二十三、ひっかかり
(………………)
くそっ、見苦しいったらありゃしない……! そんなに猥談を続けたいならせめて時と場所を選んでくれ、とうとう私の堪忍袋の緒も切れて、畳にダンと足をつける。
「……おい」
じゃなかった。二人の視線は私だけに注がれていたが、構わず続ける。
「くだらないフェチなんか話し合って、一体何になるんですか?」
それと――私は彼らを、例によってじろりと睨む。途端に棚へ頭をぶつけ、異常にうろたえ出す永井さん。
「永井さんあなた、晴らしたい未練があるから、わざわざこんなところまで来てるんでしょ」
「はあ……未練…………で、ありますか」
「はい。だったら、さっさと行動に移したほうが身のためだと思いますけど」
重要なのは、未練を自覚することだから。
「たとえ霊体だろうと、私たちはしゃんばらで無限に自我を保てるわけじゃない――そうですよね? 沖田さん」
それっぽく頷いてくれるだけでよかったのに、当の沖田さんはといえば、感心したようにぽっかり口を開け放っていた。まるで、信じられない、とでも言うふうに。「短い間に、すっかり立派になって……トラちゃん……」
ええい、やかましい。
「……別に。効率悪くなるよりマシなので」
もちろん、進んで悪霊になりたいって言うなら止めるつもりはないけど。まあでも私にしては頑張ったほうなんじゃないか――思いながら、ささっと目を伏せる。沖田さん、この先の進行は任せましたよ。
すると、「どれ」沖田さんが鷹揚に腰を上げた。
「永井さんは、自分自身で物語を紡いだことはないんですか?」
その目は、毎度のごとく好奇心に満ち満ちていた。
「自分の手で――小生が」
「文学に詳しいようだったから、ちょっと気になってきちゃいましてね」
無駄に様になっているウインクが小憎らしかったが、私も控えめにうなずいておいた。言われてみれば小生なんて一人称、それこそ明治とか大正あたりの小説家が使いがちな印象があった。とはいっても私は別に、崇高な文学を愛する可憐な少女なんかじゃなかったから、偏見っちゃ偏見だけど。
「この胸に残るわだかまりを未練と呼ぶには、いささかおこがましく……ただ」
永井さんは苦しげに袂を抑えていた。
「どうしても、知りたいことがあったような気がするのです――」
動向を見守る。やがて、彼はハッとしたように顔を上げた。
「お、もい出した……小生は――同級生の"太宰君"に憧れて、物書きのまねごとを……」
(だざい…………?)
ひょっとして。永井さんが言っているのは、文学に疎い私ですら名前を知っている、あの人のことだろうか。
私と沖田さんは、軽く目配せしあった。
向かう先は、蓮見湖だ。




