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〜 黄昏 〜  作者: 晴倉 里都
第一章
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依頼

 優斗は騙されたと思った。


 父親が自分の勤める探偵事務所でアルバイトをしてみないかと持ちかけてきた時、業務内容は来ればわかると言われ、素人の自分に真剣な尾行などさせることもないだろうし、ちょっとした調査なら面白いかもと考え、また、割の良い日給を提示されたので、二つ返事で承諾したのだ。


 しかし……


 あれってやっぱり本物だよな

 どう考えても、日本で銃を撃つなんておかしくないか

 まさか親父、裏社会とかと繋がってるんじゃないだろうな

 確かに探偵業だけで食っていけるなんて不思議だとは思っていて、まぁ、弁護士事務所の系列の探偵業などと聞いていたので、経営的なことは多少は納得はしていたのだが


 なぜ今回、自分が突然この場に呼ばれたのか


 今までのこの探偵事務所の経緯はさておき、所長室で聞いた事の発端はこうだった。


 ある代議士の娘が大学に入学し、友人と共にサークルに入った。

 運動部に見せかけた、ただのコンパサークルはどこにでもある。

 しかし、今回のターゲットは大学も公認の至って真面目なバレーボールサークルだ。

 表向きはしっかり練習もして試合にも出て、サークルとはいえ、なかなか名は知られている。


 代議士の娘はそこで部員の一人に告白され交際を始めたが、相手に入れ込み、その男の口車に乗せられて貢まくり、多額の借金を背負った。

 そして、その借金返済のため、自ら身体を売ったり、美人局(つつもたせ)の道具に使われるまでに(おとしい)れられた。


 このバレーサークルは、実力のある者はもちろん、実力が無い者も『支援』という形で参加出来る制度が立ち上がっており、お嬢様育ちでバレーボールのバの字も知らないこの娘は、友人達と部員兼マネージャーのような形で所属していた時のことだった。


 なぜ警察に行かないのか


 娘は自分だけでなく家族が巻き込まれることを恐れているのだ。

 その交際相手と共犯の部員仲間は用意周到で、娘が自らお金欲しさに身体を売ったような動画を編集し、『美人局女子大生』『売春をしていたのは、有名代議士の娘だった』という犯人達が作った週刊記事のような物を娘に見せ


「警察に行けば、俺らと同じで共犯者としてお前も捕まるからな」

「大々的に報道されて、お前のことも世間にすぐ特定される」

「お前が借金したところは、暴力団が絡んでいるから、父親ももう議員を辞めないといけなくなる」

「収入もなくなるし、もうすぐお前の姉チャンも結婚するらしいけど、まぁ、暴力団と繋がってパクられた妹がいるってなれば破談は間違い無いな」

「姉チャンも、もう嫁に行けなくなるだろうし、今度は姉妹で身体で稼ぐか。ついでに母親も熟女枠でいけよ」


などと言われた娘は、精神的に追い詰められ、娘の異変に気付いた両親に促され、やっとのことで少しずつ真実を打ち明け始めた。


 当然、怒りまくった父親の代議士は「こんな奴ら許せない」と警察に通報しようとした。

 しかし、娘は脅されていた恐怖で「警察に言うくらいなら死ぬ」と泣き叫び、二階の窓から飛び降りようとして暴れるなどするため、警察に相談すらできないとのことであった。

 娘はもはや犯人達を憎む気力も残っておらず、自らを責めるばかりで、両親も傷ついた娘の気持ちを考えると、これ以上、()(すべ)もなかった。

 娘は結局、一身上の都合ということで、大学を中退した。


 しかし、娘の動画を犯人達がまだ持っているかもしれず、なんとしてもこれは回収したい。

 また手慣れた手口から他に被害者もいると思われ、これからもつらい思いをする女性が増え続けることは明白であった。


 なんとか公にせずにこの件を解決したい


 代議士はある(つて)を通じて、こうして塚本探偵事務所に依頼をすることとなった。

 このような依頼の場合、今までは白川夫婦が、潜入、おとり調査を行っていたと、ここまでが所長の説明だった。


「いやぁ、さすがに今から大学に入って、若者のサークルに所属して調査するのは、アラサーでは難しいのでね」


と白川が言った。


 その横で、白川の妻の愛奈(まな)


「あの、実は子供が出来たので」


と、夫が照れくさくて言えなかった理由を説明した。


「えー!愛奈さん、おめでとう」


 智恵香がすぐに声をかけた。


 なるほど


と優斗は全てを把握した。


 年齢はともかく、妊婦に潜入調査はさせられない

 そして、自分は、小学生の時とは言え、地元のバレーボールクラブに所属していた

 まぁ、大学に入って、昔やっていたバレーボールに再び興味を示し、自分はもう遊び程度で充分だが、サークルに入って支援したいというのは、無難な言い訳にはなる

 しかし、出入り自由な大学とは言え、部外者がいきなりサークルに入れるのか

 バレーボールはともかく、探偵としてはド素人の自分がどこまで出来るのか


「優斗は、バレーボールしてたもんな」


 優斗の父親が軽くジャブをかましてきた。


 全く無責任なもんだ


 今回の潜入に、事務所ぐるみで都合良くバレーボール経験のある息子を引っ張り込んだのは一目瞭然だった。


「そのサークルって、部外の大学生入れてくれるのかよ」


 父親に尋ねた優斗だったが、彼は話が早いと踏んだ所長が横から続けた。


「優斗くんには、この春からこの大学に行って、サークルに潜入してもらいたい。もちろん今の大学を辞める必要は無い。この代議士は、娘は中退したが、何かの役に立つかと未だにこの大学に多額の寄付を続けている。自分から大学に言えば、二人の入学は認めてくれるだろうという話だった」


 (てい)の良い裏口入学のようなものではあるが、それより優斗が気になったのは『二人の入学』だった。


 所長は淡々と


「智恵香は犯人達のおとりだ。海外進出しているIT企業の愛娘という設定はすでに準備出来ている。シナリオは、交際相手の優斗くんにつられて智恵香も入部する。しばらくして、智恵香が君に振られ、傷心のところを犯人達に見せれば、智恵香は犯人達にとって格好の餌食になる。部員の誰かが(なぐさ)めるふりをして智恵香に言い寄り、金を巻き上げ始めるだろう。優斗くんは最初の入りだけなので、危険は無い」


「そうですか。それは安心しました」とは、優斗は到底(とうてい)思えなかった。


 俺に危険は無いが、じゃあ……


 優斗は智恵香の方をチラリと見た。


 銃を扱えるとは言え、女一人で、こんな奴らの相手

 被害に遭う可能性が高い

 それに、彼女の父親であるはずの所長が、娘の智恵香をまるで仕事の道具のように説明するのが、少し引っかかる


 視線に気付いた智恵香は優斗にこう言った。


「お願いします。この仕事、引き受けてもらえませんか」

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