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二十一、逆行



「…………ねえ、コタロー」


 今日も今日とて、隣で一生懸命いなり寿司を頬張っているコタローの顔を、むんずと掴む。


()()()の弱味とか握ってたりしない?」


 まんまるお月様とバッチリ目が合う。私の圧がよっぽどすごかったのか、食べかけのいなり寿司は、ぽとりと床へ落ちた。


「実はわさびが大嫌いとか、常に足袋の穴が空いてるとか、とにかくなんでもいいから‼︎」


 コタローが、きゅーんと九尾を縮こませる。


「し、ししし知らないよぉ総司の弱味なんて! いきなりどうしちゃったのさ!」


 いつものトラらしくない!ーーコタローの叫びに、私はハッと顔を上げる。


「そ、れは……だって……」


 改めて指摘されてみれば。


……たしかに、ムキになりすぎてるのかも。



 しかし、だ。


『……役目を全うするまでは、僕もお縄になんてかかっていられませんからね。』


『……僕の敵も、いつだって僕自身だったなあ』


 記憶の中では、青く縁取られた絹のような髪束が、風に揺れていた。他を寄せつけない強かさを前に、自分はなんてちっぽけな存在なんだろう、と思い知る。


ーー分からない。沖田総司という人間のことが。


 他人に興味を持ったことなんて、後にも先にもなかったはずだったのに、なんでこんな、よりにもよって、今頃……


 そこはかとない気持ち悪さに、私は強く拳を握る。


 どれもこれも、全ては、意味深なことばっかり言うあの人のせいだ。いつもヘラヘラしてるくせに、時々頬に影なんか差して。それはそれは、たまらなく恐ろしいくらいに。


 笑顔の裏を知りたいと思うのは、おかしいことなんだろうか。


 ふいに、満足そうに消えていった二人のことを思い出した。


(死者に、気が触れでもした?)


 いや。


 私は私を正当化するために、沖田さんを利用させてもらうだけ。そうだ、そういうことにしておけばいい。


「けど、総司のことかあ。そんなに知りたいんなら直接聞いてみたら?」


「絶対ダメ、それ以外で。」


 そもそも沖田さんは今、担当区のパトロールに出掛けてるっぽいし……コタローに事情を伝えると、なあんだ!と拍子抜けするほどあっさりした声が返ってきた。


「だったら着いていけばいいだけじゃない!」と。



「コタロー、こっち狭い。もう少し離れて」


「え〜、トラがあっちに詰めてよお」


 周りに怪しまれないように尾行していたせいか、いまや体は大樽の中にギチギチだ。……すし詰め状態とはまさにこのこと、とぼんやり思ってみる。だいたい、コタローの尻尾が幅を取ってるけど。


「シッ……! 静かに!」


 垂れ下がる耳を最大限押さえつけ、私たちはササッと身を潜らせる。ちょうどよく、向かいの東屋から沖田さんが姿を現す。もう仕事を再開するようだ。ずいぶん短い休憩だな、私はボソリと独りごつ。持ってきた紙切れに、「仕事人間」と素早く書き記す。他にも、「歩くの速い」、「甘味好き」、「すれ違ったら即挨拶」etc……これ、弱味って言えるんだろうか。なんか、だんだん自信がなくなってきてしまった。


 軽くショックを受けていたところ、湿った鼻先が私の手首に触れた。


「どうしたの、コタロー」


「あの人。誰かな」


 見れば、見知らぬざんぎり頭の男性と沖田さんが、何やら話し込んでいるようだった。交互に首を傾げ、じーっと二人のことを観察する。


(道でも聞かれてんのかな)


「であれば、何……貴方が主人という訳ですか」


「いかにも! どんな未練でも、お気軽にお申し付けください」


 お客さん用なのか、ちょっとかしこまった沖田さんに、彼は「こんな偶然あるものか」といった表情を浮かべるばかりだ。少なくとも道案内をしているわけではなさそう、私とコタローは顔を見合わせる。


「壱度、店の方にも伺ったのですが誰もおらずーー」


「あれれ。おっかしいなあ……たしかに僕、」


 大きな耳が、すぐさまピンと上を向いた。著しいまでに機能する第六感。私たちはそそくさとその場を後にしようとする。ところが。


(やば)


 がたん、とローファーが樽に引っかかったのを皮切りに、私たちはごろごろ転がり始めた。


「「うわ〜っっっ!」」


 思ったよりまずいかも。コタローがタワシみたいに見えてきた。遊園地のティーカップなみに目が回ってきて、たすけて……と、声も絶え絶え、その時だった。


「お留守番を、頼んでいたはずなんですけどっ?」


 軽く息を弾ませた沖田さんが、片手で樽を止めてくれた。コタローは、赤ん坊のごとくピーと泣きつく。


「もー、いつも言ってるでしょう? お客さまを困らせるようなことしちゃ駄目だって」


 沖田さんは、言い聞かせるようにコタローをひと撫でする。


「……がと、ございました」


 この時ばかりは、私も感謝せざるを得ないと思ってしぶしぶ頭を下げたのに、返ってきたのはやっぱりニヤニヤ顔だった。


「おや、珍しいですねえ。こりゃ明日は雪が降るな」


「そういうことではなく」


「ま、僕にすぐ尾行を気づかれるようじゃ、まだまだですけどね!」


 食い気味に言われ、悔しさが限界に差し掛かった頃、さっきの男性がカランコロンと下駄を滑らせてやってきた。


「この度は、うちのわんぱく坊主たちが」


(ボウズは余計だ)


「ご迷惑をおかけしました……」


 沖田さんが、すごーく申し訳なさそうに腰を折る。私も頭を下向かされたので、仕方なく合わせておく。


 それはそうと、ちょっと大げさすぎやしないか? 私の薄ら目は、苦笑まじりに顎を添える男性を捉えた。




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