力を貰った者の復讐
昼食時間、オウギは無料で使える自販機からリンゴジュースを淹れてもらっていた。そこに見分けのつかない双子の姉妹が話しかけてくる。永存アカデミーに双子がいるとは珍しい。
「教えてもらいたいことがあるんだけど?」
「何だ?」
「あなたの再生能力について聞きたいの。再生能力の講習を受けたんだけど、脳が欠損すると、脳が再生するまで気を失っているって話になったんだけど、あなたはララバイと戦った時、頭が半壊したのに普通に動いてたよね。あれ何で?」
「それは私が、肉体を完全にコントロールしてるから。再生能力の講習だけじゃ身につけられないと思うが、いくつかの精神体になる講習を受ければ、自ずと方法が見つけられる」
オウギは講習で教えてもらえる技をすでに身につけているので、講習を受けたことも受ける気もない。双子の姉妹はよく分からないので、オウギに教えてほしいと頼んできた。
「なんだナンパか?」
ホンドが自販機の前にいるオウギの様子を見にやってきた。
「頭が潰れても、動ける方法を知りたいと頼まれている」
「なるほど。残念ながら、オウギは技を教えるのがヘタなんだ。きっと彼は期待には応えられない」
「だから与えたんだな」
オウギの背後から何者かが突然、彼に槍を突き刺した。それは胸を突き抜ける。更にそいつは槍を貫通させるために引っ張り、持ち直して、腹から脳天を貫くように再度刺す。そしてそのまま自販機に体を押し付ける。
「俺を覚えているか?」
「もちろん。タンペルだな。そうか、永存ならず者集団に入ったのか。その力があれば試験も簡単だったろ」
タンペルとは、8年ほど前に訪れた集落で出会っている。当時その集落では、長の後継を巡って、伝統的な戦いが行われていた。名乗り出た者たちがそれぞれ9人の仲間を集め、戦争をすると言うものだ。この戦争は最後の1組が生き残るか、他が降伏するまで続く。この時の後継者戦争では2組が争っていた。しかし片方のチームは古の宝玉を手に入れ、そこから力を貰い、もう一方を圧倒していた。
それがオウギにとっては、納得がいかなかった。古の宝玉を手に入れたのは彼らの真っ当な成果だ。持っていることは批判できない。しかしこれは戦争だ。力の差があっては、善良な思想がねじ伏せられる可能性がある。そこでオウギは押されているチームに対等に渡り合える分の力を与えた。
オウギから力をもらったチームにいたのがタンペルだ。
「やっぱり頭欠損しても、平然としてる」
ぱっと見残酷な状況だが、双子の姉妹も何とも思わない。どうせオウギがこの程度で死なないと分かっている。
「かつて我々は降伏するつもりだった! しかしお前が力を与えたことで戦争は悪化した。そのせいで俺は愛する人を失った! その責任をとってもらう!」
「私にも死者を生き返らせることはできない。もっと近くいるべきだった。分かってくれ。君の言う責任はとれない」
「黙れ! 俺は、」
タンペルは続いて何か言おうとしたが、膝蹴りで飛ばされて言い損ねた。蹴ったのはララバイだ。
「治せるからって、受け身になってるんじゃないよ」
「これは私の蒔いた種だ。私が解決しないといけない」
ララバイに蹴り飛ばされたタンペルだが、大したダメージはない。彼女も手加減はできる。オウギは槍を抜き、体を修復する。その間にホンドがタンペルを説得しようと試みた。
「あの集落のことは知っています。当時のオウギはまだまだ未熟だったんです。俺たちももっと早く教育するべきでした。今の彼は違います。己の言動が及ぼす影響について充分理解したんです。だからあなたの愛する人の死には申し訳ありませんが、オウギを許してやってもらえませんか?」
「黙れ……お前もあの時いたよな」
「おっとバレたか」
タンペルが槍を手元に引き戻し、ホンドを抑えて人質にする。あの槍には持ち手の部分にも刃物が仕込まれていた。その刃がホンドの首元に当てられ、彼は両手で刃の出ていない部分を持って止めている。
「オウギ! 何とかしろ!」
「要望はなんだ?」
「お前の死だ」
「散々死んでやっただろ。まだ求めると言うのか?」
「黙れ。本当の死だ。2度とこの世界にいられない死を要求する」
「それはできない」
下手に出て宥めようとしているオウギにララバイはイライラし始めた。そして2人の会話に割って入る。
「もういい。そんなやつ殺せ」
「おーい!」
「ララバイ……」
「どんな過去があったかは知らないけど、アンタは過去を盾にオウギに八つ当たりしてるだけじゃない。そいつを殺せば、オウギとあなたの立場は対等になる。だから殺しなさい」
タンペルはララバイの脅迫とも思える発言に、自分がどうするべきか分からなくなりだした。そこにララバイは更に追い討ちをかける。
「ララバイ、やめろ」
「あーそっか。ホンドが止めてるから上手くいかないのか」
ララバイはそう言って傘を向け発砲する。石突きの部分にそんな機能があったのか。発砲された弾は、ホンドのガントレットを壊す。ガントレットは右腕にかかっている呪いを封印するための道具だった。それが壊されたら、右腕が溶ける。
「ララバイ!」
ホンドは片手で必死に槍を押さえている。と言うかタンペルも少し力を抜いてしまっている。自分が彼を殺すかもしれない恐怖に戸惑っているんだ。
「ララバイ、やめるんだ」
「どうした?早く殺せよ。そしてオウギと対等になれ」
「ララバイ、もういい!」
「ほら早くしろ。少し腕を引くだけで、全て完了する。簡単なことだろ」
「姉さん! もういい止まれ!」
オウギの最もドスの効いた声で、ララバイは彼の言葉を聞き入れた。彼女が弟のために行動していることはオウギも分かっている。それに対しての敬意と、人の問題に勝手に首をださいでくれという警告の気持ちがこもっている。
「タンペル、今一度話し合おう。それで何かが解決するわけではないが、誰かのためになる道が見つかるかもしれない」
タンペルは考えた。そして導き出した答えがこれだ。
ホンドを解放する。しかしオウギと話し合う気はない。
「いつかお前を確実に殺す方法を見つけ、殺してやる」
「人を許すことのできない心の狭い男ね」
タンペルは去っていった。こんな言い方は悪いが、彼ごときにはオウギは殺せない。生と死をオウギは超越している。それにタンペル自身も、本気で殺す方法を探そうとは思っていない。今回の件で彼も己の愚かさに気付いたんだ。