四、まさかあなたは
「……ん、ちゃん、トラちゃん!」
鼻腔をかすめるいぐさの香りに、私はがばりと上体を起こす。どのくらい、眠ってしまっていたんだろう。
ほおずきを模したぼんぼり、鬼の置物、猫型湯たんぽ(?)などなど、がらくたで埋め尽くされた和室が、視界いっぱいに広がる。
「トラちゃん。僕、感激しちゃいましたよ! お手柄です、お手柄!」
ハイタッチのつもりなのか、差し出された両手に、私は言葉を失った。目の前にいるのは例のロン毛男に間違いない、間違いないが……
布団がわりとして私にかけられた浅葱色のだんだら羽織りに、釘付けになる。
「な、な、な……あなた、まさか!」
「その反応を見るに、最初からこいつを羽織っていたほうが、怪しまれずにすんだかもしれませんね」
私からだんだら羽織りを回収すると、男はかしこまった様子で、私に向き直る。
「沖田 総司と申します。生前は新選組の一番組組長を務めていました。死んでからはーー黄泉の国"しゃんばら"にて、治安維持活動に励んでいます。これからどうぞ、宜しくお願いいたします」
正座した時に聞こえる、衣擦れの音。見惚れてしまうほどに、所作の一つ一つが美しい。
(……いや、待って!)
「ヒラメ顔は⁈ 浅黒い肌は⁈ 月代は⁈ だんだら羽織りって、実際はニ年くらいしか着てなかったんじゃーー⁈」
沖田総司美少年伝説なんて、フィクションの中でこそ成立するものだと思ってたのに!
ロン毛呼ばわりしてごめんなさい。今からあなたは沖田さんです。ロン毛男こと沖田さんは、私の怒涛の質問に少々面食らいはしていたものの、意外とまんざらでもなさそうにしてくれていた。
沖田さんは広い肩を揺らし、人懐っこい笑みを浮かべながら言う。
「その熱量なら、なってくれるはずですよね」
今度は一体なんですか、と突っ込む間さえ与えられなかった。
「君にはぜひとも、僕の"わとそん"になっていただきたい!」
「……は?」
拍子抜けとはまさにこのことである。ワトソンって、まさかあのシャーロックホームズの?
幕末の天才剣士が、なんでそんなことを知っているんだろう。そもそも何を手伝うの?
私の思考を遮るように、沖田さんは悪ガキでございとでも言いたげに、口角を吊り上げる。全然、好青年っぽくはなかった。
「トラちゃん、君にはたしかな才があるようです。まさか、現世のものに触れても平気な幽霊がいるとはねえ」
(ユーレイ)
言われてみれば、変に実感が湧いてくる。なんせ、生まれてこのかた幽霊なんて非現実的なもの、見たことがなかった。ましてや、オカルト少女というわけでもなかったし。
「現世の……って、さっきの御守りのことですか?」
「ええ、君が黄昏ていた蓮の湖。時たまに、死者に縁深い物、つまり未練の対象になり得る物が浮かび上がってきてーーうふふ。不思議ですよねえ」
私は慌てて、両手をしまう。顔が赤くなったのが、自分でも分かった。体が透けてないの、面白い!とか思ったりするんじゃなかった。
「それ以上に、君の体質のことも気になりますし……
うぅ〜ん、実に調べがいがありそうだ。トラちゃんもそう思いますよね? ね?」
頷く代わりに私はすーっと、深呼吸する。
「まずもって。沖田さん、未成年を自室に連れ込むのはどうかと思います」
ほぼ初対面だからとか、ピンチだったからとか、関係ない。むしろ、完全アウトである。
沖田さんは一瞬とぼけた後、すぐにへにゃりと笑った。
「可愛げのない野良猫だなあ」
そうは言いつつ、目をらんらんと輝かせ続ける沖田さんを、私はけっして見逃さなかった。それから、彼は大げさに肩をすくめてみせる。全く、どっちが猫だ。
「…………暇つぶしになるんでしたら」
私はしぶしぶ右手を差し出す。沖田さんが、待ってましたと言わんばかりにこちらを振り返った。
繋がれた手は、多少ひんやりしているものの、至って普通の温度だった。
もはや、あれこれ考えたところで無駄なのかもしれない。
だって。
どうせ私、死んでるんだから。
「じゃ早速。皆の未練を解消するべく、共に励むとしましょうか! ……あ、男に二言はないですからね?」
男じゃないです。ジト目の私を、沖田さんはただ、にまにま眺めている。
まあ、無邪気な笑いかたをする人だなあとは、
正直ーーちょっとだけ、思う。
あとがき
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