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七、けんか別れ、かわら屋根。


「ふむふむ。それでーー待望のひ孫誕生に浮かれて酒盛りなんかした結果、今に至ると」


「おうよ。なんだ沖田、やけに物分かりがいいじゃねえかよ!」


 沖田さんは、おちょこ片手の神崎さんにバシバシ背中を叩かれている。そのはにかんだような表情からは、「僕生きてたら百ウン歳なんですけど……まあいいか!」なんて声が聞こえてくるようだ。



 さっすが、"天才剣士"の名は伊達じゃねえなーーひっく。



 

 なるほど。沖田さんの言う完璧な作戦って、瓦屋根の上で仲良く晩酌することだったのか。

 いやはや、どうしてこうなったとは私が聞きたいんだけど……とりあえず沖田総司パワー恐るべし、ということだけは理解した。


(あんなに打ち解けちゃって)


 二人はまるで、昔からそうしてきたみたいに自然に語らいあっている。というかあれは、数十年ぶりに再会したクラスメイトのノリじゃないだろうか。


「……で、両親のいねーあいつの世話は全部、俺に押し付けられちまったのさ」


「なんと! それじゃ長男坊が後を継がないことも、今の時代ざらにあるわけだ。知らなかったあ」


「まあな。かといってあいつ……孫に家業を継がせる気はみじんも起きねえが」


「そうなんですね。いやあ、尊敬しちゃいますよ神崎さん」


 沖田さんも沖田さんで、かなりのおだて上手だ。相手に気持ちよく話してもらうための"合コンさしすせそ"を心得てる幕末人なんて、まあ、そうそういないと思う。


「孫はとんでもねえヤンチャ坊主でな。もう何度、俺自慢の盆栽コレクションを叩き割られたことか……毎日毎日、騒がしくってかなわんかったわ」


 そうは言いつつ、どこか楽しげなのがぜんぜん隠せていない。

神崎さんの目尻には、たしかに慈しみの影が宿っている。

 神崎さんみたいな人が子どもを叱る時は、古典的な手法を使うんだろうな、それこそゲンコツとか。

私はそんなふうに、とりとめのないことを想像してみる。



 ところが神崎さんは何を思ったのか、ぐいっと一杯あおったあと、ぼやいた。

 

 デキ婚だったんだとよ、と。


「それも。俺になんの相談もなしに、だ」


 一気に眉間へしわが寄せられたのは、何も、酒がまずいからというわけではないだろう。沖田さんは固唾を飲んだように、彼を見守っていた。

 

 私の中に、だんだん確信めいたものが浮かび上がってくる。


 なんの前触れもない結婚。


 十中八九、それが原因でーー




「喧嘩別れ、したんですか」



「…………おい小娘。それ以上言ってみろ」






 やばい、殴られる。


 数秒経たないうちに意識が飛ぶのを覚悟して、私は目を瞑る。



 ……が。代わりに胸ぐらを掴ませたのは、沖田さんのほうだった。



 拍子抜けしたように口を開ける神崎さん。その隙を見逃さなかった沖田さんは、すみませんと言い終わる前に、彼に手刀を入れてみせた。


 がくっと膝をついた神崎さんが落ちてしまわないよう、沖田さんは瓦屋根のさらに上へとよじ登る。状況もよく理解できないまま私は尋ねる。


「あの。なん、で」


「トラちゃん、よく聞いて。」


 振り向きもせずに、沖田さんが言った。


「現世によほど強い未練でも残してこないかぎり、しゃんばらに魂が召されることは、まずありません。この人にもきっと、何かあるはずなんです」


「神崎さんの、心残り……」


「はい。蓮見湖はすみこであれば、もしかしたら手がかりだって見つかるかもしれない」


 はすみこ。おそらく、未練の対象になり得るものが浮かび上がってくるのだという、あの湖のことだ。


「現世の物に触れるーー君にはそれができるでしょう。だからこの場は僕に任せて、ね?」



 気づいた時にはもう、沖田さんたちは豆粒サイズになっていた。



 鳥居をくぐった先に、広い湖が顔を出す。


 相変わらず、ここはいろんな物で溢れている。私はぐるりと湖を一周してみる。


 ナンプレ本や写ルンです、レコードなど、おじいさんの好きそうな物が、いっせいに視界をちらついた。


 だけどそれらが、あの神崎さんの未練なのかというとーーどれもいまいちぴんとこなかった。


『デキ婚だったんだとよ』


 そう言った時の、神崎さんの切なげな声が耳にこだまする。神崎さんは、手塩にかけて育てた孫にすら頼られなかったことを、本当は悔やんでいるように見えた。たぶん本人は、裏切られたに違いないとでも思っているんだろうけど。


("親"として、かあ)


 私は考えてみる。デキ婚。電撃結婚。



『ふむふむ。それでーー待望のひ孫誕生に浮かれて酒盛りなんかした結果、今に至ると』


 探偵気取りの、沖田さんの顔。


 思いがけず、あっ、と大きな声が出た。


もしかしたら。いや、もしかしなくてもーー




「神崎さんは、結婚式に行こうと思ってたんだ。」


 答えを導き出した瞬間。私のローファーが、かさりと何かを蹴っ飛ばす。それは赤と白、シンプルだけれどめでたいカラーリングだった。


 湖にひらひら落ちてゆく寸前、私は全力で手を伸ばす。





「これは…………!」




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