謝罪
智恵香の銃の腕前はかなりのものであることは、素人の優斗でも理解出来た。
射撃場内のルール、銃の構造と取扱い方法など、ひととおり習い、優斗も最後に5発だけ撃たせてもらえることになった。
「筋は悪くない」とは言われたが、銃を撃つのにこんなに衝撃があり、ちょっとの手元の狂いで大きく的を外れるとは思わなかった。
銃を扱う時の智恵香はまさに鬼教官のごとく厳しかった。
しかし
仲良くする=(イコール)和気藹々
とは、優斗も思っていなかった。
これは智恵香の究極に真剣で、どちらかと言うと怖い一面に過ぎないだろうが、その人となりが見られたのは、収穫だった。
ただ、智恵香が白川と一緒にいる時のような、打ち解けた雰囲気になるのは、どうもかなり難しそうだと優斗は感じていた。
白川の求めるラブラブカップルでなくても良いが、せめて入学前に他人行儀じゃない間柄までにならないと、二人は交際していますと言ったところで、サークル内でバレてしまうだろう
なんせ、俺を追いかけてきてまで、智恵香は未経験のバレーボールサークルに入り、結果的に俺が振るんだもんなぁ
この射撃中の関係性を見ても、どう見ても俺が追いかける設定の方がまだ上手く出来るんじゃないか
と思うと優斗は心の中で苦笑した。
二人は訓練を終えて射撃場の扉の鍵を閉めた。
そして細い廊下を抜け、更にある扉の表側に掲げられた本来ある『立ち入り禁止』の札が、修理が終わるまでということで紙が貼られており、智恵香は立ち入り禁止の文字が剥がれないよう何度か紙を押さえつけ、鍵をかけた後で優斗に言った。
「ごめんなさい」
これまで何度か、前置きをしてから謝罪の言葉を口にしようと試みたが、タイミングが悪くずっと謝れなかったため、今回は謝罪から入ってみたのだ。
「この看板、俺が修理するわ」
優斗はすぐそばの台の上に置かれている、壊れた立ち入り禁止の札を手に取るとそう言った。
智恵香は、自分の謝罪に対して、優斗から
『あぁ、あの無断で射撃場に入ったと、怒ってたことだろ』
『えっ、何のこと?何で今、謝ったの?』
というどちらかのニュアンスの返事を予想していたため、二の句が継げなくなった。
優斗が看板の話題をここで出したのは『だから、もう怒られないように自分がこの看板を修理するし』と言っているような気もするし、たまたま看板が目について普通に会話を始めただけかもしれない。
ただ、わざと謝罪をスルーされた気もする
優斗は
「どっかに工具あるか」
と智恵香に聞いた。
しかし、黙ったまま立っている智恵香を見て、優斗は置いてけぼりを食らった子犬を見るように、優しく微笑んだ。
あっ
智恵香は心の中で声を上げ、優斗の表情を見て悟った。
そうか、もうこの件は謝らせてもらえないのだ
この人は私の謝罪を受ける気がないのだ
と。
怒って謝罪すら受け付けないという様子には見えなかった。
しかし、別に謝るほどのことでも無いと気を遣っているのなら、もっと完璧にスルーするはずで、智恵香は優斗の真意が読めなかった。
優斗は
「白川さんに聞いてみるわ」
と言うと、看板を手にスタスタと歩き出した。