九、頑固親父の男泣き
ーーかさり。封筒の中からマトリョーシカみたいに、もう一枚の袋が姿を現した。私は素早く封を切る。何かに勘づいた様子の神崎さんが手を出す前に。
ぺたりぺたりと、指紋が吸い取られてゆく心地がした。
『おまけ!:じーちゃんの会社、嫁と細々とやっていくことにしたから。安心してね!』
たった一言、下手くそな矢印マークとともに添えられてある。
(なにこれ、ポストカード?)
にしては、ちょっと物足りなさすぎるような……
白地に滲んだ黒インク。私はほぼ夢中で、そのポストカードめいた紙を裏返す。
*
ーーそこではちょうど、愉快な宴会が繰り広げられているところだった。
恰幅のいい男の人たちが、社長はせっかちだったよな、とか、意外と情に厚い人だったよな、とか、口々に言い合っているのが想像できる。
呑んだくれ従業員たちを、表情ひとつ変えず見守る、赤ら顔の神崎さん。そしてーーそんな彼を宝物のように抱えているのは、タキシード姿の男性だ。傍らに写っているのはきっと、噂の彼の奥さんなんだろう。白いドレスに包まれたお腹はふっくら張っていて、幸せそうにはにかんでいる。
みんなが歌って、泣いて、しまいに笑い転げて。
(ああ、そっか。)
ーー神崎さんは、結婚式に連れて行ってもらえたのだ。
たぶん"愛しのゆーや"さんあたりが、気持ちだけでも!と言って譲らなかったのだろう。
なんだ、結果的に良かったんじゃないですか……振り向くとともに、私はぎょっと目を見開いた。
「ま、全くっ、あの、クソガキと、きたらっ……! 遺影にテ、テキトーな写真、選びおって……!」
な、
泣いてる。
不測の事態に右往左往していると、横から、沖田さんがこっそり人差し指を乗せてきた。
「……無粋ですよ? 男の涙を盗み見るなんて」
私の、唇に。それはまるで、世界中の秘密をかき集めてきたばかりの賢者みたいに、たいそうゆるやかな仕草だった。
「神崎さんは、これからどうするんです?」
何ごともなかったかのように、至極軽いトーンで沖田さんが尋ねる。しばらくしてから、神崎さんは「先に逝く」と、鼻水まじりに答えた。
「どうせ、勇也は未練を残すようなタマでもないだろうしな…………うん、気が変わった。あいつが生きてるうちに、ゲンコツ食らわせてやらにゃ気がすまん」
そう言って、拳にハーっと息を吹きかけてみせる神崎さんの顔は、どこか晴れ晴れとしてさえ見えた。
「では、輪廻の輪にご縁があると良いですねえ」
おうよ! 最初に会った時みたいに、沖田さんは背中をバシバシ叩かれまくっていた。
ふいに、神崎さんが傍観者の私を見やる。
「……迷惑かけたな、嬢ちゃん。どうやら俺たち、似たものどうしだったみてえだ」
似たものどうし?
私はつい、おうむ返ししてしまう。私たちに、共通点なるものは存在しているのだろうか。神崎さんと違って、酒乱というわけでもあるまいし。
「どういう意……」
行き場を失った、私の手。
そこだけーー景色から切り離されたみたいに、神崎さんはぱっと消えてなくなった。瓦屋根の上にはただ、飲みかけの一升瓶がぽつりと残っている。
意味もないまま、私は空中を泳ぐ。
なんと、いうか。
悲しいというより、あまりにもあっけなかったというほうがしっくりくる。ああ消えるってこんな感じなのかと、私は薄情にも空を仰ぐ。
(まあ、結局はぜんぶ他人事ってことなんだろうな。)
自分のドライさに嫌気が差し始めたとき、沖田さんが突然、飲みかけのおちょこをこちらに差し向けてきた。
「どうですトラちゃん、月を肴に僕と一杯。」と。
「けっこうです。未成年なので」
考えるまでもなく、片手でノーセンキューした。沖田さんは、これ見よがしとため息をつく。
「相変わらずつれませんねえ。未成年未成年ってさ、死んでるんだから関係ないのに」
もしや、ちょっと酔ってるのか? 普段から飄々とした態度の沖田さんにしては珍しく、ふてくされているように見えなくもない。
「……行っちゃいましたね神崎さん。はあ、なんだか芹沢さんみたいな人だったなぁ」
誰に語りかけているのか、彼はすーっと遠い目をしていた。哀愁漂うその姿に、私の好奇心はなぜだか突き動かされる。
そろそろ、教えてほしい。
紫色にたなびくこの雲の先には、いったい何が透けているのかを。
未練を自覚したら、私も今度こそ"あっち側"に行けるだろうか。そこには、当たり前に魔法やら妖精やらが存在しているだろうか。
頭に浮かんだ謎を遮るように、沖田さんが振り向いた。
「もしかしたら本当に、芹沢さんの生まれ変わりだったの鴨!……なんてね♡」
「つまんな」
……この人に、一秒でも期待した私が馬鹿だった。儚げ詐欺には二度と引っかかるまい、そう強く己に言い聞かせる。
「おお! そうでした、芹沢さんといえば!」
沖田さんは、懐から包みを取り出す。なんだか手品師のようにもったいぶっていた。
「じゃじゃーん! 僕とおそろいっ!」
馴染みの仕立て屋さんお手製ですよ! それ、ぱあかあって言うんですか? どうやら若人の間で流行ってるんだそうで……嬉々として喋る沖田さんの言葉は、私の耳には入ってこない。
セーラー服を包んだのは、浅葱色の生地に白い山形模様が並んだ……そう、新選組の安いコスプレ、もっと言うならパチモンみたいな……
「ダサッ!!!」
「ええ〜、格好いいの間違いでしょ〜?」
神崎さんを眠らせてる間に、わざわざこんなことしてたってのか。
能天気な沖田さんに全力で凄んだところで、「わかりやすい照れ隠しなんてしちゃって」とイジりたおされて終わる。
もう、なんなんだ一体。
いつの時代にも、酒が入るとダル絡みしてくる上司っているもんなんだな。私は思いきり肩をすくめる。
「んふふ〜。もしやトラちゃんの未練って、"素直になりたい"とかだったりします⁇」
「…………いきなりなんですか」
「いや、ねえ。トラちゃんはたぶん、天の邪鬼なだけだと思うんですよお」
「意味が分からないです。人を妖怪呼ばわりしないでください」
眉毛が極限まで八の字になっているのが、触らなくても分かる。
「幽霊も似たようなもんですってぇ。うふふ、じゃく・じゃく・くじゃく・あまのじゃあく……」
瓦屋根に寝っ転がるやいなや、沖田さんはヘンテコなメロディを口ずさみ始めた。
(くそ、下戸め……!)
回収は誰がやると思ってるんだ。
しかも素直になりたい、だっけ? この私が……いやいや、冗談にもほどがあるだろう。思わず乾いた笑みが溢れ出る。
酔っぱらいがめんどくさいのも、パーカーがダサいのも、全部私の本心だ。
だから。
ダサいパーカーのチャックをわざわざ首まで上げるしかなかったのは、いつもより少しーー今日という日が寒かったせいに決まっている。
あとがき
小説を書くとき、わりとアニメの尺を意識していたりするんですけど、これでちょうど2話が放送できた感じですかね。こんにちは、メダマギ・アニメーションです。昨日卒業したばかりなのに、もう青春リベンジしたいとです(ヒ◯シみたいに言うな)。
……気を取り直しまして感想・評価などなど、いつでもお待ちしております!