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九、頑固親父の男泣き



ーーかさり。封筒の中からマトリョーシカみたいに、もう一枚の袋が姿を現した。私は素早く封を切る。何かに勘づいた様子の神崎さんが手を出す前に。


 ぺたりぺたりと、指紋が吸い取られてゆく心地がした。


 



『おまけ!:じーちゃんの会社、嫁と細々とやっていくことにしたから。安心してね!』


 たった一言、下手くそな矢印マークとともに添えられてある。


(なにこれ、ポストカード?)


 にしては、ちょっと物足りなさすぎるような……


 白地に滲んだ黒インク。私はほぼ夢中で、そのポストカードめいた紙を裏返す。


 

 ーーそこではちょうど、愉快な宴会が繰り広げられているところだった。

 恰幅のいい男の人たちが、社長はせっかちだったよな、とか、意外と情に厚い人だったよな、とか、口々に言い合っているのが想像できる。


 呑んだくれ従業員たちを、表情ひとつ変えず見守る、赤ら顔の神崎さん。そしてーーそんな彼を宝物のように抱えているのは、タキシード姿の男性だ。傍らに写っているのはきっと、噂の彼の奥さんなんだろう。白いドレスに包まれたお腹はふっくら張っていて、幸せそうにはにかんでいる。


 みんなが歌って、泣いて、しまいに笑い転げて。


(ああ、そっか。)

 

 

 ーー神崎さんは、結婚式に連れて行ってもらえたのだ。


 たぶん"愛しのゆーや"さんあたりが、気持ちだけでも!と言って譲らなかったのだろう。


 なんだ、結果的に良かったんじゃないですか……振り向くとともに、私はぎょっと目を見開いた。



「ま、全くっ、あの、クソガキと、きたらっ……! 遺影にテ、テキトーな写真、選びおって……!」



な、


泣いてる。


 不測の事態に右往左往していると、横から、沖田さんがこっそり人差し指を乗せてきた。


「……無粋ですよ? 男の涙を盗み見るなんて」


 私の、唇に。それはまるで、世界中の秘密をかき集めてきたばかりの賢者みたいに、たいそうゆるやかな仕草だった。






「神崎さんは、これからどうするんです?」


 何ごともなかったかのように、至極軽いトーンで沖田さんが尋ねる。しばらくしてから、神崎さんは「先に逝く」と、鼻水まじりに答えた。



「どうせ、勇也ゆうやは未練を残すようなタマでもないだろうしな…………うん、気が変わった。あいつが生きてるうちに、ゲンコツ食らわせてやらにゃ気がすまん」


 そう言って、拳にハーっと息を吹きかけてみせる神崎さんの顔は、どこか晴れ晴れとしてさえ見えた。


「では、輪廻の輪にご縁があると良いですねえ」


 おうよ! 最初に会った時みたいに、沖田さんは背中をバシバシ叩かれまくっていた。




 ふいに、神崎さんが傍観者の私を見やる。


「……迷惑かけたな、嬢ちゃん。どうやら俺たち、似たものどうしだったみてえだ」


 


 似たものどうし? 


 私はつい、おうむ返ししてしまう。私たちに、共通点なるものは存在しているのだろうか。神崎さんと違って、酒乱というわけでもあるまいし。


「どういう意……」


 行き場を失った、私の手。


 そこだけーー景色から切り離されたみたいに、神崎さんはぱっと消えてなくなった。瓦屋根の上にはただ、飲みかけの一升瓶がぽつりと残っている。


 意味もないまま、私は空中を泳ぐ。



 なんと、いうか。


 悲しいというより、あまりにもあっけなかったというほうがしっくりくる。ああ消えるってこんな感じなのかと、私は薄情にも空を仰ぐ。



(まあ、結局はぜんぶ他人事ってことなんだろうな。)



