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〜 黄昏 〜  作者: 晴倉 里都
第一章
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「やっぱり『優くん』と『チーちゃん』が良いんじゃないですかね」


 白川は喜々(きき)としてそう言った。


「まず、名前の呼び方が大切ですよね。何と言っても交際しているラブラブカップルの設定ですから」


 なぜか『ラブラブカップル』に仕立て上げようとする白川に、智恵香はゲンナリしていた。


 所長が「後の細かいことはそっちにまかせる」と言い、春の入学まで2週間、優斗と智恵香はある程度の交際関係に見えるようお互いを理解することになった。


 また、白川夫婦と優斗、智恵香の4人で、今後の潜入調査の段取りを立てることにしたが、白川がお節介おじさんのごとく本気で二人をくっつけようと、テンションが上がりまくっているのだ。


 私、彼氏いるんだけど


 ここでこれを言えば、盛り上がっている白川が絶望的に落ち込むのが目に見えているので、智恵香は黙っていた。


 優斗の方を見ると、呼び方のことなど我関(われかん)せずといった様子で、真剣に資料に目を落としている。


 そう言えば、仕事を引き受けてほしいと無理なお願いをしてしまったけど、この人も彼女とかいたら困るだろうな


と智恵香は考えた。


 ちょっと話をしとかないと


 智恵香は


「愛奈さん。ご主人、連れて行ってもらっていいですか」


と白川の妻にお願いした。


 愛奈は心の中で


 ほら、やっぱり智恵香ちゃんを怒らせちゃった

 うちの旦那ったら、もう


と苦笑いを浮かべながら


「ほら、二人の打ち合わせの邪魔よ」


と強引に夫の腕を引っ張った。


 白川は、引きずられるようにドアに向かうも


「後は若い者同士で……」


 これだけは言いたいという台詞をギリギリ言い切ったところで、白川は最後、妻に押し出され退席した。


 白川のせいで、妙な沈黙の時間が流れたが、智恵香が二人になろうとしたのにはもう一つ理由があった。


「あの……。さっき私、射撃場で……」


「もう、俺の方は、名前の優斗って呼んでもらうでいいと思うけど」


 さっきまで名前の呼び方など興味なさそうにしていた優斗が、突然そう言った。


「そっちは何か、こう呼んでほしいとかあればそれで。あっ、もし彼氏とかいたら下の名前じゃマズいか。苗字の方がいいとかある?」


 優斗が気を遣ってそう言うと


「あっ、適当に誤魔化(ごまか)すので、特に心配は要らないです。智恵香でいいです」


 射撃場では危険を伴うため、ついタメ口で注意したが、優斗が一つ年上だったため、智恵香は敬語をつかっていた。


 ここで、智恵香の表情が変わった。


「白川さん!」


 突然、智恵香がドアの方に向かって叫んだ。


 ドアは閉まっていて誰もいない。


「聞き耳立ててるでしょ。もういいから、入ってきて」


 ドアがカチャッと開いて、白川が気まずそうに笑いながら入ってきた。

 優斗は気付かなかったが、ドアの向こうで若干、白川が立てた物音がしたのを、智恵香が気付いたようだった。


 しかし、優斗にさえ敬語の智恵香が、かなり年上の白川に、タメ口どころかまるで弟に言い聞かせるような口調なのが気になる


「お嬢さん、彼氏いたんですか!私、紹介してもらってないですけど。会わせてください!どんな人ですか?」


「白川さん、うるさい。もういいから黙ってて」


 優斗は、言い合いをする二人をマジマジと見つめた。


 ひととおり打ち合わせが終わり、白川が


「で、お二人さん、この後どうされますか」


と聞いた。


 優斗と智恵香は何のことかという顔を白川に見せた。


「ほら、お互いを知るためには、デートしないと」


 白川はまたニコニコしながら


「水族館、遊園地、おしゃれなレストランで食事。いやぁ、今の若者はどこ行ってるんですかね。お嬢さん、行きたいとこあります?」


 そう話をしつつ、実は白川は知っていた。

 智恵香には過去何人か交際相手がいて、しかもかなり途切れること無く男がいることを。

 しかし、いつも智恵香が告白をされ、智恵香に断る理由が無いということで付き合い始める。

 本人は無意識かもしれないが、いろんなタイプと付き合うことで、仕事の対応能力を上げているだけのような気もする。

 なので、振られようが自然消滅しようが、智恵香は全く落ち込むということは無く、平常心に見えるため、いつ付き合っていつ別れて、今、彼氏がいるかどうかも傍目(はため)からは全くわからないのだ。


 智恵香の親友が言っていた。


「私、智恵香バカなの」


と。


 男女問わず、何故か智恵香に関わりたくなるその魅力にハマる人が一部いて、『ゴルフバカ』『釣りバカ』と同じように『智恵香バカ』と称されていた。

 しかし、多くの男性はいわゆる少しクールで自分に執着してくれない智恵香に、自信を失って去って行くというのが親友の分析で、智恵香自身は去る者は追わずの性格から、結局、男を取っかえ引っかえしているように見えるらしい。


「智恵香は、つかみどころの無いところが魅力なんだけど、絶対、真実の愛ってものを知らないはずよ」


と、冗談めかして親友が言うのも、あながち間違いでは無いと白川は思っていた。


「俺、行きたいとこあるんだけど」


 優斗がそう言うと、智恵香より先に白川が反応した。


「おっ!優斗くん、おすすめのデートスポット?いいね!どこどこ?」


「射撃場」


 優斗の答えに、白川と、そして智恵香も驚いて優斗を見た。


「いや、いきなり銃を撃たせてとかじゃなくて。その、射撃場のルールとかあるでしょ。それ教えて欲しい」


 白川が首を振った。


「優斗くん、それはダメ。普段、二人はどこでデートしてるかとか聞かれて、射撃場とか言えないでしょう。もっとほら、お互い興味のあるものとか、食の好みとか、そういうものがわかるような……」


「私、もう1回、射撃場開けてくる。準備できたら声かけるから」


 智恵香は、机に手をついて勢いよく立ち上がると、白川の話を無視して、急いで部屋を出て行った。


 白川は、優斗を責めるようにジロリと見た。


「いや、すみません」


 優斗は(にら)む白川に若干、頭を下げると


「彼女と仲良くなるには、まずこれが一番良いのかなと」


 白川はそれを聞いて(まばた)きを数回した後、突然声を上げて笑った。

 そして言った。


「大正解!」



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