表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

六、成仏して……


 いっそ看板と一緒に「セールスお断り」のステッカーでもつけてしまおうか、本気で悩むレベル。


カンカンカンカンカンカン! カンカン!



 ええい、やかましいったらありゃしない……!


 自分の体を這いずるように、しぶしぶ下へと向かう。

 観音とびらを隔てた先で仁王立ちしていたのは、頬を紅潮させたおじいさんだった。


「えっ、と。どちらさまで」「いるなら2回以内に出やがれってんだ! 常識だろうが!」


 まず謝罪をしろーー食い気味に話すしゃがれた声に、私はうっすら嫌悪感を覚える。




「……誠に申し訳ありませんでした。ところで、ご用件はなんでしょうか」


 うん、我ながら実に機械的だ。意識したわけじゃないのに、どうしてもコールセンターのお局様みたいな対応になってしまう。


「チッ、ずいぶんいけすかないガキがいたもんだ。今に見てろよ」


 せめて、質問くらい答えてはくれまいか。私は心の中でひっそり悪態をつきながらも、応接間に"神様"(多分この人は、お客様=神様とか信じてるタイプ)を案内して差し上げた。





『いいですかトラちゃん。おもてなしの精神を大事にするんですよ!』


 助手としての極意を張り切って説明していた沖田さんが、頭の隅っこに浮かんでは消えてゆく。


 どっこらしょ。重たい腰を限界まで屈めて、私はお茶菓子探しに明け暮れていた。



 たしか、このへんだったかな。


 階段箪笥の引き出しに手をかける。そこに収納されていたのはーー



 ピンクや黄色、花の形の落雁と、ピラミッド状に重なっただんご。



 ……線香の匂いといい、呼びりんといい。


 ほんと、しゃんばらって仏壇っぽいものばっかり。私は、今日何度目かも分からないため息をつく。あの"神様"にお供物なんて出したらどうなるかーー結果は目に見えている。


 私はかろうじて急須に残った玉露を、まあ無いよりはマシだろうとそのまま淹れることにした。


 部屋に湯気がたちのぼる。ずず……とお茶をすする音、長ーい沈黙がただ流れる。まるで、サウナのような気まづさだ。私はたまらず、お腹をさする。



「……暇つぶしに散歩に出てみりゃ、そこにふざけた看板が見えたからな。ふん、未練解消だかなんだか知らねえが、お手並み拝見といこうじゃないか」


 先に沈黙を破ったのは彼のほうだった。よく見てみると、古ぼけた作業着には"神崎電工代表取締役"とある。

 なるほど、神崎さんか。じゃあ"神様"ってのもあながち間違ってなかったんだな。私はひとりでに納得する。




「なんだ小娘、だんまりを決め込むとは情けない」


 にやりとした笑みが、こちらに向けられた。しまった。ぼーっとしていた。さっさと未練を引き出さないと、彼もまた怨霊化してしまうかもしれないのに。


「おい。何か面白いことの一つや二つ、言えんのか」


 まったくこれだから最近の若いモンは……と、説教が長くなりそうな気配を本能が察知する。


「っ……」


 神崎さんの求める面白さって一体なに? 言葉が喉につっかえて、上手く音になっていかない。


 まさか緊張してるんだろうか。いやいやそんなはずはーー落ち着け自分。死んでるけど、私は急いで酸素を取り入れる。


「じょっ」


「声が小さくて聞こえんわ!」


 大丈夫。沖田さんなんかいなくても別に平気なんだって、絶対証明してみせるんだから。





「成仏してクレメンス…………」





 私は真心を込めて合掌する。しかし、ちゃぶ台とともに返ってきたのは、


 ばっきゃもおおおおぉんっ!


 という意外な一言だけだった。もしかしたら特殊な笑い声、なんてことはーーないだろう。



「二度と来るかこんなとこ! 低評価⭐︎1つけてやる!」


 神崎さんは吐き台詞、それから呆然と立ち尽くす私を残して、屯所を出ていってしまった。



「ありゃりゃ〜。さてはトラちゃん、さっそくやらかしちゃったんですか?」


 やっと帰ってきたのかと思ったら、第一声がこれである。愉しげに細められた目。沖田さんは応接間の惨状を見るなり、ははーんと閃いたように私の周りをうろちょろし出した。


「まあまあ、最初はみーんな失敗するものですから!」


 ……なんでちょっと嬉しそうなんだ。あれか、人の不幸は蜜の味ってヤツか。


 叱責する様子がなさそうなのは、ありがたいと言えばありがたいけど。


「……その。畳を水浸しにしたのは謝ります。でも沖田さん、あんなに急いでどこに行ってたんですか」


 腹いせに"大変だったんですよこっちは"と、恨みがたっぷりこもった眼差しを向けてやる。


「あははっ、すみません。僕としたことが、大事な会議があったのをすっかり忘れていたみたいで」


「そのまま忘れてればよかったのに」


「ところがね、そういうわけにもいかないんですよぉ。遅刻厳禁、訳あり集団の血の掟! ああ、おっかないおっかない!」


 冗談めかしくそう言って、沖田さんは身体をくねらせる。訳ありとか血の掟とか、彼にも何かと事情がありそうなのは分かった。分かったけどーー


「この落とし前は、きっちりつけてもらいますからね!」


 私はぴしゃりと言い放つ。沖田さんは目をぱちくりさせるも、すぐに頷いてみせた。


「はあい、もちろん。トラちゃんも寂しかったでしょうから……ひとりぼっちでお留守番、よく頑張りましたね!」


 よしよし、偉いぞー! にゅっと頭に手が伸びてくるのを、私は俊敏な動きでかわす。


「おや残念。逃げられちゃいましたか」


 いや撫でられてたまるか。



 私は半目で沖田さんを凝視する。やっぱり、悲しむ演技がうまかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんにちは。 あの世で新選組って面白いですね! ゆっくり読ませて頂きます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