十四、かるま堂のだるま店主
「古着、骨董、古本、日用雑貨、玩具、嗜好品に至るまで、どんなものでもお買い得!」ーー完全にテレビショッピングのノリな沖田さんは、初見(私)の反応を、それはそれは楽しんでいるようで。
(……そのまま、そのままね。)
タイミングをよく見計らって、私は抜き足差し足忍び足体制になる。
何を、やっているのかって? こちらにシューシュー舌を伸ばしてくる巨大蛇の餌食にならないようーー今から、逃げるのだ。泥棒対策のために店番を任されているのかそうじゃないのか、事情は全く分からないけど、万が一にもヤツが毒ヘビだったとしたら、とにかくだいぶやばいのだ。
というわけで思い立ったが吉日。
(よし今だ!)
50m走万年8秒台後半とは私のことよ、自慢の足で、一目散に駆け出した。
「トラちゃん、そっちには!」
背後の悲痛な声はあえて無視する。すいません沖田さん。可哀想だけど、あなたにはちょっとばかりおとりになってもらいますので。
「神出鬼没の店があるんです!……って、言ったそばからーっ!」
「んぎゃっっっ」
沖田さんの手は結局届かずーー私は透明かつ硬い感触に、気づけば頭から激突していた。さっきまで、壁なんて、なかった、はずなのに。頭を抑える。一周まわって、笑っちゃうほどツイてない。
しかも、棚から落ちに落ちまくった品物を見るに、ずいぶん派手にいってしまったみたいだし。ああ、今にも鼻血が出そう。ついでに穴があったら埋めてほしい。
ふらつきながら立ちあがろうとしたその時、私の手はぶにゅり、何かをつぶしてしまう。
(おわ、気持ち悪ッ)
急いでぱっぱと手を払う。
「トラちゃん大丈夫……じゃあ、ないですよね。」
困ったように微笑む沖田さんは、なぜかしばらく間を置いた後、「あちゃあ!」と目を丸くした。
「それ、店主のおやつじゃないですか! まむし屋・蛇来特製"かえるの目玉汁"!」
え、私は徐々に眉をひそめる。
手についた"かえるの目玉汁"らしき粒たちは、現世で言うタピオカに見えなくもないけどーーまあ、映えるかと言われたら、ズバリNOではあるだろう。
「……全くもう、とんでもないおてんば娘なんだから。店主には一緒に謝ってあげますから、トラちゃんもしばらくきちんと反省すること! 分かりましたか?」
張り切る学級委員長、みたいな沖田さんが差しのべた手を、しぶしぶ、本当にしぶしぶ、私は握る。沖田さんは、もしかしてかえるに慣れてるんだろうか。さっきの感触がまざまざと蘇る。かえるに触るだなんて、思い返せば初めての体験だった。
*
『我楽多あります』と慎ましやかに書かれたのれんをくぐるなり、沖田さんは勢いよく頭を下げた。私も一応、控えめに真似しておく。
「この度は、うちのが多大なご迷惑をおかけしまして……」
「おいおい面を上げてくれ。気にすんじゃねえって。沖田の旦那には毎度世話ンなっちまってるし、これでチャラってもんよ!」
正直、目は何度もこすった。
立派に蓄えられた髭、強い眼力、それから。まるまるとした、赤い体ーーそう、騒ぎに駆けつけたこの店主、限りなく"だるま"なのである。
ふたりはまあまあ付き合いが長いのか、沖田さんの申し訳なさそうな顔は、店主に言われるがまま、いつの間にか消えていた。
「今日もこっちのほうが賑わってるみたいですねえ」「いやはや、そちらさんこそお役目大変だろがい」……といったふうに、軽めの世間話を交わす大人たちのコミュニティにはお邪魔せず、私は店内をおとなしく物色することにした。
「ところでそこの嬢ちゃんは……」
やっぱり来たか。変な誤解を招いたら困るので、沖田さんからささっと距離を取るためにも。
「はい、かるまさんが知っての通り!」
「分かってらァ。例の"助手"だろ?」
私は、持っていた『お菊の皿』を、危うく落としてしまいそうになった。
わとそん、実は知らないうちに公認だったのか……? そんなことを思いながら。




