十九、河川敷の人魚姫
3月20日、今日はお彼岸ですね。
私もご先祖様に、最近はこんな小説を書いてるんだよ!と報告したいと思います。
「ようこそお運びくださいました。心ゆくまでごゆるりと、さぁおひいさま?」
薄暗い部屋に、ぼんぼりのライトアップを。
「えっと……お席までご案内、イタシマス」
白い手袋、スラックス。
「おいなりさんもいっぱいあるよ!」
そしてーーちゃぶ台の端から端まで並ぶ、お供物みたいなアフタヌーン。
「うわあーっ! すごいすごい! 映えそーなもので埋め尽くされてる! 何これ天国?」
ーーいったい、ここはいつからホストクラブになったんだ……心の中で、私は盛大に突っ込んでみせる。
『姫待遇おねがいします!』
早紀さんたっての希望で部屋を飾り付けてみたはいいものの、結局、下手なコンカフェとかより訳の分からない感じになってしまった。
沖田さんの巻き物を最大限アレンジしたメニュー表を、早紀さんはわくわく顔で眺めている。
よく「デザートは別腹」なんて言われるが、多分この人の胃袋は限界というものを知らないのだろう。
私はこっそり、沖田さんに耳打ちする。
「ちょっと沖田さん、こんな服どこで買ってきたんですか?」
「ふふっ、かるまさんに貸してもらったんです。彼、器用だと思いません?」
(相変わらずのんきだな……)
「そうかもしれないですけど、レンタルなら絶対汚さないようにしなきゃじゃないですか」
ふと、早紀さんを見やる。鶴柄の刺繍はとても華やかで、彼女によく似合っていた。
着物に執事服に、なんでもござれ。私は改めて、だるま店主のすごさを実感したのだった。
*
「今日はホントにありがとう。やっぱ部活がハードだったからさ、こういう癒やしとかにまじで縁がなくて〜」
おかわりを持っていくと、甘酒をこくこく飲みながら早紀さんはそう言った。
「いわゆる帰宅したらベッド直行、とかいう……?」
「そーそー! 日焼けしたまま可愛いお店入るってのも、なんか申し訳ないじゃん?」
ーーほらウチ、手足ごく太デカ女だしさぁ
あっけらかんと付け加えられる自虐に、私は少しだけ眉をひそめた。残念ながらどこにでも、心ない言葉をかけてくるヤツらって、一定数いる。
それにしても、だ。
北上早紀さん。明るそうに見えても、自己肯定感はわりかし低いということなんだろうか。
本人はそれに気づいてないようだけど……案外、隣の芝生は青いのかもしれない。
「早紀さんはもしかして、自分のことが好きになれませんか?」
え、と振り返ると、そこには沖田さんが、お盆片手に立っていた。
「……そうじぃ、いきなりどったの?」
取り繕ったように笑う早紀さん。沖田さんは、すっと目を細めた。
「いや、ね。今まで色々な人を視てきたつもりですが、君はなんとなく、他人から一歩引いたところからものを見ているような気がして」
ね、トラちゃん? と同意を求められる。じりじり後退りするも、圧は逃してくれなかった。
「……はあ、まあ」
「…………え、なんで、自分が嫌い? ウチが? そ、んな。だって、だって、今まであんなに頑張ってきてさ……!」
「だからこそです。君は努力を惜しまないからこそ、常に"自分"という敵を殺さなければならなかった。そういう暗示を、かけていた。」
「ちょっ、沖田さん!」
いきなり何言い出すんですかーー言い終わらぬうちに、沖田さんに片手で口を塞がれる。
「どうです、及第点といったところでしょうか?」
沖田さんがにっこりと言い放つ。
ーー強者を、演じ続けるために。
その時だった。
早紀さんの顔から一気に、血の気が引いてゆく。
「そうかも、しれない。」
彼女は広い肩を、ふるふると震わせていた。