁこれ……。まぁいいや。


 少なくとも襲われる前までやっていたのは、現在進行形で行方不明になっている師匠の遺品の整理だ。ただ、遺品と言っても一般家庭レベルのものではない。師匠は立派な方士だし、おまけにある流派――ぼくがいるところでもあるわけだが――のリーダー的立ち位置だったのもあって、とんでもないブツが意外とゴロゴロしていたりするのだ。


 そんななか、壁を威力を絞った爆薬でぶち抜いて襲いかかって来たのが、目の前で転がっている……今や物言わぬ数体の死体になったクソザコ方士もとい鉄砲玉たちだ。


 ……さて、改めて話をしよう。

 ぼくが一体何者で、どういう人間で、どうしてこんなところで腹を刺されて、失血死か瓦礫の下敷きになるかの二者択一を迫られる羽目になったのか。


 端的にいうなら「これまで」のお話だ。

「これから」は多分ないだろう。よほど運が良くない限りは。

 そしてぼくは運が良い自覚はミクロン単位でないも同然だし、なんなら今年は厄年だ。


 だから、これからするのは『ぼくのこれまでのお話』なんだ。

九日ナインソール』はいいぞ。

そんなタオミリしらから始まるタオパンク、はじまりあじまり

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