 自分のドライさに嫌気が差し始めたとき、沖田さんが突然、飲みかけのおちょこをこちらに差し向けてきた。


「どうですトラちゃん、月を肴に僕と一杯。」と。




「けっこうです。未成年なので」


 考えるまでもなく、片手でノーセンキューした。沖田さんは、これ見よがしとため息をつく。


「相変わらずつれませんねえ。未成年未成年ってさ、死んでるんだから関係ないのに」


 もしや、ちょっと酔ってるのか? 普段から飄々とした態度の沖田さんにしては珍しく、ふてくされているように見えなくもない。


「……行っちゃいましたね神崎さん。はあ、なんだか芹沢さんみたいな人だったなぁ」


 誰に語りかけているのか、彼はすーっと遠い目をしていた。哀愁漂うその姿に、私の好奇心はなぜだか突き動かされる。



 そろそろ、教えてほしい。


 紫色にたなびくこの雲の先には、いったい何が透けているのかを。


 未練を自覚したら、私も今度こそ"あっち側"に行けるだろうか。そこには、当たり前に魔法やら妖精やらが存在しているだろうか。



 頭に浮かんだ謎を遮るように、沖田さんが振り向いた。


「もしかしたら本当に、芹沢さんの生まれ変わりだったのかも!……なんてね♡」


「つまんな」


……この人に、一秒でも期待した私が馬鹿だった。儚げ詐欺には二度と引っかかるまい、そう強く己に言い聞かせる。


「おお! そうでした、芹沢さんといえば!」


 沖田さんは、懐から包みを取り出す。なんだか手品師のようにもったいぶっていた。




「じゃじゃーん! 僕とおそろいっ!」


 馴染みの仕立て屋さんお手製ですよ! それ、ぱあかあって言うんですか? どうやら若人わこうどの間で流行ってるんだそうで……嬉々として喋る沖田さんの言葉は、私の耳には入ってこない。



 セーラー服を包んだのは、浅葱色の生地に白い山形模様が並んだ……そう、新選組の安いコスプレ、もっと言うならパチモンみたいな……


「ダサッ!!!」


「ええ〜、格好いいの間違いでしょ〜?」


 神崎さんを眠らせてる間に、わざわざこんなことしてたってのか。


 能天気な沖田さんに全力で凄んだところで、「わかりやすい照れ隠しなんてしちゃって」とイジりたおされて終わる。


 もう、なんなんだ一体。


 いつの時代にも、酒が入るとダル絡みしてくる上司っているもんなんだな。私は思いきり肩をすくめる。


「んふふ〜。もしやトラちゃんの未練って、"素直になりたい"とかだったりします⁇」


「…………いきなりなんですか」


「いや、ねえ。トラちゃんはたぶん、天の邪鬼なだけだと思うんですよお」


「意味が分からないです。人を妖怪呼ばわりしないでください」


 眉毛が極限まで八の字になっているのが、触らなくても分かる。


「幽霊も似たようなもんですってぇ。うふふ、じゃく・じゃく・くじゃく・あまのじゃあく……」


 瓦屋根に寝っ転がるやいなや、沖田さんはヘンテコなメロディを口ずさみ始めた。


(くそ、下戸め……!)


 回収は誰がやると思ってるんだ。

 

 しかも素直になりたい、だっけ? この私が……いやいや、冗談にもほどがあるだろう。思わず乾いた笑みが溢れ出る。


 酔っぱらいがめんどくさいのも、パーカーがダサいのも、全部私の本心だ。


 だから。


 ダサいパーカーのチャックをわざわざ首まで上げるしかなかったのは、いつもより少しーー今日という日が寒かったせいに決まっている。



あとがき


小説を書くとき、わりとアニメの尺を意識していたりするんですけど、これでちょうど2話が放送できた感じですかね。こんにちは、メダマギ・アニメーションです。昨日卒業したばかりなのに、もう青春リベンジしたいとです(ヒ◯シみたいに言うな)。


……気を取り直しまして感想・評価などなど、いつでもお待ちしております!

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― 新着の感想 ―
うーん、今回も良い回でした! 沖田さんが戦うことなく、事件を解決できるのも、人の心に寄り添った物語のようで素晴らしいと感じました。アニメのテンポで進むというのも、読みやすさの一つかもしれないです! …
芹沢さんの生まれ変わりだったの鴨! センスありすぎる笑笑 めちゃめちゃ笑いました
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