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十五、異変

ちなみにかるま堂の隣には、のっぺらぼうのお面屋があります。


「旦那から話は聞かせてもらったぜ! なんだい嬢ちゃん、あの荒くれ者の爺さんを一発でのしちまったんだって⁉︎」


 嫌な予感は残念ながら的中してしまった。荒くれ者の爺さんーーもしかしなくても、神崎さんのことに決まっている。


「かっけえなあチクショー! ぜひウチに"直筆さいん"書いてくれよ。」


 ………………って。


(いや、ちがうちがう! 一発でのしたのはこっちだから!)


 神崎さんに手刀を食らわせた時の、沖田さんの余裕そうな表情が、今でも鮮明に思い出せる。


 首を振りまくって抗議するも、自白するどころか、沖田さんは素知らぬ顔で口笛を吹いていた。


「そう謙遜しなさんなって! あ、ついでに酒のつまみになりそうな武勇伝もよろしく頼むぜ?」


 え、これまさかみんな私のこと知ってる感じなのか? 最恐レディースの疑惑が広がるのは、誰だってごめん被りたいと思うんだけど。


 にっ、と挑戦的な笑みを浮かべるだるま(沖田さんはたしか"かるまさん"と呼んでいた。)を尻目に、気を取り直しつつ、店内をもう一度見渡してみた。


 おじいちゃんが好きそうな、こちゃこちゃした和空間が広がっている。


「ん、あれ?」


 ほおずきを模したぼんぼり、鬼の置物、猫型湯たんぽ(?)……非常にマニアックな品ぞろえに、私は強い既視感を覚える。


「もしかしてガラク……沖田さんの部屋にある骨董品って、ほとんどこのお店から買ってたんですか?」


 縁起物では定番の、福助人形を手に取って尋ねる。


「ええもちろん! どれも愛らしいでしょう? かるまさん、いつも格安でお譲りしてくれるんですよ。」


「へへっ、お得意さまは大事にしなきゃならねえからな!」


 だるまーー伝統工芸品が伝統工芸品を売っているというのも、なかなかシュールな光景だけどね。なるべく気づかれないよう、私はちょっとだけ鼻で笑う。




「そこでですね。」


 なんともまあ、ざっくばらんに切り出したものだ。沖田さんまたですか、ひそかに私は思ってみる。


……出たよ、その"あざとい上目遣い"。



 今日の出来事を、身振り手振りまじえて説明する沖田さんがうるさかったのか、パーカーの中で狐がぴくりーー動いた気がした。



「特殊なお客さまのことはやっぱり、人じゃないのに聞くのが一番かと思ってえ」


「ほうほう、なるほどなあ……」


 さらっと人外扱いされたのは気にしないんですね、そりゃそうか。チャックを下げて、眠る狐を撫でながら、とりとめのないことをひとりで解決する。


 だるまのかるまさんは、あれでもないこれでもない、と店内を行ったり来たりしていた。


「小狐はめったに見かけねえが……うぅ〜ん……お、これなんか、わりといいんじゃねえか?」


 どれどれ。安直にいなり寿司ーーでは、なかった。


 かるまさんから自信ありげに勧められたのは、


 他でもない、でんでん太鼓だった。


「はあ」


 とりあえず真顔で返品しようとすると、いつの間にか隣に来ていた沖田さんが、でんでん太鼓を私に握り直させて、こう言った。


「やや、これはこれは仏頂面のおっかさん!」


「ちょっと‼︎」


 だって不本意だ、名誉毀損だ。つかみかからんばかりの私を、沖田さんはどうどう、と抑えつける。


「しーっ……! 赤子をむやみに起こすのは良くないですから、ね?」


 内緒話するみたいに言うな。でも、私はぴたりと動きを止める。たしかに、パーカーの中ではまた、狐の耳がぴこぴこし始めていたから。


 その代わり「チッ。」舌打ちは、止められなかったけど。



「毎度ありぃ! もし役に立たなかったら、他のに交換してやっからよ〜!」


 威勢のいいかるまさんの声は、白い霧とともに消え去った。なんかすごい。さっきまでの活気なんて、まるで全部嘘だったかのようだ。さすがは妖怪の街、なんでもありなのかもしれない。仕組みは、人間にはさっぱりのままだけど。


 元来た道をたどってゆくと、私たちが来るのを待ち構えていたかのように、何もないところからスーッと、いきなり襖が現れた。


 背後の沖田さんを振り返る。はいはい、今度は私がさきがけ務めればいいんでしょ。


 私は勢いよく、襖を開いてみせた。


「六文横丁の雰囲気はまあまあ悪くなかったですけど、コレ……収穫があったって捉えていいんですかね。」


 なにげなく、でんでん太鼓をくるくる回転させる。こんなので、果たして狐は満足してくれるんだろうか。未練を解消して、ちゃんと成仏できるのかな。とんとこ、とん、とことん、ととんーー不安定なリズムを奏で続けて。


「今回は、僕も一緒だからきっと大丈夫です。君はただ、どーんと構えてればいいんですよ! どーんと! その上でダメだったら、かるまさんが他のものを見繕ってくれるそうですし。」


 沖田さんは苦笑いしながら、グットラック!的なポーズを私に向けてくる。まったく、あなたの言う「大丈夫」って一体どこから来るんですか。大した根拠もないだろうに。


 憎まれ口をたたく寸前。パーカーの中で、狐が一段と強くお腹を蹴り上げた。


「いたっ、何……」


 う、と私はへたり込む。やっと目覚めた? 


 いや、違う。もっと激しく、暴れてあえいでーー


 狐は、赤々とした舌をだらんと出していた。



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― 新着の感想 ―
独特でどこか怪しげな世界観、良いですね……! そして最後、また気になって眠れなくなるやつじゃないですかー!気になる気になる
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